life.55 追及
久々の自宅は、やはりいいものだ。
リビングに荷物を降ろすと、「イベントが盛り沢山だったね」とマオは背伸びする。
「多過ぎますわ」どこか他人事のマオとは対称的に、レベーリアはやや疲れた顔で言った。
「強化合宿の目的は果たせたからね。それにキミも卒業式を楽しんだじゃないか」もしこの場にライバードがいたなら、ケラケラ笑いながら弄くっただろう。残念ながら彼女は既に帰宅している。
「あの奇妙な毒消草が乱入してこなければ、ユーマさんが入院せずとも済んだのですわ」
再生能力を有した
前例のない事態に彼らも驚いていたが、マオ達の予想と同じく、ユーマを狙った″プロビデンス″の仕業だろうという見解に落ち着いた。
史上初の犯罪者ギルドの暗躍は、いよいよ見過ごせない段階に突入している。或いは300年越しの過渡期だろうか。
どちらせによ、変革を遂げつつある時代に対抗するためには迅速な対応が必須だ。
「国際警察の発足が正式に決定したよ」
「正式名称は″IPO″、本部はナローシュ王国の第二中央都市ナロン、そして肝心の発足日だけど……早くても来月前半かな」
「因みにお訊ねしますが、予算はどこから?」
「各国で分担するよ。後手に回ってバッシングを受けることを思えば安いんだってさ」
ここまでは魔王の思惑通りだ。
マオは、ほくそ笑む。
″プロビデンス″を用いて誘導したのは自分だが、こうまで計画通りに進むと、いっそ哀れみさえ感じた。
「ボクを中心とした特務チームを設立するように捩じ込んでおいた。これから忙しくなるよ」
ちゃっかりしているとすべきか。その手際にレベーリアは、抜け目ないですわね、とジト目を返す。
特務チームの詳細は不明だが、察するに独自の権限を与えられた独立部隊のようなものだろう。捜査の建前で各地を飛び回っても違和感を抱かれないその制度は、マオが暗躍を重ねるにあたって都合がいい。
瞬時にそこまで計算して、レベーリアは頷いた。
「私とマオさんと、そしてユーマさんの三人で結成ですわね」
そう言って移した視線の先には、ここまで不自然に沈黙を貫いているユーマが映っていた。ソファに座ったまま、思い詰めた表情でマオを見つめている。
ユーマは、重たい口を開いた。
「──質問いいか?」
「構わないよ。分からないことはなんでもボクに訊ねてくれたまえ」
「じゃあ一つだけ確かめたいことがある」
どこか祈るように、ユーマは言った。
「勇者育成計画ってなんだ?」
▼life.55 追及▼
「……キミの成長を促すプランを格好よく言い換えただけだよ。強化合宿もその一つさ」
マオは澱みなくスラスラと答えたが、その脳内は混乱に包まれていた。
勇者育成計画は、彼女にとって最重要機密だ。故に知っている者は限られており、親友のライバードにすら打ち明けていない。
まさか、とレベーリアに視線を送るも、彼女は頭を振った。当然だ。ユーマに暴露するには些か時期が早い。
「マオの一人言を聞いたんだ」
言い分を聞いても尚、ユーマの険しい表情は崩れなかった。ゼニスゼウスの名前を出さないのは、あくまで自分の意思だと言外に強調するためだ。
「そうか、あのときに起きていたのか」
計画の名を口にしたのは、ライバードが飲み物を買いに病室を抜けた直後の一度だけだ。つまり漏らした犯人はマオ自身ということである。
マオは納得して頷くと、「もしや計画のためにキミを拾ったと勘違いしてる?」と訊ねた。
確信を突いた質問に対して、案の定、ユーマは露骨に視線を逸らす。
「疑ってごめん。けど、もしかしたらって思ったんだよ。偶然拾った俺を勇者に仕立てようとしてるんじゃないかってな」
「まさか」
マオは笑顔で否定した。
「ただキミの成長を手助けしたいだけだよ。ボクに並びたいって言ってくれたからね」疑われるとは心外だ、と言わんばかりにマオが頬を膨らませると、ユーマは慌てて頭を下げた。
「ごめん。お詫びに俺にできることなら何だってするよ」
「それなら夕食とお風呂を済ませて……久し振りにゲーム大会を開こうか。優勝者には豪華な景品も用意しておくからさ」
「あ、じゃあ俺が風呂の準備してくる」
疑ってしまった負い目もあるのだろう。リビングを飛び出していったユーマの背を見届けてから、レベーリアは溜め息をつく。
「まさか聞かれていたとは思いませんでしたわ」
呆れ混じりの声に、マオは肩を竦めた。
「誤算だった。ユーくんが正面から問い詰めてくるなんて思いもしなかった……だって彼は……」
ぶつぶつと呟きながら、思案する。
一人言を聞いたとしても普段の彼なら気にもしなかったか、もしくは心の中に留めたまま質問してくることはしなかっただろう。
つまり誰かに後押しされた可能性が高い。
そして、マオには心当たりが一人だけあった。
ゼニスゼウス=
警備員としてアレマタオール総合病院に潜入していた彼女がマオの預かり知らぬところでユーマと接触し、言葉巧みに唆したに違いない。
「あのカス……」
危うく計画を崩されかけたことへの怒りで、彼女は吐き捨てる。
「何を企んでるのかは知らないけど、そうはさせないよ。成功すると思ったら大間違いだ」
「マオさんがそれを言いますか」
彼女の場合は、盛大なブーメランというものだ。
裏で勇者育成計画を推し進めている身で口にしても、説得力の欠片もない。
ともあれ、マオは彼の様子が変わった理由について目星を付けており、また犯人に対して激しい怒りを燃やしていることが分かる。
「どうせ明日にでも消すのでしょう?」というレベーリアの進言は、八つ当たりを避けるための露骨な誘導だ。
「……いや、まだ利用価値がある」
一度深呼吸し、気持ちを落ち着ける。
始末するのは簡単だが、どうせなら有意義な形で死んでもらった方がいい。それには準備が必要だ。
プランを組み立て始めたマオの視界の端に、風呂の支度を終えて戻ってきたのだろう、やや額に汗を流したユーマが映った。
マオはすぐに華やかな笑顔を携えて、彼を労うべく歩み寄る。先の誤魔化しのそれとはまた違う、本心からの笑みを混ぜたものだ。
「ご苦労様。汗もかいてるようだし、先にユーくんからお風呂に入ってよ」
「じゃ遠慮なく一番風呂をもらうとするか」
鼻歌交じりに浴室へと向かうユーマは、彼女が浮かべた笑みの意味に気付かなかった。
コイツ猿かよ、と言いたげなジト目を向けるレベーリアの首根っこを掴んで、マオは気付かれないようにその後を追った。
風呂掃除の礼と実益を兼ねての突撃である。
「さあ魔王の裁きを与えよう」
当然の帰結として、しばらくすると浴室から三色の甘ったるい声と何かを激しく打ちつける音が響いた。
リア充爆発しろ。
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