life.42 アレマタオール
▼life.42 アレマタオール▼
「随分と眠そうだねえ」
「誰のせいだと思ってるんだ」
ユーマがまだ眠い眼を擦りながら言うと、「ごめんごめん」と左隣からマオの形だけの謝罪が飛んできた。
尊厳その他諸々を賭けたゲーム大会は夜中まで続き、最終的にはマオとレベーリアの女子チーム対ユーマという不利を抱えさせられながらも、彼は見事に激戦を制したのだった。
そうして睡眠を削られたが故に、現在進行形でユーマは心地よい睡魔に襲われていた。ライトバンの揺れがそれに拍車をかけ、揺れに逆らう気力すら沸かずに海草のようにふらふらと後部座席で泳いでいる有り様だ。
尤も、彼の両隣を占拠する″スローライフ″の女性陣からすれば、誘わずとも彼自ら胸元に飛び込んでくる今の状況は、まさに至福のひとときに違いない。
マオに至っては、これから討伐依頼に挑むことなどすっかり忘れて、ユーマをメロンに埋もれさせて遊んでいる始末である。
「……だからよお、オレを忘れてイチャコラすんじゃねえって何回言わせんだよ!」
遂に堪忍袋の緒が切れたのだろう、運転席からライバードの怒号が飛んだ。久々の登場とあってか、やけに元気だ。
「そもそもお前が車を出してくれって頼むから、オレは朝っぱらから車を走らせてんだぞ!? ホテルの代わりにすんなら歩いていけよ!」
「申し訳ありませんわ、レベーリアさん。こんな早朝に運転をお願いしてしまって」
「チッ、分かりゃいいんだよ」
「お詫びにボクのメロン揉むかい?」
「やっぱ車降りろ」
ほんのジョークだよ、とマオは笑うが、彼女が言うと冗談に聞こえないのは何故だろうか。
さて、今回の討伐対象は毒消草だ。
毒消草は薬草の上位亜種の一種であり、主な生息地はナローシュ王国の北東部、危険度は原種よりも一つ上の銅階級に分類されている。名前の通り、紫色をした野菜に似た頭部は解毒作用を持ち、主に解毒剤の原材料として需要がある。
外見的に薬草と大きな違いはなく、頭部の色が紫に変わっただけの些細な変化なのだが、その力は原種を大きく上回っており、新人や鋼鉄階級の冒険者が相手にするには荷が重い。
逆に言えば、毒消草を難なく討伐できるようになれば、それは本当の意味で鋼鉄階級を抜け出した証拠だろう。
「所詮は魔物さ。テロリストに比べたら楽勝だよ」
無理に気負わなくていい、とマオはアドバイスを送った。確かに、命のやり取りをすること自体は同じでも、魔人と魔物では難易度や脅威度が大きく異なってくる。最も大きな違いは、やはり知能の有無にあるだろう。
前者が知恵を巡らせ、状況に応じて的確な手を打ってくるのに対して、魔物の戦いは獣のそれと何ら変わらない、力と本能に任せたものだ。対処する術は幾らでもある。
だからといって、甘く見るべきではないが。
「ま、先輩方のお手並み拝見といくぜ」
最後に、ライバードがそう締め括った。
先輩方とは、どういう意味だろうか。
疑問に思ったユーマがそれを訊ねるまでもなく、「実は今の会社を辞めるんだよ」と彼女は笑った。
「今度創設される予定の国際警察──運転手としてオレは志願するつもりだ」
そう言うライバードに、迷いはない。世界平和の為に身を捧げる確かな決意が、言葉にはあった。
それは、危険を伴う道だ。
そもそも国際警察の立場は、強いて挙げるなら現代世界におけるICPOに近いものだが、最大の違いは逮捕権を持つか否かという点にある。つまり各国の連絡機関としての面が強いICPOとは違い、国際警察は逮捕権を有し、派遣されたメンバーが直接に捜査・逮捕を行うのだ。
後方支援の運転手に徹するとはいえ、犯罪者と交戦するリスクを考慮すれば、殉職のリスクは常に付き纏う。
ましてや、ライバードには戦闘のノウハウすらないのだから。
「随分と思い切った決断だね」
マオはやや驚いたように言ったが、″プロビデンス″と組んで暗躍している黒幕が言うべき台詞では決してないだろう。真っ先に捕まえるべきは彼女である。
その事実を知っているレベーリアは呆れると同時に、親友であっても犠牲になることを由とするマオに寒気を覚えた。
「決意は変わりませんの?」
レベーリアは心配そうに確認したが、当然これも犯罪者ギルドの幹部が口にすべきではない。
「ま、こんなご時世だからな。オレも自分にできることは全力全身全霊でやってみてえんだ。それで死んじまっても後悔はしねえ」
「そうだよね。やっぱり自分がやりたいことを優先して生きていきたいよね。ボクもそう思うよ」
「……やりたいこと優先、か」
ユーマは天啓を得たかのように、顎に手をやって考え始めた。彼の優先することは二つある。
スローライフと、マオだ。
「でも、その為に人殺しはしたくないよな」
甘かろうが戦いに向いてなかろうが、一人でも殺してしまえば最後、取り返しのつかないことになる。というよりも、そんな血まみれの手で彼女を抱き締めたくはない。
ならば、不殺を貫くしかない。
ユーマは自分の手を見つめながら、頷いた。
そんな彼の決意を、隣に座るマオは彼に気付かれないように、そして愛おしそうに眺めていた。
計画が上手くいかない苛立ちはあれど、それ故の楽しみ方もあるのだ。
「マオさん、もうすぐ着きますわよ」
レベーリアに呼び掛けられて、マオの意識が引き戻される。どうやら、時間も忘れてユーマのことを見つめていたようだ。かなり重症である。
ライバードが、前方に聳える巨大な壁を指す。
「ほれ、アレマタオールに到着だぜ」
「ありがとう、助かったよ」
誤魔化すように言うとマオは身を乗り出して、フロントガラスの向こう側に視線を移した。あの壁の内側には、アレマタオール特有の古い町並みが広がっているのだ。
アレマタオールはナローシュ北東部の、ハレムライヒ帝国との国境付近に位置する城塞観光都市であり、その地理的要因から第二次大陸戦争以前はハレムライヒとの間で奪い合っていたとされている。
そのような歴史を持つが故に、観光名所として知られるクールダム大聖堂や旧市街地には随所にハレムライヒ文化の影響が多分に残されており、ナローシュ有数の観光名所として国内外に広く名を知られている都市である。
「一泊二日、強化合宿編のスタートだよ」
「やっぱりかよ!?」
ライバードの悲鳴が車内に響いた。
因みに彼女は詳細を知らされておらず、小旅行のつもりで車を走らせた訳ではない。着替えを用意してね、とだけマオに言われた時点で怪しんでいたのだ。
長い付き合いだ。マオの思い付きそうなことは、簡単に分かる。
「合宿ね」
「おやおや、自信が無いのかい?」
「俺のためにわざわざ考えてくれたんだろ。逃げるような真似はしねえって」
ユーマはまだ見ぬアレマタオールの街並みに思いを馳せながら、瞳を輝かせた。それがまた魔王の脳をこんがりと焼くのだが、勇者は気付かなかった。
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