life.48 狩るか狩られるか

「マオ、生きてるか?」

「……うん……ボクは大丈夫だよ」

「駄目だこりゃ」


 ライバードがさじを投げる程度には、今のマオは目に見えて落ち込んでいる。

 色で例えれば白を通り越して灰色、漫画にしたなら二頭身のミニサイズにデフォルメされているだろう。174cmの長身も持ち前の美貌もシナシナに萎んでしまっており、影も形も見当たらない。

 加えて二日酔いの影響か、テーブルに突っ伏したまま、ホテルの部屋から一歩も出られない始末だ。

 ライバードは、やや面倒そうに溜め息をつく。


「別に今生の別れってんじゃねえだろうが。レベのところで鍛えてもらってるだけだ。それともユーマが襲われるかもって心配してんのかよ」


 誰が襲うのかは口にしなかったが、グラスを片手にニヤニヤと笑っている点から、どうやら魔物に限った話ではないらしい。


「レベも他人の男を取るような奴とは思えないし、そもそも簡単に籠絡されるようなヘタレなら、とっくの昔にお前が手に入れてるっての」


 アイツも一途っぽいしな、とライバードは付け加えた。というよりも単純に異性に慣れていないだけかもしれないが、肉食系な彼女としてはその方が却ってそそられるものがある。

 マオは、恨めしげな視線を向けた。


「もしかして惚れたりするかい?」

「お前よりも先に見付けてりゃツバつけてたかもしんねえな。そんでもって、オレ好みのイケメンに調教してやったさ」


 勿論、マオに先駆けてユーマと出会っていれば、という前提だ。


「それはそれとして、早いとこ告るなり押し倒すなりして確保しちまえよ。ユーマのことが好きなんだろ? そんなんじゃ先を越されるぜ」

「どういう意味──ああ、連中のことか」


 問い詰めようとして、マオはライバードの言わんとしていることを悟った。

 連中とは、大陸諸国から差し向けられている女冒険者達を指す。表向きは国際警察への参加のためと銘打たれているが、それが実は政府の差し金で、籠絡目的でユーマに接近しようとしていることは火を見るよりも明らかだ。


「だけど、ユーくんは売女もどきに負けないよ。何故なら彼の意志は鋼のように硬いのだからね。ライもそう言ったじゃないか」

「──力ずく、ならどうだ?」


 ライバードは、強い口調で指摘する。


「酒に酔っ払った勢いとかで強引に既成事実を作られちまえば、責任感の強いアイツのことだ、潔く腹を括るに違いないぜ」


 本当に閨を共にせずともそれっぽく偽装するだけで充分だろうよ、とライバードは続けた。


「そうなると流石の魔王様もお手上げだ。地団駄踏んでも間に合わねえ。だからその前に確保しろってアドバイスしてるんだ」


 そこまで言ってから、傍らにあったウイスキーをラッパ飲みする。

 心なしか仕草が荒っぽいのは、肝心なところで一歩を踏み出せない親友への苛立ちからか、或いは地酒を買い漁る予定がシナシナ状態のマオの介抱に潰された恨みだろうか。

 どちらにせよ、面倒見のいい姐御肌がライバードの長所にして魅力なのだが、そのワイルドさが却って異性に敬遠される要因とは皮肉である。


 一方のマオはしばらく押し黙っていたが、「ボクも策を考えたさ」と言い返す。


「レベーリアとも話し合って、異国のコスプレを取り寄せる作戦なんだ。それで迫れば、ユーくんも即座にケダモノになって襲ってくるよ」

「ほんとに奥手だな。相手に襲ってもらうつもりで行動するんじゃねえよ。自分から派手に食い散らかす前提で挑め。そして他の女を見れないぐらい骨抜きにしてやれ」

「わーお、ライってば大胆だね……」


 車内で怒号を飛ばしていた運転手と同一人物とは到底思えない、清々しい程の肉食思考だ。


「……まあ確かに、ライの言うことも一理ある。他の女を見れなくしたらいいよね」


 その言葉を聞いて、夜這いを仕掛けるのか、とライバードは解釈した。話の流れからしてそう思うのが普通だろう。


「失礼。トイレに行ってくるよ」

「二日酔いかよ。平気か?」


 問題ないさ、と手を振って、マオはリビングを後にする。

 尤も、本当に胃の中身を吐き出す目的でトイレに向かったのではない。


「もしもし、ボクだよ。少しばかり頼みがあって連絡したんだ。身の程を知らない女狐共の始末をお願いしたい」


 個室の鍵を閉めるや否や、彼女はズボンのポケットから電子端末を取り出し、そして電話をかけた。


▼life.48 狩るか狩られるか▼


「直ちに配下の者を差し向けよう。しかし連中を殺すのは簡単だが、別に生かしておいても構わんのだろう?」

「手段は任せるよ、ユーくんに手出しできないようにさえしてくれれば。女狐の末路はキミ達が好きに彩ってくれたまえ」

「了解」


 魔王からの連絡を受けたミコラは、マオの一方的で身勝手な依頼にも眉をひそめず、律儀に依頼遂行までの道筋を思案する。

 各国から見目麗しい女冒険者が送り込まれているという情報は″プロビデンス″も既に掴んでいたものの、マオからの指示がなかった点から、今回は見逃すものだとばかり考えていた。

 気が変わったのか、はたまた第三者からの入れ知恵か。

 何れにせよ、魔王との間に横たわっている力関係の都合上、彼女達の排除は最優先事項だ。


 ミコラは傍らに控えていた戦闘院せんとういん即籍そくせきに目配せすると、今しがた決定した狐狩りについて伝える。


「ほな僕が出撃しますわ。今はハルトライナー騎士バカの救出作戦で他のメンバーは忙しいですし、たまには僕も身体動かさな鈍ってまいます」

「そうか。お前に限って心配はないと思うが、相手もそれなりの使い手だ。気を抜くなよ。お前自身は戦闘向きではないのだから」

「任せといてください。半殺しにして、殿下への土産を誂えますから。ほな今から狩猟道中膝磨毛ひざすりげデートと洒落込もうか、クーリオちゃん」

「指摘〉男女交際目的ではなく移動役として同行するだけであると指摘。鏡で自分の顔を見てから出直してこいカス」

「ボロクソ言うやん」


 クーリオから飛んできた暴言に即籍はわざとらしく肩を竦めたが、彼の場合は仕方ない面もあるかもしれない。

 黒一色の学ランという大陸では極めて珍しい衣服を好んで纏い、まともに視界を保てているのかも怪しい糸目、そして関西弁。およさ胡散臭さの塊のような青年であるからだ。

 そうでなくとも、美熟女を種族問わず幾人も侍らせている時点で、クーリオが好感を持つ可能性は皆無に等しい。


 尤も、ミコラが彼を用いるのは人材不足でやむを得ないから、ではない。

 高い魔法適性を有しているからこそ、″プロビデンス″の幹部に上り詰めたのだ。


「ほな気を引き締めて挑みましょうか。食えや殺せの女狐祭りの開幕や」

「指摘〉本音が滲み出ていると指摘。この好色絶大男め」


 どこまでも、彼は平常運転だった。

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