life.49 最初の晩餐
夕方に、ユーマとレベーリアは宿泊先のホテルへと戻った。早朝ランニングも含めれば、ざっと半日近い時間を特訓に費やしていたこととなる。
リビングに通じる扉が開けられた瞬間、待ってましたとばかりに、マオが駆け寄った。
犬の耳と尻尾がパタパタ揺れているように錯覚したのは、メロンの不意打ちに押し倒されかけたユーマだけではないだろう。
直前までシナシナであったとは思えない変わり身の早さに、ライバードは半ば呆れながらも、レベーリアとの二人がかりで犬と化したマオを引き離す。
確かに、派手に食い散らかせ、とアドバイスを送りはしたが、これでは映画の中のゾンビだ。
魔王の相手をユーマに丸投げして、「お風呂の準備をしてきますわ」とレベーリアはそそくさと洗面所のある方向に逃げ出した。
特訓に付き合って汗を流したのは事実だし、何よりマオの戯れに巻き込まれては堪らない。
「とんだ狸ですわね……」
だだっ広い浴室に駆け込むや否や、内側からドアの鍵を閉める。これで誰にも邪魔をされることなく、ゆっくりと物事を考えられるというものだ。
それにしても、マオも大した役者である。
自分の野望のために″プロビデンス″を創設し、マッチポンプの要領で大陸諸国を動かしておきながら、犬の真似まで披露して人畜無害をアピールとは。
そもそもの付き合いの差もあるが、あれではユーマ達に事情を打ち明けたところで、到底信じてもらえないだろう。
″プロビデンス″との繋がりを悟らせない演技力は流石の一言に尽きる。
そういえば、とレベーリアはふと思う。
所属メンバーの内、どこまでがマオとのそれを教えられているのだろうか。
移動魔法の担い手たるクーリオは例外として、レベーリアはミコラから何も聞かされていなかった。また
つまり、幹部の殆どが捨て駒を前提として集められたことになる。
真実を知っているのはミコラと、事実上の腹心と目されている戦闘院即籍の二人だろう。組織のトップと二番手が揃って懐柔されている始末である。
尤も、真珠郎達もまた、魔王同様に演技を行っている可能性も捨てきれない。
「誰が味方で敵なのやら……これでは報連相も満足にできませんわね」
浴槽に湯を貯めながら思考を重ね、あちら側から連絡や指示が来た場合を除いて、しばらく通信を控えようと心に決めた。
マオに疑われにくくするためという名目で、果たしていつまで誤魔化せるかは分からない。却って疑惑の視線を向けられることもあり得るが、ボロを出すよりかはまだマシである。
ともあれ、風呂の支度を追えたレベーリアがリビングに戻ってみると、悩みの種をもたらす本人は犬から引っ付き虫にクラスチェンジしていた。
「ありがとうな。最初はこのバカタレを放り込むけど、もしや一番風呂がいいか?」
「それで構いませんわよ、ライバードさん。しかし半日の間に些か変わり過ぎではありませんか? マオさんに何があったのです」
「いや、オレはちいとばかし助言しただけで……まさかこんなになるなんて思ってもなかったぜ」
ライバードはテーブルの上の真新しい酒瓶を掴むと、痴態を晒す引っ付き虫を肴に、ウイスキーをラッパ飲みする。
親友の冷たい視線に、マオは気付かない。
マオの脳細胞の全てが極度の飢餓状態に陥っているのは、半日もユーマと離れていた反動によるものだ。そのためメロンのみならず全身で彼の温もりを感じ、鼻腔を体臭で満たさなければ気が済まないのである。
押し潰されているユーマの死因を仮に挙げるとすれば圧死か窒息死か、はたまた膀胱破裂だろう。
「よーし、お前ら仲良く風呂に行ってこい。食うならさっさと食いやがれ」
「さあ行こう、今すぐ行こう!」
マオは瞳を煌めかせながらユーマの手首を掴むと、そのまま風呂場に連行していった。被食者に近い恐怖を感じたのか、彼も必死の抵抗を試みるも、魔王の腕力には敵わずに引き摺られていく。
二人が風呂場から戻ってくるのは、二時間も経過した頃だろうか。
強引極まりない手段だが、アイツの鋼鉄の精神をぶち破るにはそれしかない、とライバードは酒瓶を片手に語った。
マオ曰く、彼女は幾度もユーマに誘惑を仕掛け、そしてその度にはね除けられている。
ならば残る手段は自ずと限られる。抵抗する気力を削ぎ、逃げ場を奪い、正面から迫ればいい。
しかも好都合なことに、特訓から戻ってきたばかりの彼に残されたスタミナは少ない筈だ。襲うには絶好の機会である。
「あれで少しは大人しくなるだろうよ。来年は子持ちになってるかもな」
「長風呂になりそうですわね」
「なんならレベも一緒に参加するか?」
別にユーマに恋愛感情を抱いたのではなく、気に入ったからご相伴に預かりたいだけだ。ストレス解消という実益も兼ねて。
建前は、初心な親友への指南だ。
仮に失敗したとなれば、マオだけでなくユーマの心にも傷がついてしまう。最悪の場合はトラウマにもなりかねない。そういった事態を防ぐために参加するのである。
善は急げとばかりに、ライバードは喜び勇んでリビングを後にした。
残されたレベーリアは一人、彼との肉体関係を結ぶメリットについて思考する。
(確かに、籠絡するなら今を逃して他にない。そうして私に溺れさせれば……)
自慢ではないが、彼女とてB97の巨大メロンの持ち主だ。身長こそマオより低い151cmだが、かといって魅力で劣っているつもりはない。
「──いいでしょう。我が大望を叶えるため、喜んでこの身を捧げますわ」
手早く計算を終えた彼女は強く頷くと、ライバードの後を追った。
それからしばらくして、浴室からユーマの悲鳴が響いた。
「ちょっと待ってくれ! 落ち着いてくれ、いきなり三人相手なんか無理だって!」
マオの猛攻に手を焼いていたところに、更に二人も追加されては身も腰も持たない。そもそも異性経験の欠片もないというのに。
だが彼の懇願も、野獣と化した女性陣にとっては興奮を煽るスパイスだ。
ジリジリと三人が迫ってくる光景は、ホラー映画の領域である。
「そんなに怯えられると傷つくじゃないか。大丈夫だよ、痛くしないからさ」
マオは、笑顔で言った。
「──いただきます♡」
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