転頂編
life.56 天頂の兆し
″IPO″──″|International Police Organization《国際警察機構》″の創設宣言がされてから、およそ一ヶ月が経過した。
パーティー″スローライフ″は、冒険者ギルドから″IPO″に所属を変えて、多忙な日々を過ごしていた。その背景には、やはり各地で暗躍する″プロビデンス″の存在が大きいだろう。
平和路線を進む国際世論への反発か、300年間保たれてきた平穏を破壊するように大陸諸国で犯罪が発生し、その数は日に日に増加傾向にある。摘発した犯罪者ギルドが実は″プロビデンス″の傘下であったことなど日常茶飯事だ。
それとは別に、金で雇われただけの者や模倣犯まで現れ始めたのだから手に負えない。よって″IPO″としては猫の手も借りたいのが本音である。
無論、彼らも手をこまねいていた訳ではない。七列強を中心に大陸諸国の連名で設立された彼らは、その運営費用を各国からの分担金や寄付で賄われている。
豊富なバックアップと最新鋭の装備・設備、何より特務チーム″スローライフ″を筆頭とする精鋭達の力を持ってすれば、犯罪者の確保など容易いことだ。
そうして捕縛された犯罪者は、急ピッチで整備された刑法に基づいて裁判を受け、新設された刑務所にて服役する。例外的なケースもあるが。
「今度は詐欺グループだっけ?」
車窓の外の景色を眺めていたマオが、ふと思い出したように呟いた。手を変え品を変え、犯罪者達は暗躍を重ねている。この間は武器の密輸で、今回は詐欺だ。
「オレオレ詐欺ですわ。お年寄りを対象に、既に相応の被害が出ているとの報告が」
「老人をターゲットにするなんて許せないね」
マオは憤るが、その元締めである″プロビデンス″と彼女は蜜月の関係であり、つまり盛大なマッチポンプである。少なくとも彼女に怒る権利はないだろう。
それはさておき、″スローライフ″のメンバーを乗せた真新しいワゴン車は、無事に第六中央都市ツイホーンに到着した。
囮として潜入した捜査員の話では、オフィス街区域の片隅に詐欺グループのアジトが隠されているらしい。
ワゴン車を駐車場に停めて、マオ達は指定の場所で捜査員と合流する。また現地の冒険者ギルド支部にも協力を養成し、事前に民間人の避難誘導を行ってもらう。
後者は、犯罪者ギルドとの交戦に巻き込まれる可能性を防ぐための措置だ。
マオとユーマ、そしていつの間にか″スローライフ″の一員となったレベーリア。その気になれば都市一つを落とせるだろう過剰戦力が、アジトである雑居ビルに正面から乗り込んだ。
「″IPO″だ。全員その場を動くな」
正面玄関を豪快にぶち破り、マオが魔力の黒刃を突きつける。
「そう言われて頷くバカがいるかよ! 野郎共、あの女をぶち殺してやれ!」
リーダー格らしき男の一声で、次々といかにも悪そうな顔をした連中が襲いかかった。先程の派手なデモンストレーションや魔王の姿にも怯まない点から、末端の人員にしては統率が取れているようだ。
だが、蟻を幾百幾千と集めても竜には決して敵わないように、威勢だけで魔王との力量差を埋めることはできない。
「魔王の裁きをくれてやる」
片手間に放たれた暴風雨がちっぽけな抵抗を丸飲みにして、蹂躙する。しかも器用なことに、隣に立つユーマやレベーリアには当たらないようにコントロールして、だ。逆に言えば嵐の如き暴力の全ては連中に向けられているのだが、悪事を働いたツケが回ってきたと諦めるべきだろう。
「おい、やり過ぎだぞ」
ユーマが呆れて仲裁に入る頃には、ビル内部は天災の襲撃を受けた後のような有り様と化しており、ズタズタに引き裂かれた調度品や詐欺グループの連中があちこちにばら蒔かれていた。
連中は息をしているものの、事情聴取よりも先に病院送りになりそうだ。
「という訳で手下は全滅しちゃったけど、まだ抵抗するのかい?」
「……自首します」
部下を全滅させられたリーダー格らしき男は、諸手を挙げて降伏した。
命あっての物種という慣用句もある。すぐにその決断ができる彼はマシな部類だ。特攻紛いの突撃をしてくるような輩よりは利口と言えた。
「はい、確保と。レベは救急車と護送車の手配をお願いするよ。ユーくんはそこで気絶してるチンピラの回収を頼む」
テキパキと指示を飛ばすマオの視線が、壁に飾られていたシンボルマークを捉えた。
王冠を象ったそれは、近年急速に勢力を拡大しているという犯罪者ギルド″ツェニート″の紋章だ。紋章を掲げている点から察するに、彼らの元締めなのだろう。
(ただの末端から随分と成り上がったものだ)
″プロビデンス″は多数の傘下を抱え、本拠地たるハレムライヒ帝国のみならず大陸各国に根を張り巡らせている。全ての犯罪が″プロビデンス″に通ず、とも謳われる、裏社会を牛耳る最大の犯罪者ギルドだ。
ミコラ曰く、″ツェニート″は比較的新参の組織でありながら瞬く間に成長を果たし、今ではナローシュ国内での活動を一手に任せているらしい。
「考え事か?」
「うん。コイツらも氷山の一角に過ぎないんだろうなって思ってさ。まだまだ先は長そうだ」
ユーマの問いに、マオは溜め息をついた。いずれ利用するつもりで放っておいた種だが、まさかこうまで育つとは予想していなかったのだ。
傲岸不遜の塊と聞くゼニスゼウスが、現状の地位に満足するとは思えない。トップの地位を狙い、何らかの策を仕掛けてくる筈である。
標的は″プロビデンス″か、それとも──。
「……ああ、憂鬱だ。帰ってユーくんに甘えよ」
マオはうんざりした顔で、″ツェニート″のシンボルマークを眺めた。
▼life.56 天頂の兆し▼
「また潰されたみたいですよー。今度はツイホーンの″
「相手は魔王か?」
「はい」
ユピアの報告を受けて、ゼニスゼウスは瞑目する。
末端の人員など幾らでも替えが効く一方で、手足として育成するには相応のコストと手間が必要だ。塵も積もれば山となるように、積み重なった損失は無視できないものである。
組織再建に要する時間を魔王がみすみす与えてくれるとは、思えない。
「……いいだろう。この
ゼニスゼウスには、いつまでも傘下に甘んじるつもりは毛頭なかった。自分が頂点に相応しいと本気で考え、そしてそのために活動を続けてきたのだ。
そんな彼女にとって、魔王マオは自分が成り上がるための道具でしかない。
「ローゼスの部隊を差し向けよ。魔王本人ではなく関係者を狙え。必要なら村を焼いても構わぬぞ」
「あまり独断で動くと、上層部から咎められるかもしれませんよ?」
「問題ない」
ゼニスゼウスは、獰猛に笑う。野望に燃える白銀の双眸を瞬かせながら。
「魔王を討てば、
偽りではなく本物へ。
それがゼニスゼウス=Z=ゼロスの行動原理だ。
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