life.36 勇者の選択

 ハリエールの号令に呼応して、部下と思しき荒くれ者達がクッコロを取り囲んだ。

 彼らの目的は、足止めだ。

 邪魔者となり得るクッコロを彼らが押さえ込んでいる間に、ハリエール自らユーマの拉致に動く算段だろう。組織では間違いなく末端の人員とはいえ、数の利を行かす程度の知能は持ち合わせているようだ。


 ユーマは、クッコロの応援に駆け付けるべく動こうとしたところを阻まれる形で、ハリエールと対峙した。完全に分断されたとあって、彼の横顔には焦燥の色が濃く浮かんでいる。


「大人しく帰ってくれないか。さっきは容赦できないと言ったけど、子供に乱暴な真似はしたくない」


 返ってくる答えを把握していても、ユーマは言わずにはいられなかった。彼なりの最後通牒なのだが、相手が素直に頷く筈もない。


「このハリエールを心配するよりも自分の身を案じるべきでしょう」

「……そうか」


 諦めたように、ユーマはゆっくりとスゴイカリバーを鞘から抜いた。

 そして一際大きく床を叩く足音が響いた瞬間に、ハリエールは身体をほんの少し後方にずらし、ユーマの斬撃を回避する。

 遅れて、直前まで彼女が立っていた場所に煌めきが押し寄せ、コンクリート片を宙に撒き散らした。

 減退を知らない一撃に、ハリエールは叩きつけるようにしてダガーの刃を振り下ろす。


 耳を切り裂くような一瞬の金属音が、ダガーの切っ先を宙に連れていく。


 二振りの刃は確かに互角にせめぎ合ったかに思えたが、それも束の間、スゴイカリバーの刃はダガーのそれに深く食い込み、両断したのだ。半ば強引に攻撃を受け止めようとしたハリエールは体勢を崩され、弾き飛ばされるようにして床に転げ、しかし咄嗟に立ち上がろうと軸足に力を込めた。


 起こしたばかりのその顔を、スゴイカリバーの刃の影が覆う。


 列強でも垂涎の的とされる名剣にかかれば、魔人の首は豆腐を切ることと大差ない。ハリエールは刃に掠ることすら許されない、まさに一撃必殺だ。

 ハリエールは立ち上がろうとしていた右足で床を蹴り、自ら転げることで射程範囲内から這い出すと、改めて体勢を整えることで仕切り直しを狙う。

 彼女が射程範囲を逃れた直後に、美しい軌道の斬撃が何もない空間を抉る。降り注ぐコンクリートの破片越しに、ユーマはハリエールが退いた方向を睨んだ。

 一瞬とはいえ、彼が動きを止めてしまったのは致命的だ。


 移動の要たる足を封じるべく、吸い込まれるように二本目のダガーが飛来する。


 ハリエールの狙いは僅かに逸れて、鋭利な切っ先はズボンを裂き、勢いそのままに彼の背後の壁に突き刺さる。

 冷や汗を流す暇もなく、ユーマはその場から駆け出した。その空き手には、壁から引っこ抜いたダガーが握り締められている。


 考えるよりも先に、弾けるように身体が動いた。

 今まさに三本目を投擲しようとしていたハリエールに向かって、見様見真似で空き手の中のダガーを投げ返す。とはいえ、素人のそれが当たることはなく、放たれたダガーは弧を描きながら宙を舞った。


 目的は、彼女に当てることではない。


 ダガーが放たれた瞬間、ハリエールは投擲を直前で取り止め、反射的に回避の姿勢を取った。そしてユーマの放ったダガーが弧を描いたのを見るや否や、慌てて体勢を整えるべく踏ん張り、一度生じてしまった隙を強引に埋めようと足掻いた。

 重たくのし掛かったタイムラグが、彼女にユーマの剣の一撃を受け入れるように強制する。スゴイカリバーの切っ先から逃れる術は、彼女には残されていない。

 破れかぶれで三本目を放とうとしたハリエールの眼前に、刃の切っ先が突きつけられた。

 勢いに任せれば首を跳ねることも容易かっただろうにそれをしなかったのは、ユーマの慈悲である。この期に及んで尚、彼はハリエールの殺害を決断できなかったのだ。


 必然、ハリエールは抵抗を選んだ。


 手にしたダガーで切っ先を跳ね上げ、ユーマの懐に素早く踏み込んだ。

 その光景が、ユーマの視界には走馬灯のように、スローモーションで流れる。胴体こそチートアーマーで守られているが、その性能をまだ試したことがない上に、そもそも無防備な四肢を狙われては意味がない。


 しかし彼女は、またも直前で動きを止め、ふらりと前のめりに倒れ伏した。

 血の滲んだ背には、見覚えのある短剣が突き刺さっている。


「怪我はありませんか?」


 ユーマに駆け寄りながら、クッコロが言った。彼女の背後では、床に転がった荒くれ者達が微かに呻き声を上げている。

 末端の人員揃いとはいっても、数的不利を覆すのは容易ではない筈だ。にも拘わらず、たった一人で平然と片付けてしまう実力は流石、元ベテランの冒険者と称賛すべきだろう。

 そしてユーマが追い詰められていることに気付き、空かさずフォローに入る手際から、高い洞察力や状況判断能力を持ち合わせていることも窺える。

 そうでなければ、ユーマは浅くない傷を負ったことだろう。ハリエールの目的は捕縛らしいが、最悪の場合は殺された可能系が高い。


「……ありがとうございます、クッコロさん。お陰で助かりました」

「ご無事で何より。それよりも救援が遅れてしまい申し訳ありません」


 クッコロは自分の失態を詫びたが、ユーマに慌てて止められた。彼女がいなければ、事態はより悪化していたことは明白だ。

 それよりも、今はハリエール達の捕縛が優先である。

 ハリエールの、ダガーの突き刺さった背には夥しい量の血が滲んでおり、顔色も酷く蒼白い。このまま治療を行わなければ遠くない内に呼吸も危うくなり、やがては多臓器不全で死に至るだろう。

 ユーマは、そんな結末を望まない。


「助けるべきです」


 言いながらハリエールの止血を試みるユーマの表情に、迷いはない。目の前の少女を助けたい、という強い決意がそこにはあった。


「生憎と俺が欲しいのはスローライフなんで。命のやり取りは性に合わないんですよ」

「例えば首筋に剣を向けられたとして、それでも同じことを宣うのですか?」

「……状況次第です」


 ユーマは絞り出すように、言った。彼とてまだ死にたくはないし、このまま命のやり取りを続けていけば、いつかは相手の命を奪う決断を迫られる場合もあるだろう。


「でも、それは今じゃないです。既に勝敗は決していますし、その子はもう戦えません。あと……情報源は多い方がいいと思います」


 最後のは咄嗟に考えた苦しい理屈だが、クッコロは頷いた。


「私が処置を行いますから、そこで気絶している連中の捕縛をお願いします」


 安堵の息を吐いて、ユーマは了承した。


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