life.51 確認手段

 朝の陽射しに誘われて、ユーマはゆっくりと眼を覚ました。そして瞼を擦りながら上体を起こし、そのままトイレに向かおうとしたところで妙な寒気に襲われ、首を傾げながら毛布を捲る。

 視界に飛び込んだのは一切の服を身に付けていない、自分の裸体だった。

 ユーマが慌てて周囲を見渡すと、自分が裸で寝ることになった理由を発見し、また同時に昨夜の出来事も鮮明に思い出した。


 彼が見付けたのは、自分を囲むようにしてベッドで眠る女性陣三人だ。


 同じように毛布にくるまれてはいるが、恐らく彼女達も衣服を纏っていないだろう。毛布を剥ぎ取れば、幾度も堪能させられた美しい裸体が露になるに違いない。鼻腔を刺激する生臭さが、昨夜の記憶が偽りではない証拠だ。

 遂に恩人に手を出してしまったという後悔と、心地よい疲労が彼の脳内でせめぎ合う。

 彼が苦悩していると、マオが欠伸と共に覚醒した。


「おはよう、ユーくん」


 マオは冷静を心がけたのだろうが、どうにも頬の緩みを隠しきれていない。


「……あー、おはよう」


 肉食獣のように自分に迫る彼女の姿が脳裏にフラッシュバックし、ゾクリと肩を震わせる。好き勝手に貪られた側としてはもう少し怒りを示してもよさそうなものだが、今の彼にそんな余裕はない。それでも平静を貫こうとしたのは、男の意地である。


「そんなに怯えなくても……いや、ボクのしたことを考えれば怖がって当然だよね。本当に、ごめん」


 彼への愛情が根本にあるとはいえ、マオの行いは下手をすれば現代日本における不同意性交等罪に該当するものであり、それでなくとも世間一般的に誉められた行為ではない。

 間違いなく魔王にあってはならないスキャンダルなのだが、しかしユーマからの追及はなかった。

 ユーマは、少しの申し訳なさと失意と、何より多分の嬉しさを含んだ表情で、口を開く。


「……まあ、ヤっちまったことをいつまでも考えたところで仕方ないだろ。それに途中から俺も歯止めが効かなくなったのは事実だしな。その、痛くはなかったか? 無理してないか?」


 平気だよ、というマオの言葉に彼は胸を撫で下ろした。それから部屋中に漂う嗅ぎ慣れない異臭と、自分達が裸のままであることを思い出した。


「取り敢えずシャワーでも浴びようぜ。きっと言いたいことは互いに色々あるだろうけど、落ち着いてからゆっくりと話せばいい」

「……うん、そうするよ」


 レベーリア達を起こさないように、二人はそっと寝室を後にする。

 だが、話し合う筈であった彼らの心情は、浴室へと進む度に仄かな期待へと変化していく。

 仕掛けたのは、やはりマオだ。浴室に足を踏み入れるや否や、ユーマに背後から抱きつき、その豊満なメロンを惜しげもなく当てる。

 勇者の中の獣性を再び解き放つにはそれだけで充分だった。


 結果として、この日のユーマの特訓開始時刻が大幅に遅れたことを追記しておく。


▼life.51 確認手段▼


 ユーマは自分に飛びかかった薬草の脚に重たい蹴りを放ち、体勢を崩した相手に今度は自分から奇襲を仕掛けた。そしてスゴイカリバーで首を切り落とすと、油断なく辺りの草木を見渡した。その瞬間、群れを率いていたと思しき個体が雄叫びをあげて突撃する。

 しかしユーマは、冷静に剛腕の一撃を潜り抜け、薬草の腹目掛けてスゴイカリバーを突き刺す。想定なら更に続けざまに追撃を行う筈が、骨をも両断する鋭さを誇る剣はそのまま臓器を巻き込みながら背へと突き抜け、薬草の息の根を止めた。


 前日よりも更に熱意を持って取り組んでいる理由には、戦うための明確な目的を得た──つまりマオ達との営みが大きい。


 無論、これまでも平穏なスローライフを目指して冒険者生活を続けてきたが、そこには抽象的なイメージしかなかった。牧歌的な片田舎の村でマオと共に農業に励むというような、典型的で平凡な将来設計だ。具体性に欠けていたが故に、どうしてもモチベーションに繋がらなかったのだろう。

 しかしマオ達と身体を交え、想い人に正面から愛を囁かれたことで、持ち前の強い責任感は覚悟へと姿を変えた。

 惚れた弱みというか、それとも度を越えた純粋とすべきか。どちらにせよユーマの熱意の正体は歓喜と決意と、ほんの少しの冷や汗である。


 愛に燃える彼を見つめるレベーリアの視線は、複雑なものだった。


 本来なら自慢の身体を用いてユーマを篭絡する手筈であったのにも拘わらず、マオとライバードの作り出した淫靡な雰囲気に押し流され、当初の目的も忘れて獣のように交わってしまった。

 眼を覚まし、自分の裸体に刻まれた行為の痕が視界に飛び込んできたときの衝撃を、レベーリアは生涯忘れることはないだろう。

 しかもその直後に浴室から愛を確かめる声が響いてきたものだから、どうにもマオに負けた気がして悔しいのだ。


 とはいえ、それは今後の逢引を重ねていく中で彼女よりも夢中にさせればいいだけのことだ。


 そう自分を納得させるレベーリアの耳に、草木の擦れる音が聞こえた。それに続いて響き渡る魔物の咆哮は薬草のそれとは異なるものであり、この強化合宿におけるメインディッシュが遂に出現したことを伝えている。

 薬草ヘッドの回収に勤しんでいたユーマもスゴイカリバーの束を握り直し、襲撃に備えた。その間にも、二人に近付いてきていたガサガサという草木の揺れは徐々に速度を強めていく。


 そして、それが最高速に到達したとユーマが直感した瞬間、木々の作り出す闇の中から音の正体が飛びかかった。


 怪獣染みた雄叫びを伴いながら剛腕を振りかざしたのは、薬草のそれに似た紫色の頭部が特徴的な上位魔物──毒消草だ。明らかに原種を上回る屈強な肉体を生かし、形振り構わずに鉄槌を叩きつける。

 狙いが甘かったのか、幸いにして直撃するような事態は避けられたものの、生じた衝撃に二人は思わず体勢を崩した。


「大丈夫ですか、レベーリアさん!」

「ええ、何とか……っ!」


 レベーリアに手を差しのべて立ち上がらせると、自分の数倍はあろうかという巨体を前に、「このバケモンめ」とユーマは悪態をついた。


 確かに、毒消草は薬草の上位亜種の一種であり、鋼鉄階級には荷が重いとは聞いていた。しかし、まさかこれ程の怪物が出てくるとは予想していなかったのだ。

 尤も、彼を責めるのは些か酷だろう。

 何故なら、目の前の個体はレベーリアの知る毒消草を逸脱した巨躯を誇っているからだ。


 突然変異で誕生したのか、それとも人為的な強化を施されたのか。

 特殊ユニーク個体が出現した理由を探るためにも、先ずはこの場を生きて切り抜けなければならない。


「ユーマさん、訓練は一時中断。これより抜き打ちテストを行いますわ」


 レベーリアは背負っている大剣を鞘から引き抜きながら、言った。


「二人であの醜悪な試験官を滅殺しますわよ」

「……倒したら合格ですか。スパルタなことで」


 その軽口を合図に、戦いが始まった。

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