life.46 消したいもの

「恐ろしい提案ですわね」


 レベーリアは、肩を竦めた。

 私情はどうであれ、レベルブルク家を潰すつもりはない。あの家の持つ名声と財力はまだ役に立ち、捨てるには惜しいからだ。

 とはいえ、ほんの少しでも期待しないかと問われれば、それは嘘である。


「因みにお訊ねしますけど、どのようにしてレベルブルク家を滅ぼすおつもりなのです?」

「皆殺しにするよ。魔力球を屋敷に放り投げれば現当主も含めて全滅だよね」


 策謀を巡らせて追い詰めるのかと思いきや、マオの回答は知力の欠片もない、極めて物理的な手段だった。確かに手っ取り早く終わるだろうが、レベーリアの求めているものとは方向性がまるで異なる。


「不採用ですわ」


 案の定、彼女は断った。


「策略に訴えるのなら話は別ですが」

「それは難しいかな。ほら、ボクって権力や権威に縁のない、ただのか弱い魔王だから」

「か弱い人はそんな物騒な提案をしません」


 その特殊な立場から、マオは各国の首脳部や政府高官と交流があり、アポ無しでの一方的な面会や通話すら可能だ。レベルブルク家も各界に相応のコネクションを有してはいるが、魔王のそれとは天と地の差が横たわっている。


「もっとスマートに、そして世界もろとも滅びて欲しいだけで、今すぐにという訳ではありません」


 第二第三の案を防ごうと、レベーリアは願いを伝えた。


「″プロビデンス″に与した理由はそれかい? というかさ、それだとやっぱり物理的に滅びるんじゃないのかな?」

「私個人としては寧ろ、実家を滅ぼすついでに世界も巻き添えにするような感覚ですわね」


 ワインをたらふく呑んでいた影響か、レベーリアの饒舌さは止まることを知らない。


「現当主の排除が、必ずしもレベルブルク家の崩壊に繋がるとは限りません」


 レベーリアは、実家の巨大さを思い出して、うんざりしたような口調で言った。

 レベルブルク家の歴史はその家柄に比例するように古く、家系図を紐解いていけば、少なくとも第二次大陸戦争以前から続いていることが分かる。

 必然、その間に蓄えた力も相当なものである。

 名声や個々の武力こそ魔王には及ばないものの、単純な財力だけなら魔王すらも上回っている程だ。


 そして上記の点は、あくまでもレベルブルクに限った話である。


「仮に父や兄達を皆殺しにしても、分家から別の後継者を立てるだけでしょう」


 名を揚げたとはいえ、家出も同然に冒険者業界に飛び込んだ時点で、レベーリアに継承権は無い。


「滅ぼすなら、分家も合わせて一族郎党の悉くを始末する必要があるのですわ。女子供も一ヶ所に集めて皆殺しに、ね」

「後始末が大変そうだね……成る程、だから戦争を起こすのか」


 納得したのか、マオは頷いた。彼女の狙いに気付いたからだ。


「木を隠すなら森の中」歌うようにして、レベーリアは語る。「死体を隠すなら戦場の中」


 資源を奪うでもなく民族や宗教の対立でもなく、証拠隠滅のためだけに、彼女は戦争を望むのだ。


▼life.46 消したいもの▼


 戦争には莫大な資金が必要だ。兵員に対する人件費を筆頭として、兵器の維持と研究開発、燃料や資材の調達、各種施設の建設なども費用が嵩む一因である。

 そもそも現段階の大陸諸国は、宣戦布告を行う以前に軍の設立から始めなければならない。準備だけで途轍もない手間と時間がかかる筈だ。

 恐るべきは、個人的な復讐の後始末の手段として戦争を選択する、レベーリアの猛悪さだろう。


「クレイジーだねえ。もしかして、頭のネジ穴を埋め立ててたりするのかな?」


 マオは楽しげに茶化したが、勇者育成計画を進めている身分でそれを言う権利はない。事実、お前が言うな、という意味を込めてレベーリアのジト目が飛んできた。


「勇者に世界を捧げるような人に言われたくありませんわね」

「それもそうだ」


 互いに″プロビデンス″に与している時点で、結局は同じ穴の狢だ。仲間である以上、足を引っ張り合うよりも協力体制を築いた方が効率的である。


「勇者と言えば……昼間の件といい、少しばかりユーマさんに対して過保護ではありませんか?」


 とはいえ、仲間であるが故の苦言も、当然ながら発生する。

 痛いところを突かれたマオは、しかし弁解することはせずに、ただ黙って頷いた。


 自覚は、ある。


 衣食住の面倒を見て、明らかにオーパーツ相当の性能を持つ装備も与えた。そして彼の危機には率先して救援にも入った。

 ユーマに死なれては困る事情があるとはいえ、客観的に見たならマオの行動は過保護以外の何物でもないし、下手をすれば本人の自立心を摘み取ってしまいかねない。


 幸いにも、彼は向上心や熱意を持ってトレーニングに励む性格をしていたが、最悪の場合は過ぎた力に溺れるバカか、マオの脛を齧ってばかりのニートの誕生だ。

 さもありなん。人間に限らず、魔人は強大な力に溺れやすい性質を持っている。


 慢心。

 堕落。

 腐敗。

 退廃。

 汚濁。


 分かりやすい例は、政治家だろう。当初こそ立派な志を掲げていたであろう彼らは、権力を手にする程に増長し、横暴となり、視野搾取と自己正当化の渦に囚われる。答弁の度に言い訳を並べる姿は実に見苦しく、その醜悪さをかつての若き自分が見れば絶望するに違いない。


 勇者は、常にその対極に位置し続けなければならない。


 清く正しく美しく、掲げた剣と志にはただ一片の曇りもなく、正義の名の下に荒廃した世界を救う。希望の擬人化こそが勇者なのだ。

 マオの願いも、ユーマがそういった王道の勇者に育つことだが、どうやら過保護が過ぎたらしい。

「甘やかしちゃったかな」マオは、目に見えてしょげ返った。「でもボクはユーくんが好きだしさ、厳しくするなんて無理だよ」


 ユーマを好きになった理由を、レベーリアは敢えて訊ねない。というより、下手につつくと惚気話を延々と聞かされる羽目になるだろう。

 賢明な彼女はその部分には触れないで、「強化合宿の目的が増えましたわね」と指摘した。


 勇者はスタミナ強化と、スゴイカリバーの能力を十全に扱えるようになること。

 魔王は過保護な性格を直すこと。


「つまりユーくんを助けるのも駄目だし、彼の成長を見守るだけに留まらないといけない……なんだか不安になってきたよ」

「マオさんが言い出したことですから」


 それでなくとも、大陸中を戦争の渦に巻き込もうという魔王が、この程度のことで不安がってどうするのか。「武装蜂起を指示した者の台詞とは思えませんわね」


「しばらく中止するおつもりですか? 強化合宿に専念したいから、と殿下に伝えて」


 どうして分かったのか。そう言いたげにマオは睨んだが、アレマタオールに行くと決めた途端に蜂起が治まったとなれば疑わしいのはただ一人だ。魔王の言葉を軽視できる程、″プロビデンス″の力は強くない。

 そのことに思い至った彼女は、深い溜め息を吐いた。自分で思っていたよりも、魔王の考えていることは分かりやすいようだ。


「こりゃ長引きそうだ」


 本来の討伐対象である毒消草は、まだ姿を拝んですらいない。


「マオさんが難しくしているだけですわ。スパルタ教育が無理そうなら、私が引き受けましょうか?」

「ボクのユーくんを取らな……いや、その方が彼のためには良いかもしれないね。よろしく頼むよ」


 甘やかすばかりが愛の形ではない。時には厳しく接することも必要だ。


 そう考えて、マオは頷いた。

 そして、これもまた分かりやすい程に、その際の彼女はしょんぼりと落ち込んでいた。

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