life.44 改善点

 襲いかかった薬草の内の一体が、切り捨てられて地に落ちた。


 仲間の死を察知するだけの知性はあったのか、瞬殺劇を前にして、今にもそれに続こうとしていた薬草達の動きが止まる。口々に唸り声を溢し、威嚇する。

 ユーマは、油断なく連中を見据えた。

 手に握られているスゴイカリバーの刃は赤色に塗れており、しかしまだ血が足りないと言わんばかりに鋭い煌めきを見せている。抜剣の早さと迷いの無さは、彼のレベルアップを如実に表していた。


 その姿を見ていたライバードとレベーリアは、素直に感嘆の声を漏らす。実際にユーマの戦いぶりを見るのはこれが初めてだった。


「やるじゃねえの」

「日々の特訓の成果が出ていますわね」


 無論、毎朝のランニングだけで強くなるようなら誰も苦労しない。それが証拠に、自分が育てたと言わんばかりにマオは自慢げだ。

「腕の良い教師がいたのさ」マオの自画自賛をBGMにしながら、レベーリアは再び勇者の戦いへと視線を移す。


 既に薬草の大群は半分程に数を減らしており、当初の勢いを完全に失っている。それでも勇猛果敢に挑んだ一体が幹竹割りにされ、血を噴き出しながら崩れ落ちた。


「……やっぱ、一人だと辛いな」


 そう呟くユーマの息は、荒い。基礎体力を磨いたとはいえ、元は戦いとは無縁の一般人なのだから当然だ。寧ろ、凶悪な魔物と互角以上に戦えていることの方がおかしい。武器の性能に頼っていると言われればそれまでだが。

 これを好機と見たのだろうか、薬草の群れは包囲を解くと、剣の脅威から逃れるようにユーマとの距離を大きく離した。恐らくスタミナが尽きた瞬間を狙うに違いない。成る程、獣の親類縁者にしては悪くない案だ。


「まだまだ甘いね」


 マオは、ユーマの握るスゴイカリバーを指す。


「本来の力を十全に引き出せば、薬草の群れなんて一瞬で葬れるよ。あの剣はそれができる」

「……やはり特別な業物でしたのね」


 スゴイカリバーの正確な価値を、レベーリアは知らない。しかし一見すると市場に広く出回っていそうなその剣も、魔王直々に見繕ったとなると話が大きく違ってくる。


「察するに、何かしらの特殊な性質を有していると推理しますわ。差し支えなければ、答え合わせをしていただいても?」


 それは構わないけど、と口にしてから、マオはライバードの様子を一瞬だけ窺った。

 幸いにも、ライバードはユーマの大立ち回りを食い付くように眺めており、二人の会話には気付いていないようだった。

「じゃあ教えてしんぜよう」マオはあっさりと了承した。打ち明けたところで、対策のしようがないと言いたげに。


「斬撃に、雷と氷雪と心強さを付与するのさ」

「……本気で言ってますの?」


 信じられないといった表情で、レベーリアは思わず聞き返した。そのような性質を有した剣を一振りだけ知っているからだ。

 だが、その剣は現存している筈がない。「バンドンで展示されている魔剣は単なるレプリカに過ぎませんわ。仮に本物だとすれば、それは」


「出処については聞かないでくれたまえ」


 こう言われてしまうと、レベーリアには大人しく引き下がる他に道はない。

 推測の材料が、また一つ増えた。

 マオの目的ではなく、魔王という人種自体のルーツに迫るものだ。

 しかし、それについて彼女があれこれ考えを巡らせるよりも先に、焦りに満ちたライバードの声が飛んできた。


「おい、あれ不味いんじゃねえのか!?」


 悲鳴に似た声に釣られる形で、二人の意識が戦いへと引き戻された。

 彼女達の視線の先では、周囲を薬草の死体に囲まれたユーマが、剣を杖代わりにして地に膝をついている。

 そんな彼を虎視眈々と狙うのは、生き残りと思しき数体の薬草だ。最後まで仕掛けなかったということは、あれはヒエラルキーの中でも上位に君臨する個体達で、部下の命と引き換えに獲物の消耗を選んだのだろうか。


 何れにせよ、このまま襲われれば一溜りもない。

 勇者の冒険はここで終わってしまう。


「救援を送らねばなりませんわね」魔王への忖度も多分に含まれているものの、ユーマを見捨てるつもりはない。今にも飛び出しそうな勢いで、レベーリアは言った。

「ボクは行かないよ?」対して、マオの反応は普段以上に普段通りで、どことなく気味が悪い。彼を見捨てた訳ではないだろうが、もう少し心配しても良い筈である。


「あまりボクがでしゃばるのもユーくんの成長に繋がらないからね。この程度は自力で乗り越えてもらわないと強化合宿の意味が無いんだよ」

「……ここで颯爽と駆けつければ彼も惚れ直すかもしれませんわね」

「もう安心したまえ、ユーくん! 魔王たるボクが助けに来たよ!!」


 即断即決とは、まさにこのことだ。自分で産み出した魔力の眉を自分でぶち破ると、マオは生き残っていた薬草達に強襲を仕掛けた。

 そうして力任せに千切っては投げを繰り返す姿は、果たしてどちらが魔物なのか分からない。

 瞬く間に、薬草達は血溜まりと少しの肉片に変貌を遂げた。


「……おーい、マオさんや?」


 ユーマは、突如として現れたB104の巨大メロンを顔に押し付けられながらも問いかける。


「怖かっただろう? 遠慮することはない、存分にボクに甘えてくれたまえ」

「プハッ……庇ってくれたのは嬉しいけど、お前が戦うと強化合宿に訪れた意味がだな……」

「あっ」


 気まずい雰囲気が、辺りを包む。


 繰り返すが、この強化合宿の目的はユーマのレベルアップにある。本人も言っていたように、マオが蹂躙したのでは無意味となるのだ。

「またボク何かやっちゃった?」苦肉の策の誤魔化しも雰囲気を打開するには至らず、ユーマの視線が痛い程に突き刺さる。「ごめんなさい」


 マオは深々と頭を下げた。

 魔王マオの、最初の敗北の瞬間である。


▼life.44 改善点▼


「煽った身で言うのもなんですが、マオさんって少しチョロ過ぎやしませんこと?」

「変な壺とか買わされそうだよなー」

「そんなことないし! ボクは騙されないから!」

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