転眷編

life.41 Promotion

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 辞書曰く、デートの定義とは、交際中または交際に発展することを期待して、日時や場所を指定して会うことであるらしい。

 時世に沿うのなら、何も男女に限った話ではないだろうし、もしくは一対一とも限らないのかもしれない。


 捕まった宇宙人の如く、両腕をタイプの異なる二人の美女に掴まれて歩く青年は、誰あろう、ユーマだ。


 事の発端は、やはりマオの思い付きにある。早朝のランニングを終えて帰ってきたユーマを出迎えるや、「昼にデートしよう」とレベーリアも巻き込んで誘ったのである。女性経験のないユーマは当然ながら躊躇したが、女性陣にドナドナされて今に至る。


 そしてこれもまた当然の話だが、三人が歩く中央通りでは道行く男達の嫉妬の火花がバチバチと激しく飛び交っていた。ファンクラブを抱えるマオは勿論、レベーリアとて雑誌の表紙を飾ったこともある美少女だ。そんな二人が一人の男に独占されている光景を見せ付けられれば、嫉妬の的にするのも無理はないだろう。

 因みに彼らの実際の関係性は真逆なのだが、こればかりは当人達以外には知り得ないことだ。


 それは兎も角、野郎共の嫉妬など知るものかと言わんばかりに、マオとレベーリアは市中引き回しの如くユーマを同伴させ、行きつけのスーパーマーケットへと足を運んだ。

 買い物デートというよりも、自分達の、夫婦にも似た仲と雰囲気を周囲に教えて回っているようだ。恐らくは周囲への牽制に違いない。


 魔王との繋がりを求めて、各国がユーマに目を付けていることは、その界隈では有名な話だ。


 政府の密命を帯びた女冒険者達がナローシュ王国に集結しつつあることも、マオは既に把握している。今回のデートは泥棒猫候補への牽制だ。

 それが証拠に、マオの服装は、トレードマークの軍服ではない。タートルネックの黒いセーターに水色のデニムを合わせたコーデは、一見シンプルだが、それ故に彼女の持つ美貌と抜群のプロポーションがより引き立つように工夫されている。

 必然、三桁越えのサイズの巨大メロンはいつにも増して強調されており、彼女が一歩を踏み出す度に、ユーマに向けて激しく自己主張する始末である。


 かくして思う存分にデートを満喫した三人──というより女性陣は、買い物袋を置きに一旦家へと戻った後、再び中央通りに繰り出した。次に向かった先は、やはり行きつけのレストランだ。

 予め予約をしていたのだろう、札の置かれた窓際のテーブル席に案内される。


「昇格おめでとう、ユーくん」

「おめでとうございます、ユーマさん」


 注目した昼食が運ばれるや否や、マオとレベーリアがグラスを掲げた。

 ユーマは、状況が飲み込めずに呆然としている。

 とどのつまり今回のデートは、彼の銅階級への昇格を記念しての前祝いだったのだ。張本人に知らせずにいたのは二人がサプライズをしたかったからであり、そもそも今朝に連絡が届いたからでもある。

 銅階級は、一端の冒険者として認められた証拠だ。


「……そっか、俺が」


 当初こそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたユーマだったが、昇格の二文字が耳と胸に染み渡るに従って、嬉しそうに顔を綻ばせる。功績に些か釣り合っていないと言えばそれまでだが、少しでもマオに近付けたという事実が嬉しいのだ。

 視界の端を滲ませながらも、ユーマもグラスを手に取る。


 硝子を叩く音が三つ、重なった。


 前世では天涯孤独だった彼にとって、気の知れた仲間に祝ってもらえるというのは初めての体験で、アニメを見て密かに憧れていたものだ。

 二人からの祝福に、思わず目頭が熱くなる。

 ユーマは照れ臭そうにしながら、しかし彼女達を真っ直ぐに見つめて笑った。


「ありがとう、祝ってくれて」


 実際には打算込みの祝福なのだが、そんなこととは露知らず素直に礼を述べる彼の姿に、発案者の魔王は内心で罪悪感に襲われた。それをおくびにも出さないのは流石と言うべきか、或いは隠すことに馴れてしまったとすべきだろうか。


「今日は楽しもうじゃないか。夜にはパーティーも予定してるんだ」


 黄金や銀に昇格したのならいざ知らず、銅階級でこれは大袈裟かもしれないが、素っ気ない対応よりもずっと良い。また本人のモチベーションにも繋がるだろう。


「なんか、気を使わせて悪いな」

「仲間の活躍を讃えるのは当然のことですわ。ここは素直に甘えるべきかと」

「……では、そうさせてもらいますよ」


 レベーリアの指摘に、ユーマは頷いた。過度の遠慮は却って失礼にあたるということだ。それからテーブルに並べられたコースメニューの数々に、改めて舌鼓を打つ。

 コースメニューは前菜のバンドン風ザクロサラダから始まり、オニオンスープ、クラーケンの赤ワイン煮込みと続き、デザートのショートケーキで〆となる。

 高級志向に馴れないユーマは、マオ達の真似をしながらぎこちない動きでカトラリーを操り、無事に完食した。


「満足したかい?」マオは、ナフキンで口許を拭いながら言った。「足りないのなら追加で注文したまえ」それはユーマの満腹度の心配よりも、カトラリーに四苦八苦する彼を眺めていたいという一種の嗜虐心によるものだが。

「いや、お陰で腹一杯だ」知ってか知らずか、ユーマは白旗を上げた。


 幾ばくかの腹休めの後に会計を終えて、三人はレストランを出た。


「ごちそうさん。美味かったな」

「雑誌にも載るような名店だからね。喜んでくれたならボクも嬉しいよ。さて、帰ったら洗濯と風呂とディナーと……それが終わったらゲーム大会といこうじゃないか。無論、負けるのが怖いなら不参加で構わないけどね」

「おや、私も侮られたものですわね。叩き潰して差し上げますわ」


 マオの挑発に、真っ先にレベーリアが乗った。負けず嫌いな性格故であり、だからこそマオと気が合うのだが。

 女性陣が乗り気になったことで、自ずと彼女達の視線は残る一人に注がれる。


 このような場合、自分に拒否権がないことをユーマは知っていた。


 とはいえ、最近は件の蜂起騒動で忙しく、ゲームに興じる暇もなかったことを思い出す。たまの息抜きもいいだろう。それにレベーリアの腕前も気になるところだ。


「受けて立つ」

「──言い忘れたけど、負けた人には罰ゲームだからね」


 ユーマは、自分が罠に嵌められたことを悟った。


「服を引ん剥いてやろうか、それとも全身をくすぐってあげようか……悩むねえ。ところでレベーリアはリクエストとかある?」

「いっそ焦らすのも有効かと思いますわ。押して駄目なら引いてみるのも一つの手ですわ」


 乙女の会話を小耳に挟みながら、ユーマは戦々恐々とする。

 これはどうやら、ゲームに敗北すれば尊厳やその他諸々を失うことになりそうだ。


 勇者と魔王の、長い戦いが始まろうとしていた。

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