life.37 密約
マケンプトン交易センターで発生した事件は、魔王と勇者の活躍もあり無事に解決を迎えた。
センター内部に捕らえられていた人質も枷から解放され、ハリエールやダネール、そしてハルトライナーを初めとした犯罪組織の構成員達は一網打尽に拘束された。
一先ずの処置として連中はマケンプトン内の空き倉庫に放り込まれた他、重傷を負った二名に関しても最寄りの病院に搬送する予定である。
とはいえ、これで一件落着とはならない。第二第三の事件を防ぐ為にも、背後関係の徹底的な洗い出しが急務だ。
ダネールの首筋に黒い刃をちらつかせ、マオは情報を吐くように脅した。仮に彼が口を割らなければ他の構成員に刃を突きつけ、情報を得るまで質問を繰り返すつもりだった。
些か苛烈な手法かもしれないが、平和維持には必要不可欠だ。その辺りのことは流石に弁えていたのか、ユーマは反論しなかった。
頑なに抵抗するかと思われていたが、彼を筆頭に、構成員達は意外にもすんなりと口を割った。少しでも協力体勢を見せることで罰則を軽減してもらおうという打算もあるのかもしれないが、もしくは目の前で見せられた魔王の力に心を折られたのだろう。
こうして驚く程に連中の事情聴取は進んでいき、それに従って連中の元締めを担う巨大犯罪組織の実態も徐々に明らかになった。
その上位組織の一員であろうハルトライナーは魔力欠乏症の悪化により気絶しているが、彼への取り調べを抜きにしても、今回集まった証言は黄金に匹敵する価値といえるだろう。
「事情聴取が終わったよ」
マオは倉庫から戻ってくると、ユーマ達三人を集めて言った。それには情報を全員で共有する意図も勿論あるが、ユーマとクッコロが見張りの男から手に入れた情報とも擦り合わせて、虚偽が含まれていないかの確認作業も兼ねている。
尤も、魔力を漲らせて問い詰める魔王に、嘘を吐くような度胸のある者はいなかったが。
犯罪者ギルド″プロビデンス″。
事情聴取によりその存在が発覚した、世界平和の崩壊を目的に暗躍する巨悪の名である。
「一連の武装蜂起も裏で手を引いていたらしい」
各地で事件を発生させることで国際社会の注意を分散させ、その隙を突いてマケンプトンを強襲したようだ。冒険者ギルド支部が呆気なく陥落してしまったのも、近隣の都市への応援に多くの人員を割いていたからだ。
「全滅か?」
「拘束して支部の一室に閉じ込めているらしい。後で解放してあげるさ」
質問したものの、ユーマは既に殺されているだろうとばかり考えていたが、心配は杞憂に終わった。
「″AHA″も無関係だったよ」
「やはり、組織の存在を隠すフェイクでしたか」
そう呟いたクッコロは、自分に襲いかかってきたハリエールの部下達を思い出した。見る限り、連中の大半は人間で構成されていた。人間の排除を掲げる″AHA″の意志を継ぐ、という声明とは明らかに矛盾している。
その″AHA″も、或いは″プロビデンス″や関連組織に唆されてゴルドランカ襲撃事件を企てたのかもしれないが。
今思えば、無謀にも思えるあの決起も今回の立て籠り事件も、単なる予行練習に過ぎないのだろう。
現場に到着するまでに要する時間、事件に対する国際社会の反応、魔王マオの戦闘能力。メリットはあまりにも多い。
「相手の目的は、事件発生時にボクがどのような動きを見せるかをシミュレーションすることらしい」
末端とはいえ、人員の消耗は痛手の筈である。それすらも厭わない辺り、シミュレーションは彼らにとって最優先で行うべき作戦のようだ。
「そんな真似をするってことは、もっとヤバい計画を企んでるのかもしれねえな」
「だろうね」
重たい雰囲気が周囲に満ちる。
考えられるデメリットを押し退けてまで一連の蜂起事件を主導したとすれば、得られる利益の他に、そうまでして優先する事情があるということだ。
誰も口にこそ出さなかったが、その理由に思い至って誰もが表情をしかめる。
「ユーくんは、クッコロさんを連れて街のギルドへ向かってくれたまえ。監禁されてる人達を解放すると同時に、彼らからも事情を聞いて欲しいんだ。ボクとレベーリアは負傷した犯人をマケンプトン第一病院に搬送するよ」
「気を付けてくれよ。もしかしたら仲間が取り返しに来るかもしれねえぜ」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。ボクは最強無敵の魔王だからね」
「イチャコラしてないで、さっさと行きましょう」
呆れた様子のクッコロに引っ張られて、ユーマは交易センターを後にした。
途端に、これまで沈黙を貫いてきたレベーリアがマオに視線を向けた。髪と同じ色をした双眸は、疑念の光に瞬いている。マオは犯人達を閉じ込めている空き倉庫へと歩を進めながら、口を開く。
「質問があるなら言葉にしたまえ。黙ったままでは伝わらないよ」
レベーリアが真相の一端に辿り着いたと気付いておきながら、マオは世間話でもするような声音を崩さない。彼女の背を追うレベーリアは、慎重に言葉を選ぶ。
そうしてマオが人気のない薄暗い倉庫裏の区画に入った直後に、ようやっと彼女は強く頷いた。質問の内容と、殺される覚悟を決めたらしい。
「内通者の正体は、マオ殿ですわね?」
「どうしてそう思った?」マオは振り返るでもなく、埃と影が支配する陰鬱な迷路に惑わされることもなく、まるで予め道順を知っているかのように最奥部を目指しながら問いかけた。
「人質に紛れている可能性もあるよね」
「彼らの解放を、貴女が今も許している時点であり得ませんわ」
本当に警戒していたなら、再拘束して一人ずつ尋問するくらいの手段は取った筈である。それにも拘らず、マオは先の話し合いで話題にすら挙げなかったのだ。
それに、初見ならまず迷うであろう倉庫裏の迷路を熟知しているなら、とっくの昔に交易センター内部の構造を把握済みだろう。
「それもそうか。流石に犯罪者ギルドの大幹部を務めるだけのことはあるね。見事な洞察力だ」
言いながら、マオは立ち止まった。
同時に姿を現した、普段は闇の中で蠢いている者の名と顔を、レベーリアは既に知っていた。
▼life.37 密約▼
「計画は順調か?」
薄汚れた灰色の壁と埃に囲まれた隙間の迷路の、誰も寄りつかない最奥部に存在する、ポッカリと口を開けた空白地点。
RPGにおけるダンジョンのセーブポイントのようなこの場所は、四方を倉庫の群れに囲まれて外部からは様子を悟られず、現代日本では設けられているだろう防犯カメラの類も設置されていない。
後ろめたい会話を交わすには、うってつけの場所である。
「知っている癖に。半分は成功して、もう半分の目的は失敗しちゃったよ」
犯罪者ギルド″プロビデンス″を率いる仮面の女、ミコラの問いかけに、マオは肩を竦めた。
「まあ、国際警察の創設はより早まるだろうし。今回はこれで納得しておくよ。それはそうと、部下の質を何とかしたら? すぐに降伏するのはいただけないな」
「裏サイトで集めただけのカスにそこまで求めるのは少し酷だと思うが。それに数があって困ることはない」
世界平和の象徴と、犯罪者ギルドの長。
本来なら対極に位置している筈の彼女達は、しかし長年の友や実の姉妹と語らうときのように顔を綻ばせ、声を弾ませる。
「……成る程、やっと謎が解けましたわ」
仲睦まじそうに話す二人に、レベーリアが口を挟んだ。
「ですが、魔王ともあろう貴女が何故に犯罪者と手を結んだのです? マオさんは富も名声も力も既に得ているではありませんか」
「おやおや、あんなに夜の秘密会議をした仲じゃないか。ボクの目的なんて分かってるでしょ?」
言いながら、マオは笑みを浮かべる。
恋に蕩けた乙女のように、極上の獲物を見据える捕食者のように、宿敵の到来を玉座にて待ちわびる魔王のように。
「──ボクは勇者が欲しい」
恍惚の光に揺れる双眸に映るのは、ただ一人だ。
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