life.53 意味を知るもの
駆けつけたマオの手によりアレマタオール総合病院に搬送されたユーマは、医師の治療を終えて今はベッドの上で眠っている。命に別状はなく、容態も安定しているとのことだった。
マオ達三人はほっと胸を撫で下ろした。それからレベーリアが証拠として持ち帰った、毒消草の頭部だった肉片に視線を移す。
原型を留めない程に焦がされたそれは、ユーマが滅多刺しにしたものであるらしい。
「再生能力を持つのか。でもよ、毒消草にそんな能力は無かった筈だろ?」
「ええ、私も驚きましたわ。突然変異で発生したのか、或いは人工的に生み出されたのか」
レベーリアはそこで敢えて言葉を区切り、マオの表情を伺った。後者であるなら、彼女の仕業である可能性が高いからだ。
「仮に製造したとすれば、″プロビデンス″の仕業に違いないだろうね。きっとボク達を狙ったんだ」
自分に向けられている疑惑の眼を知ってから知らずか、マオは推測を口にした。
「……確かに、その線で考えるべきでしょう」
いずれ邪魔者になるであろう自分を排除しようと目論んだのではないか。
レベーリアは思わず問い詰めかけたが、それ以上の追及はしなかった。どうせはぐらかされるだろうし、そもそもマオがユーマを巻き込むような策を実行するとは考えにくい。
(つまりは此方側の独断専行……? 魔物は即籍さんの魔法で改造したとして、魔王に逆らってまで解き放つ意味などありませんわ)
自分の始末を狙ったのか、ともレベーリアは考えたが、ユーマがアレマタオール壁外の森で修行を行っていることはマオを通じて把握している筈だ。万一にも怪我をさせようものなら洒落にならない。
ここは魔王にも話を聞くべきか。
彼女がそう判断したのと同じタイミングで、「飲み物買ってくるわ」とライバードが病室を出ていった。今この場には寝たきりのユーマと、裏事情を共有する二人しかいない。
「もしやボクを疑ってたりするかい?」
ライバードが出ていった直後、心外だと言いたげにマオが訊ねた。
「最初はそのように考えましたが……マオさんは関わっていないでしょう。死なれでもしたら元も子もありませんもの」
「当然さ。それにボクならもっと上手いこと策を進めるよ。杜撰で美しくないね」
「……成る程」
最重要容疑者は、戦闘院即籍だ。魔力を流し込むことで相手を自分の思う通りに改造する生成魔法の担い手である。あの魔法を応用すれば、再生能力を有した魔物という馬鹿げた代物を作ることも可能だろう。
「そうか、あの熟女好きの男か」マオには妙な覚え方をされているようだが、いつも身の回りに美熟女を侍らせていれば当然である。もしくは彼女達も魔法の産物かもしれないが。
「それはさておき、確かにユーくんはスゴイカリバーに雷を纏わせたんだね?」
マオの確認に、レベーリアは彼の凶行を思い出して頷いた。憤怒に任せて刃を振るう姿は鬼神を彷彿とさせ、普段の真っ直ぐで一途な好青年の顔は欠片もなかった。
毒消草の頭部を執拗に突き刺す彼に恐怖を抱かなかったと言えば嘘になるが、それ以上にレベーリアの心を占めたのは、自分が殺されかけたことでユーマが怒りを爆発させた、ということに対する嬉しさだ。
「私の不手際ですわ」事情が事情のため、素直に喜ぶ訳にはいかないが。
「別にキミを責めるつもりはないよ。寧ろ的確に判断してくれたと礼を言いたいぐらいさ」
「そう仰っていただけるとありがたいですが、ユーマさんが眼を覚ました際には、改めて謝罪と礼をしなければなりませんわね」
強く咎められると考えていただけに、レベーリアは拍子抜けした。独断で行動したと思しき戦闘院への対応も含めて、ユーマのことを重視するマオにしてはあまりにも甘い。
その理由は、やはり彼がスゴイカリバーの力の一端に目覚めたからだろう。
マオは心底嬉しそうに、病室の片隅に立て掛けられたそれを見つめる。
「もう少し時間が必要かと考えていたけどね。彼にはこの調子で、残る二つの能力も手に入れて欲しいものだよ」
口にはしないが、斬撃に雷と氷雪と心強さを付与するという剣について、レベーリアには一振りだけ心当たりがある。
第二次大陸戦争後に失われたとされる、先代魔王サタンが使用していた魔剣だ。
市場に出回っているレプリカではなく、間違いなく本物だろう。戦後に行方不明となったのはサタンが次代魔王の出現を想定して隠したのか、もしくはそもそも歴代魔王に継承される性質だったに違いない。
そう考えれば、あの異常な切れ味や能力付与も納得できるのだ。
「氷雪と心強さ、でしたわね。氷雪はイメージできますが、後者は果たしてどういう意味ですの?」
「魔王たるボクは受け継いだだけで使ったことないし、よく分からないかな」
魔剣の詳細は記録されておらず、持ち主が知らないのであれば他に手がかりはない。
「勇者育成計画が成就すれば、自ずと知ることになるさ」
心底楽しげに、マオは言った。今度はユーマの成長への喜びではなく、例えるならクイズを出す司会者の心境といったところか。
簡単には正解して欲しくないが、正解されないのも面白くないからヒントを出す。その匙加減の調整が楽しくて仕方ない。
彼女の意図を察して、知っている癖に、とレベーリアは内心で毒づく。
「飲み物買ってきたぜ。お前らのも」
不意に、ライバードがペットボトルを小脇に抱えて戻ってきた。
そして病室内の微妙な雰囲気に気付き、「喧嘩でもしたのか?」と首を傾げた。
「ユーくんはいつ目覚めるだろうかと話していただけだよ。喧嘩なんてする筈がないじゃないか。共にユーくんを襲った仲だろう?」
マオの誤魔化しに、そのときの光景を思い出したライバードはいい笑顔でサムズアップする。
「ごちそうさまでした。美味かった」
「ワイルドですわね」
とはいえ、共犯である以上は何も言えない。レベーリアは肩を竦めて、眠り続けているユーマを眺めた。そして身を呈して自分を救った勇者の回復を心から願った。
▼life.53 意味を知るもの▼
彼女達は気付かなかった。彼の意識が既に戻っていることに。
(勇者育成計画……? なんだ、それは)
二人の会話を聞いていたことに。
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