life.43 強化開始

「いらっしゃいませ。魔王マオ様とお連れ様でいらっしゃいますね? 当ホテルへようこそお越しくださいました」


 四人は今、アレマタオールのとあるホテルの受付を訪れている。周囲の景観を損ねないよう落ち着いた外観をしたこのホテルは、雑誌や旅行サイトのランキングで常に上位に位置しており、幾つもの賞を獲得していることで知られている。五つ星なだけあって通常なら予約するだけでも骨だというのに、支配人と思しき男性自らが対応する辺りは流石、高い名声を誇る魔王である。

 無論、宿泊料金もアレマタオールでは頭一つ抜けている。元一般人のユーマが領収書を見たら目を回すぐらいには高級志向だろうか。


「おい、オレそんな持ち合わせねえぞ」

「無理言って車を出してもらったんだし、ボクが払うから問題ないよ。あ、支払いはこの黒いカードでお願いしておくよ」

「んな訳にいくかよ。ガソリン代や昼飯とは桁が違うんだぞ。後で返すからな」


 ライバードは、疲れたように肩を竦めた。


 基本的に、マオは金遣いが荒い。魔王の財力からすれば浪費の内にも入らないのだろうが、自分の趣味や好みの分野となれば惜しむことなく金を注ぐ姿は豪快だが危なっかしく、金銭感覚が欠落しているのではないかと心配になってくる。

 無論、あまり他人の趣味に口出しするのはよろしくないことだ。それはそれとして、金銭感覚を矯正してやるのも親友の務めだろう。


 それはさておき、遂に強化合宿が始まった。


 案内された部屋に荷物を放り込み、一同はアレマタオールを囲む城壁の外に出る。

 門を一歩抜けてしまえば、そこはのどかな風景が広がる魔物の生息地だ。

 移動中は魔物の襲撃がなかったとはいえ、極端な話をすれば、この瞬間に襲われる可能性も皆無ではない。


「ライはボクから離れないでね」


 ライバードを庇うようにして、マオが先頭を進んでいく。戦えない彼女は本来ホテルに残っているべきだが、冒険者の戦いを見学したいという彼女の希望でこうして同行しているのだ。

 長い運転者稼業で幾度も危険を乗り越えてきたからか、或いは絶対的強者たるマオが控えているが故の安心感がそうさせるのか、ライバードの歩みは力強く、そこに恐怖は見当たらない。


「潜んでいるとすれば、あの森が怪しいですわね」


 城壁からそう遠くない位置に鬱蒼と生い茂る森を指して、レベーリアが言った。

 成る程、ねぐらとするにはうってつけだ。

 魔物とて生物である以上、食事も排泄も必要とするし、睡眠もその都度行う必要がある。睡眠時の安全を確保するためにも、魔物は森の最奥部や洞窟など外敵に襲われにくい場所を住み処に選ぶ傾向が多いのだ。


 しばらく森を見つめていたマオは、レベーリアの提言に従って、魔物達の巣窟へと舵を切る。「乗り込んでみようか」金遣い同様、そういった判断も即断即決であるようだ。


「マオはちっとも躊躇わないんだな」


 拾われたときのことを思い出しながら、ユーマが羨ましそうに口にした。


「俺なんかウダウダ悩んでばっかでさ。やっと不殺を貫こうと決めたんだ」


 マオは、言葉を発さない。

 ただしその沈黙は返答を考えているのではなく、勇者育成計画から逸れた道を行くことを認めるか否か、決めかねているのだ。

 ホテルでの浮かれようから一転、喜と哀が複雑に入り交じった表情を浮かべる彼女をユーマが不審に思うより先に、レベーリアが慌ててフォローに入る。


「ユーマさんが本気で悩んで決めたことなら、私は反対しませんわ。けれども、目標を果たすには力がないといけませんわね」


 然り気無く話題をすり替えたが、不殺を目指すのなら尚の事、それを可能とするだけの大いなる力が求められる。

 弱いままでは殺され方も殺し方も選べない。


 その為の、強化合宿だ。


 毎朝の基礎トレーニングだけでは、どうしてもレベルアップに限界が生じてしまう。それに加えて実戦経験も積んでいくことが飛躍の秘訣である。


「一応確認しますけど、まさか魔物にも情を見せるおつもりで?」

「いや、流石にそこまでは言いませんけど。下手したら俺が殺されるし……」

「懸命な判断ですわ。どこぞの自称愛護団体にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですわね」


 彼女がそう釘を刺した背景には、予てより魔物の保護を主張する愛護団体の存在がある。魔物の駆除禁止と保護を声高に叫ぶことしか能がなく、そのくせ具体的な改善策の一つも寄越さないのだから始末が悪い。


「なんだ、そりゃ」


 ユーマの吐いた溜め息が、彼らが世間一般にどう思われているかを如実に表していると言える。


「そんなのと一緒にするんじゃねえよ。ユーマはこのオレが認めたナイスガイだぜ?」

「……ふふん、ボクのユーくんはそんな妙ちくりんな団体とは違うのだよ、自称愛護団体とは」


 真っ先にライバードが擁護し、続いてマオが彼を庇った。クレーマーの親戚と同一視されるのは誰だって願い下げだろう。ましてや、それが愛しい人であれば尚更に。


 二人の機嫌を損なったと察してか、「失礼致しました」とレベーリアは潔く頭を下げた。

 魔王は別格として、彼女からすればライバードの機嫌など本来知ったことではないのだが、魔王の親友と親しく付き合っていて損はない。そういった打算を孕んだ行動はレベーリアの最も得意とする技である。

 問題があるとすれば、肝心のライバードにはどうにも通用しなさそうな点だ。

 曲がりなりにも上流階級出身のレベーリアからすれば、豪放磊落でワイルドな彼女はこれまで接したことのない人種であり、それ故にコミュニケーションも手探りである。現段階での下手な世辞や隠し事は、却って溝を深めてしまうかもしれなかった。


 かくしてレベーリアが内心であれやこれやと気を揉んでいる間にも、一同は森の入り口へと辿り着いていた。


 侵入者を拒むように鬱蒼と生い茂った樹々の向こう側から、獣に似た唸り声や草木のざわめきが絶えることなく聞こえてくる。もう既に魔物達がそこかしこに潜んでいて、襲撃の機会を窺っているのだろうか。

 確かに魔物は知性こそ欠けるが、彼らにはその欠点を補うように本能が備わっている。

 かつてマオは魔物を指して、魔法の人体実験で生まれた魔人の成れの果て、と説明していたが、開発者が意図して埋め込んだのか或いは偶発的に備わったのか、魔物は生物的な本能を有している。

 その代表例が、捕食だ。


 ふと、マオが何かを見付けた。


 彼女が拾い上げたのは、泥と血のへばりついた小型の電子端末だった。大方、以前に討伐依頼に挑んだ冒険者の落とし物か、もしくは無謀にも森に乗り込んだ愚か者の所持品だろうか。後者であれば、遺品ということになる。

 動画投稿サイトやSNSが発展を遂げてからというもの、冒険者紛いの命知らずの行動に出る者が少なくない。視聴数の増加やファンの獲得・維持、それらによる高評価を狙ったのだ。

 ただし、冒険者ギルドの忠告や規制を潜り抜けた彼らに待ち受ける末路は、スプラッタ映像の生中継や突然の更新停止など相場が決まっている。

 それでも命知らずが後を絶たないのは、これもまた魔人の業というものだろう。


 ともあれ、無謀な愚か者の殆どが悲惨な末路を辿るように、侵入者に対して魔物達は容赦なく牙を剥き、捕らえ、そして貪る。

 例え相手が魔王であっても、例外ではない。


 一際大きな咆哮が、森の奥底から響いた。


「じゃあユーくん頑張ってね!」

「ちょっ、マジかよ!?」


 マオを中心にして女性陣が黒い魔力の繭に包まれたのと同時に、咆哮に率いられた薬草の群れがユーマ目掛けて襲いかかった。


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