life.57 ツェニート

「皆さん、お疲れ様でした」


 村に帰還した″スローライフ″の面々を、クッコロが出迎えた。彼女自身は冒険者ギルドに所属したままだが、支部の二番手ということもあり、彼女に任務の成果を報告するのが半ば慣例と化していた。

 もしくは″IPO″の人手不足を埋めるための苦肉の策ともいう。いっそ移籍してくれた方が″IPO″も有り難いのだが、クッコロの立場的に難しいのだ。


「今回も全員逮捕したと聞いています。流石の腕前ですね」

「末端だけどね。根本を叩かないと意味ないよ」


 マオはうんざりしたように言った。今回潰した詐欺グループも枝葉の一つに過ぎず、″ツェニート″にとっては替えの効く駒でしかない。受けたダメージは知れている。


「それに連中の悪事も徐々に洗練されていってるように感じるんだ。これじゃ被害は増える一方さ」


 一口に詐欺と言っても、その手口は様々だ。現状はまだ成り済ましなどの古典的な手法に留まっているが、ノウハウが蓄積されるに比例して、より巧妙で気付かれにくい詐欺になるだろう。黎明期である今のうちに撲滅できなかった場合、犯罪者ギルドとの間で泥沼のいたちごっこを演じることとなる。


「詐欺で得た金は″ツェニート″に納められ、ひいては大元の″プロビデンス″の資金源になっていると聞きますわ。奴らが勢力を拡大できた要因の一つです」

「そういや、あいつらはどうやって人手を集めてるんだ?」


 レベーリアの補足に対して、ライバードが質問した。彼女は″IPO″発足に伴ってトラック運転手から転職しており、今では特務チーム″スローライフ″所属のドライバーとして欠かせない存在になっていた。

 強いて難を挙げるなら運転がやや荒い点と、前歴が民間人であるため戦闘技術を有していない点、そして犯罪者ギルドの情報にまだ疎い点だろうか。

 そのため、こういった会議や話し合いの場では彼女からの質問が飛ぶのが恒例となっていた。


「どういった手段で募集してるのかは知らんけど、人がいなくなれば組織も成り立たなくなるだろ。求人を潰すのも犯罪防止に繋がるんじゃねえの?」


 ただし、それ故に核心を突いた質問をすることも多いのがライバードの長所だ。


「グッドアイデアだ」


 ユーマは、ライバードの提案に頷いた。


「これまでの事情聴取で、犯罪者ギルドは裏サイトやSNS上で人を集めてるって話してたな。SNSの運営にも協力してもらって法規制に取り組むのはいいかもしれない」


 無知な若者を多額の報酬で誘い、詐欺の実行犯や金銭の受け取り役に仕立てるのは常套手段だ。指示通りに動く文字通りの駒の出来上がりであり、確保されたところで″ツェニート″は痛くも痒くもないからだ。

 とはいえ、こればかりは″IPO″の一存で決定できることではない。法案の改正や成立は政治屋の仕事なのだ。


「大丈夫だよ。文句を言うならボクが黙らせてやるからさ」


 マオは得意気に笑うが、つまりは毎度お馴染みの特権乱用である。どうやら″IPO″の人事に口出ししておいてまだ足りないらしい。

 一度決めたことは実行する性格だ。

 かつて″AHA″残党を皆殺しにしてくると豪語したことを思い出して、クッコロはげんなりした表情で溜め息をつく。

 あれから″AHA″の音沙汰に関して報道されていないが、間違いなく全滅させられたのだろう。そして、その犯人についても決して報道されない筈だ。あまりにも大物であるが故に。


「その案については政府に打診してみましょう。上も喜んで賛成すると思いますよ」


 これ以上は考えないでおこう、と利口なクッコロは話題を逸らすことにした。


「大陸諸国は犯罪者ギルドの対応に追われている真っ最中ですから」

「詐欺のみならず、色々と事件がありましたわね」


 犯罪者ギルド──特に総本山たる″プロビデンス″の暗躍は詐欺のみに留まらない。

 恐喝や賭博、薬物密売、果ては武器の密造・密輸まで。あらゆる非合法的活動が彼らの有力な資金源となっている。活動を重ねるにつれて、それらの技術も詐欺同様に洗練されていくだろう。


 最早、″プロビデンス″は単なる犯罪者ギルドの枠組みに収まらない、国際的なテロ組織だ。

 それが証拠に、彼らは豊富な資金と武力に物を言わせた破壊活動も行っている。


「先週にはマケンプトン第一病院が連中の襲撃を受けていますわ。捕まった仲間の奪還を目論んで」


 かつて交易センターでの戦闘でマオ達に敗北し、入院という形で監視下に置かれていたハルトライナーとハリエールの二名が、″プロビデンス″と思われる武装集団の手引きにより脱走した事件だ。

 厳重な警備体制を敷いておきながら取り逃がしたということで、世間から批判が殺到したことは記憶に新しい。


「沽券に関わるというので上役も頭を抱えていましたわね」

「大事なのは人命だと思うけどな」


 レベーリアの嫌みに、ユーマが付け足した。


「そもそも俺達は上の面子とやらを守るために戦ってる訳じゃないし。脱走されたのは残念だけど、殉職者が出なかっただけマシだろ」

「それはそうなんだけどね、″IPO″設立を大々的に宣伝しちゃった以上はそれも難しいかな」


 マオは、肩を竦めた。


「警察機構だからさ、求められる仕事のクオリティも民間企業とは比較にならないんだ。些細な失敗も許されない。だから脱走事件で批判を浴びるのは仕方ないよ。期待の裏返しと思えばいい」

「悔しけりゃ仕事で取り返せってことか」

「そゆこと♪︎」


 ある程度の意見が出たタイミングで、「地道に活動を続けるしかないでしょう」とクッコロが締め括った。


「犯罪に対する抑止力であることが、″IPO″に求められる役割ですから」


 クッコロの言葉は、″IPO″の理念そのものを形容している。

 そして奇妙なことに、その対極に位置するマオとも利害関係が一致していた。

 マオは、顎に手をやって思案する。


(これで少しは″ツェニート″の勢いを削げればいいけど……難しいだろうな)


 犯罪者ギルド″プロビデンス″の結成に携わり、この世界を300年前の戦争のあった時代に回帰させようと目論む女が、何故その下部組織の衰退を狙うのか。

 そこにはマオ自身の性格と、最近になって浮上した問題点が関係している。


「マオさん、顔色が優れませんわよ? もしや風邪ではありませんか?」

「いや、″ツェニート″について少し考え事をしていたのさ」

「……そういうことですか」


 悪事とは往々にして上手くいかないものだ。

 マオは溜め息をついた。


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