life.47 強化理由

 レベーリアのスパルタ教育は、翌日の早朝から開始された。

 ユーマの日課であるランニングから行動を共にして、アレマタオールの街を周回する。途中で彼がへばると、後方から飛んでくるのは罵詈雑言にも近しい檄だ。

 旧市街地のノスタルジックな風景を楽しむ暇など欠片も与えられず、ユーマは普段のランニング量の倍を走らされた。

 当然の帰結として、提示された周回数を走り終えたユーマは息も絶え絶えに横たわったが、その隣で平然としているレベーリアを見て、決意の炎を瞳に燃やす。

 この程度のノルマもこなせないようでは、勇者どころか黄金階級にも届かない、と。


 朝食兼休憩を終えれば、今度は魔物達を相手にしての、実戦形式での戦闘訓練だ。


 ベースとなるのは先日同様に薬草の群れの討伐だが、そこにレベーリアが独自考案した特訓法が加わることで、その難易度や効率が激変する。

 先ず最初はレベーリアが先陣を切り、魔物との戦いの歴史の中で確立された冒険者式の体術と剣術を用いて戦い、見学しているユーマに手本を示す。

 その次に、今度はユーマが体術のみを駆使して戦っていく。見様見真似でも構わない。命を削る実戦の中にこそ人は急速に成長する、というのがレベーリアの持論だ。

 基礎を磨いて欲しいとの考えからスゴイカリバーの使用こそ禁じているが、万一にユーマが窮地に陥っても助けられるように、彼女自身は少し離れた場所から見守っている。


 唯一、レベーリアの予想を越える点があったとすれば、彼が宿していた戦闘センスの高さだろう。


 水を吸う乾いたスポンジに似て、当初ぎこちなかったユーマの動きは時間が経つに従って洗練されていき、太陽が真上に上る頃には及第点を与えられる程に成長を遂げていた。

 惜しむらくは、非力なために単独では撃破に至らない点である。

 恐らくスゴイカリバーの切れ味に長く頼っていた弊害なのだろうが、レベーリアの卓越した指導力を以ってしても、こればかりは一朝一夕とはいかない。

 朝のランニングは継続するとして、本格的にトレーニングを重ねる必要がある、と彼女は感じた。技術のみならず、心身の鍛練も勇者には欠かせない要素なのだ。


「少し休憩しましょうか。根を詰め過ぎても身体を壊してしまうだけですわ」


 レベーリアは近くの切り株に腰掛けると、持参したバスケットを取り出した。その中には、ホテルのコックに誂えてもらった軽食や水筒が丁寧に詰め込まれている。勿論、アレマタオールでも指折りのホテルとあって味は折り紙付きだ。


 サンドイッチに舌鼓を打ちながら、彼女は今後の方針について考えを巡らせる。


 冒険者式体術の基礎に関しては、ユーマはその殆どを習得している。

 それよりも、基礎体力を重点的に磨いていくべきである。

 訓練とはいえ、レベーリアがトドメを差して回っているようではまだまだ一人前とは言えない。


 その点はユーマも承知しているのだろう、首を切り落とされた薬草の死体の山を見つめる。そんなものを眺めながら飯を食べて美味いのかは別の話だ。


 薬草の首の断面は滑らかであり、一刀の下にそれを行ったレベーリアが並々ならぬ剣の使い手であることが窺える。未熟であれば何度も切り損ねたり、剣そのものを損傷させてしまうからだ。

 スゴイカリバーを握れば彼にも似たような芸当は可能かもしれないが、それはあくまでも剣の性能によるものであって、本人の腕前は遠く及ばない。

 そんな実力者である″滅殺妖精″と早期に知り合い、師事できたことは、ユーマにとって幸運である。


「さ、そろそろ続きといきましょう。獲物は幾らでも残っていますし、夕方まで訓練を続けますわよ」

「ウス、お願いします。ですが、獲物って言っても薬草しか出てきませんよ。毒消草ってのはそんなに珍しい魔物なんですか?」

「魔物とて生き物ですもの。今日は森の奥に引きこもりたい気分なのかもしれませんわ」


 しかしレベーリアは、本来の討伐対象である毒消草が今日に限って出現しない理由を見抜いていた。

 恐らく、心配になったマオがミコラを経由して彼らの行動を制限しているのだ。

 かつてミコラはポーションを操り、マオにけしかけたことがある。その下位種を支配するなど造作もないことだろう。

 今から考えれば、それもまたある種のマッチポンプであった訳だが。

 何者かの暗躍を喧伝することで、国際警察の発足に繋げる魂胆だったに違いない。


「……はて、そうなると少し奇妙ですわね」


 そもそも両者はどのようにして出会い、そして手を結んだのだろうか。

 当初レベーリアはその事実を知らなかったが、他のメンバーは果たして把握しているのか。


「移動を担うクーリオさんは確定としても、ハルトライナーさんや真珠郎さんは──」

「どうしました? そんなに悩んで。俺また何かヘマしました?」

「いえ、お気になさらず」


 誤魔化しつつも、彼女は思考をフル回転させて、魔王がミコラに近付いた時期を計算する。

 レベーリアがスカウトされた三年前には、現状よりも規模は多少劣るものの、″プロビデンス″は既に組織としての形を成していた。ミコラとマオが親しげに話している点から、昨日今日の付き合いではないだろう。即ち、二人は発足当初からの付き合いであることが分かる。

 ただし、それでは出会った理由が不明のままだ。


 そもそも、世界平和の崩壊を願う両者が邂逅・協力するという偶然は起こり得るのだろうか。


 過程は同じであっても、マオとミコラの最終目標は大きく異なっている。勇者を擁立する魔王の育成計画は、ミコラにとって邪魔でしかない。彼女とて魔王の目的は察知している筈なのだ。

 一時的な同盟と割り切り、後々に雌雄を決する算段なのか。それもあり得ない。

 有象無象の相手なら兎も角、相手は単独で最強の座に就くような化け物だ。敵わないことは子供でも理解できる。第一、だからこそ魔王の我が儘を押し通される立場にあるというのに。


 そこまで考えた瞬間、レベーリアは閃いた。

 考え方が逆なのだ。


 利害関係の一致により両者が協力体制を築いたのではなく、最初から勇者育成計画の推進を最終目的として、マオの意向により″プロビデンス″が設立されたのだとしたら──魔王に振り回されている現状にも、説明がつく。


「……結局、私達は駒でしかない」


 全てを諦めたように呟いたが、勇者がそうであるように、レベーリアにも幸運は残っている。「ユーマさん、少しよろしくて?」一足先に薬草の群れを探していた彼を呼び止め、その背に告げた。


「思ったよりもユーマさんの筋がいいので、トレーニングメニューを変更しようと思います。更に厳しく鍛えていきますけど、覚悟はお有りですか?」

「……やります。強くなれるなら、マオのお荷物にならないで済むなら、どれだけ厳しくても必ずやり遂げてみせます」

「分かりました。この強化合宿の間は……いえ、村に戻ってからも全力で鍛え上げると約束致しますわ」


 だから、とレベーリアは心の中で付け加える。


(絶体に魔王を倒してくださいね?)


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