#2

 母方祖父の家に停留するのは今回が三度目だ。

 血のつながった祖父が二人とも存命であることを知らされてまだ一年もたっていない。去年の正月は以前通っていた高校の寮で静かに過ごした。

 その昔四大財閥の一つだった東雲しののめ家の分家の養子になった桂羅かつらは初等部の頃から女子校の寮生活を強いられた。義理の両親の家に行くのは年に一度あるかないかだった。盆や正月であっても桂羅の寮生活は続いた。

 事情があって桂羅は東雲家にあずけられたのだ。その分家には実子はいなかった。桂羅を含めて三人の養子がいるのみだ。そして桂羅だけが幼いころから女子校の寮に入れられた。

 今だから思う。義理の両親はいずれ返さなければならない娘に情が移るのを恐れ、自分を寮に入れたのだと。

 親の愛情を知らずに育った桂羅は、やるせない気持ちをどこにぶつけたら良いのかわからなかった。

桂羅かつらさんにはおみくじを担当してもらいます」胡蝶日和ひよりのことばに桂羅は現実に戻った。

 この神社は、桂羅たちが停留している祖父の家に近いところにあった。つき合いも深い。

 日和ひよりは、桂羅の従兄妹いとこたちと幼馴染であり、今は従兄の「彼女」だという。

 この日和をめぐって従兄と火花ほのかがとりあったと従妹から聞いている。

 これだけの美人だ。とりあうのも理解できる。あの火花ほのかは美少女に目がない。

 その火花ほのかは、さきほどまで巫女姿をしていた楓胡ふうことどこかへ出かけた。桂羅かつら楓胡ふうこ泉月いつきは交替で、三箇日さんがにち、巫女の助勤を経験させてもらうことになっていたのだ。

「最近のおみくじは、スマホで読み込んで表示させるかたちをとっているところもあると聞きますが、この神社では昔ながらの方法をとり続けています」

 日和ひよりが説明を始めたとき、都合よく初詣の老夫婦がやってきた。

「おお、日和ちゃん」老夫婦の顔がゆるむ。

「あけましておめでとうございます」日和は丁重かつ悠然とした所作で頭を下げた。

 まさに絵になる光景。さすがの桂羅も目を瞠った。

「そちらの子は……?」

 老夫婦の視線が桂羅をとらえた。

 田舎の神社だけあって、やって来るのは近所の顔見知りばかりだ。そこに見慣れぬ娘がいたら興味を感じるのも不思議ではないだろう。

「こちらは鮎沢あゆさわ家のお孫さんで……」という日和の後を受けて桂羅は答えた。「桂羅かつらと申します」

「もしや、あの鏡花きょうかさんの娘さんか?」

 鏡花きょうかというのは、桂羅の実の母親の名だった。桂羅が生まれて間もなく亡くなったために桂羅は会ったことがない。

「鏡花さんに瓜二つだわ……」

 祖父の田舎に来て、地元のひとに紹介されるたびに言われる台詞だ。

「あの鏡花さんも、ここで巫女をしておったのう……」

「それはそれは美しい巫女でしたね」

「私たちよりも、ですか?」日和が訊いた。

 おしとやかな風貌に似合わず、日和は口が達者だ。相手構わず思ったことを口に出せる。

「ここのおふたりの方が綺麗ですよ」

「畏れ入ります」日和は満足そうに微笑んだ。

「おみくじを引かせてもらおうかしら」

「どうぞ」と言って日和は籤銭を受け取り、筒状の箱を差し出した。

 夫の方が先にそれを振り、一本の棒が出てきた。

「十七番だな」

「十七番ですね」

 日和は後ろにある小棚の十七番の抽斗ひきだしから紙のおみくじをとりだした。

「こちらです」

 妻も同じことを行い、二十六番を引いて、その番号に相当する抽斗ひきだしからおみくじを受け取った。

「まあ、中吉だわ」

「わしは末吉だった……」

 老夫婦はにこにこしながら「またね」と言い、そこを離れた。

「というように」と日和は説明を始めた。「こちらで籤棒くじぼうをひきます。それには一から四十九までの四十八種類の番号が振られています。その番号にしたがって、こちらの抽斗ひきだしからおみくじをとりだして参拝者に渡します」

 小棚は七段七列、四十九個の小さな抽斗がついていた。

「一から四十九なのに四十八種類ということは?」どれか欠番なのか?

「今年は三十一番が欠番になっています」そして日和は声をひそめた。「その三十一番に大凶が入っているの」

「え、大凶?」

 桂羅はおみくじをひいた経験がなかった。ミッション系女子校の寮生活が人生の大半だったために一般庶民の生活にうとい。ろくに買い物をした経験もない。

 日和はおみくじについて一通りの説明をした上で付け加えるように言った。

「神社によっては何度くじを引いても良いとしているところがあります。その方がくじがたくさん売れます。そういったところのくじには凶や大凶が入っていることがあるでしょう。しかしうちは二度引きを原則として推奨しておりません。二度引きたいときは日を改めるように勧めます。二度引きを勧めない代わりに大凶が出ないようにしているの」

 なるほど、大凶のくじは三十一番の抽斗に入っているが、その三十一番の棒はとりだせない仕組みなのだ。

「神宮とちがって、ここはあまりひとが来ないから時間をもてあますと思うけれど、頑張ってね」

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