life.45 半生のない反省会
▼life.45 半生のない反省会▼
反省会は、通夜のような雰囲気で行われた。
普段のマオであれば反省会にかこつけてドンチャン騒ぎの一つでも起こしそうなものだが、当の本人はワイングラスを片手にテーブルに突っ伏し、口からは魂が抜け出ている。昼間の一件が余程、ショックだったらしい。
薬草の群れを相手にした特訓は中断となり、一同は宿泊していたホテルへと引き上げた。朝早くから出発してこの始末なのだから、落胆も一潮なのだろう。無論、ユーマもまた一足先に寝室で寝息を立てている。
メンバーの内、半数が死人と化している壊滅的状態を尻目に、残されたレベーリアはライバードと酒を酌み交わしていた。
グラスの傍らには、ルームサービスで頼んだワインのボトルが置かれている。庶民派のライバードには詳しいことが分からないが、少なくともホテルの格に見合うワインであることは確かだろう。宿泊費が跳ね上がる程度には高級だ。
「お二人は眠ってしまいましたし、ここからは淑女の時間と致しましょう。ほら、お注ぎしますわ」
「悪いな。しかし勇者と魔王が揃って欠席とは、何のための反省会か分かんねえな」
「こういうのも静かで良いですわね」
ワインの海を眺めながら、レベーリアは呟いた。
マオの家に厄介になってからというもの、雑談猥談何でもありの秘密会議が半ば恒例行事と化している。上流階級のパーティーとは対極に位置しているであろうそれは新鮮だが、たまには落ち着いた時間も恋しくなるのだ。
もしくは、彼女なりの羽休めかもしれない。黄金階級の冒険者と、犯罪者ギルドの幹部──二足のわらじを履き続けるためには、心身共に効率的な休息が不可欠だ。
「そういや、気になってたんだけどよ」
そんなレベーリアの裏の顔など露知らず、ライバードが口を開いた。
「どうして冒険者になろうと思ったんだ?」
その件ですか、とレベーリアは思い出すように言った。
「レベルブルク家ってのは、ハレムライヒ有数の名家なんだろ? 当主なり社長なり、将来の選択肢は多かった筈だぜ。だから冒険者を目指すようになった特別な理由があるのかと思ってな」
「別に大した意味はありませんわ。少しばかり興味を惹かれただけですもの」
多少なり酔いが回ったか、いつになく饒舌に彼女は語り始める。勿論、事前に用意しておいた表面上の理由を、だ。
レベルブルク家現当主の長女として生を受けたレベーリアは、蝶よ花よと大切に、しかし一方では次期当主のスペアも兼ねて育てられた。幼少から幾人もの家庭教師をつけられ、英才教育に雁字搦めにされて育った。彼女の聡明さはそうした経緯によって育まれたものだ。
ただし兄もまた何事もなく成長した以上、レベルブルク家の後継者は兄である。ある意味では用済みとなった彼女は、本来なら他の有力な家に嫁ぐ手筈であった。
そんなときに、世のため人のために活躍する冒険者稼業の存在を耳にした。
魔物の闊歩する壁の向こう側の世界で、或いは大規模な災害が発生した現場で、彼らは危険も省みずに事態の解決に全力を尽くす。
テレビや新聞が映す勇姿に魅了されると同時に、彼らのように活躍したいと願うようになった。
「そこからは一直線ですわ。ハベラスブルクの冒険者ギルドの門を叩き、がむしゃらに腕前と知識を磨いて……気付いたら″滅殺妖精″なんて、可愛くない異名を頂戴してしまいましたわ」
「親父さんとか、文句は言わなかったのか?」
「大喧嘩しましたわ」
思い出すのも癪なのだろう、口元からは酒の酔いの心地よさが消えて、代わりに怒りに歪んでいる。
「お前がそんなことをする必要ないだの、親の敷いたレールを歩くべきだの、御託ばっかり。その癖して私が名を揚げた途端に掌を返すのだから嫌になりますわね。あんな腐った家は、明日にでも滅びるべきなのですわ」
「酔ってるなー。ほれ、もう一杯」
レベーリアの裏話に、ライバードはケラケラ笑いながら酌をする。グラスに注がれたワインは、その直後には空になった。
「それにしても、唐突な質問ですわね。単に気になっただけではないのでしょう?」
酔いが回っていても、彼女の勘の良さは健在だ。
「察するに、国際警察への志願が関係しているのではありませんか?」
ご名答、とライバードは両手を挙げて降参のポーズを取る。その顔は素面と何ら変わらない。女性陣の中で最もアルコールに強いのは間違いなく彼女だろう。
「でも今の話を聞いて解決しちまった」どうやら自分自身で解決の糸口を見出だしたらしい。
「すっかり鎮圧されたけど、最近は武装蜂起事件が多発するぐらい物騒だからな。そんなもんに負けたくないから志願するんだ。けどさ、そもそもの切っ掛けが……親友への憧れとか、そんな些細な理由で大丈夫なのかって思ってよ」
「悩む必要はありませんわ。自分にできることを気の済むまで追いかけるのも一つの生き方ですし、他ならぬ私がそうですもの。全力全身全霊で生きるのがライバードさんの流儀なのではなくて?」
「そっか、そうだよな。迷ったり悩んだりってのはオレらしくねえぜ。今のは忘れてくれよ」
瞳に炎を燃やす彼女を、レベーリアはどこか申し訳なさそうに、そして羨ましそうに眺める。
先述したように、レベーリアの身の上話は大半が真っ赤な嘘で塗り固められており、冒険者になったのも情報収集に適しているからに過ぎない。
両親の溺愛は出来の良い兄や妹にばかり注がれ、自分は次期後継者のスペアどころか失敗作の烙印すら押された。
必然的にその扱いも兄達とは雲泥の差で、家の中では理不尽な折檻や暴力を受ける日々だった。
そうして憎悪を募らせていたところを偶然出会ったミコラに見出だされた。
以降、犯罪者ギルド″プロビデンス″の幹部として暗躍を続けてきた。
挙げれば、並べた偽りの数は限りがない。
そして巧みに混ぜた真実もまた、実に忌々しいものだ。
「悪い、急に変な質問しちまって」レベーリアの雰囲気が悪化したことを察してか、ライバードは平謝りしながら席を立つ。「オレ、もう寝るから」
「おやすみなさい、良い夢を」
レベーリアの視線は既に、リビングを出ていく彼女の背から、泥酔して眠っている筈の魔王に移っている。
「芝居はご上手とばかり思っていましたけど、中々どうして狸寝入りは不得意ですわね」
少しの沈黙の後、「バレちゃった」とマオが上体を起こした。
「騙せてたと思ったんだけどね。どうやって気付いたんだい?」
「確証はなにも。カマをかけてみただけですわ」
実際には、イベント大好きなマオが本当に眠る筈がないだろうという嫌な確信があったのだが。
背伸びをしながら、マオは言う。「実に面白い作り話を聞かせてもらったよ」″プロビデンス″の名が出ていない時点で、レベーリアの身の上話は、一部を除いて紛い物だと分かる。
「やはり気付きますのね」
今度は、レベーリアが降参のポーズを取る番のようだ。
「カマをかけたのさ」
「……マオさんと気が合う理由が分かったような気がしますわ。悔しいですけど」
「だってボクらは仲間だもんね」
一見すると友情を確かめているように思えるが、マオの浮かべた微笑は蛇や悪魔のそれに似ている。
即ち、相手を引きずり込む笑みだ。
「このボクが滅ぼしてあげようか?」
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