life.35 外と内
輝きを強める指輪に突き動かされて、刀剣の雨が凄まじい速度で殺到する。
マオは涼しい顔で雨の中を歩む。その全身を黒い繭がすっぽりと覆っており、刃は傷付けることも叶わないまま弾かれ、次々と墜落していった。やはり突破するには質も量も足りないようだ。
しかし墜ちた筈の刃は宙に浮かび上がり、再び剣の雨へと合流し、黒い繭を目指して突撃していく。
だがそれらは唐突に、鳥のように墜落を重ねた。
ハルトライナーの保有する魔力が、遂に底が突きたのだ。
浮遊魔法による制御を失い、今度は本当の雨となって降り注ぐ鉄の刃の向こう側で、ハルトライナーはその場に仰向きに倒れた。魔力欠乏の進行で顔は土色と化しており、このままでは死に至る可能性が高い。
マオは、溜め息を吐きながら黒い繭の一部を操り、蛸の足にも似た触手を形成する。
トドメを差す、という訳ではない。わざわざ触手を新たに伸ばした理由は、それを介することで魔力を分け与える為だ。
魔王の首がそうであるように、マオ達にとっても犯罪組織の幹部の身柄は高い価値を持つ。殺すのは情報を吐かせてからでも遅くはない。
「死ぬのは許さないよ」
触手がハルトライナーの頭部に触れると、触手は淡い発光を始め、マオの魔力を送り込んだ。魔力不足を自他のそれで補うのだ。行っていることは輸血の魔力版に近い。
治療が功を奏したのだろう、ハルトライナーの顔色は戻り、荒かった吐息も安定していった。
ハルトライナーは、不思議そうに口を開く。
「何故、俺を助ける?」
自分の命を狙っていた刺客を治療するなど、と文句を言いたげな眼差しだ。
魔力供給を終えると、黒い触手を手元に引き戻しながら、マオは薄く笑う。
「キミはボクに負けたんだから、自分の末路を選ぶ権利なんて欠片もないよ。せめてもの情けで命だけは助けてあげるんだからさ、キミにはその恩返しをする義務があると思うんだ」
ハルトライナーは、マオの言葉の意味を悟った。
つまるところ、単にこの場で殺害するのではなく捕虜として連れ帰り、所属組織に関する情報を吐かせる作戦なのだ。
「……生き恥を晒せとは、酷なことを言う」
「命と時間は有意義に使わないとね。さて早速だけど確認したい点が一つあるんだ。ボクの質問の中身はもう理解できるよね?」
最後の猛攻を仕掛ける直前、時間稼ぎの意味を失くしてやろう、と彼は口走った。そんな台詞は、マオ達が人質救出までの時間を稼ぐ陽動役であると見抜いていなければ出てこない。
その意味を失くすとは、救出チームに刺客を送り込んだということである。
ハルトライナーは口にこそ出さなかったが、沈黙の後に頷いた。
「戦いは質よりも量が大事だろう? 貴女がどれだけ強かろうと、大切なパートナーはそうじゃない」
マオの眼差しがまた一段階、冷たいものへと変わる。憤怒を隠そうともしない、或いは隠すことを忘れてしまう辺りに、ユーマに向ける矢印の重さが垣間見えた。
まさか怒りに任せて殺すつもりか、と戦いの行く末を見守っていたレベーリアが慌てて駆け寄る。
ハルトライナーは貴重な情報源にして、曲がりなりにも組織の同僚である。むざむざ殺されたのでは堪らない。
「その男を殺してはなりませんわ。彼は今回の事件の証人ですわ。組織に繋がる有益な情報を得る為にも、徒に殺すのは下策です」
レベーリアは、生かしたまま捕縛することの重要さを必死に主張した。
マオとて、そんなことは承知している。だが胸の内をぐるぐると回る感情が、正常な判断を阻害するのだ。
深呼吸を繰り返してから、マオは頷く。
「……すまない。冷静さを欠いていたよ。今の醜態は忘れてくれ」
「そんな顔をするのなら、様子を見て来ればよろしいのです。パートナーのことが心配なのでしょう? この場は私が見張っておきますから」
「いや、もしかすれば奥の手をまだ隠し持っているかもしれないし、援軍が来ないとも限らない。ボクも残っていよう」
そう言葉を綴ったマオの表情は、普段の柔らかいものに戻っていた。ダネール率いるテロリストの連中も残っている中で、レベーリアだけに任せるのはリスクが高いと考えての発言だ。魔王の圧倒的な力を見せられても抵抗を続ける根性があるとは考えにくいが、何事も備えは必要だろう。
従って、ユーマには自力で火の粉を振り払ってもらうしかない。
「クッコロも一緒ですし、苦戦こそすれど敗北することはないと思いますわ」
「うん、ボクはユーくんを信じるよ。なんたってボクが渡した武器もあるし、それに副支部長も行動を共に……手を出されてないか心配になってきたな」
「信じる! 信じるって言いましたわ!」
二人は、交易センターの白い建物を見上げる。
屋内での激戦は、まだ終わっていない。
▼life.35 外と内▼
時間は、数分前に巻き戻る。
人質のいる第二準備室を目指して、ユーマとクッコロは無機質な通路を目指す。丁字路を曲がってからは第二準備室まで一本道であり、道に迷うことはないが、いざという場合に隠れるような小部屋もない。
待ち伏せを仕掛けるには絶好のポイントである。
それを証明するように、第二準備室を目前にしながら二人は立ち止まった。
扉の前では六人前後の、いかにも荒くれ者といった風貌の男達が屯っている。各自が短剣や棍棒で武装しているが、その目的が魔物討伐ではなく、脅迫や荒事といった犯罪行為の得物であることは一目瞭然だ。
しかしユーマ達の前に進み出たのは、黒いパーカーを羽織った銀髪の少女だった。
淡い赤色の瞳と、背から生やした白い翼が神秘的な雰囲気を醸し出しているその少女は、荒くれ者の中に混じるにはどうにもアンマッチで、人質にされていると考えた方がまだ納得できる。
「……勇者ユーマ、でしょうか?」
少女は袖の中に忍ばせていたダガーを右手に滑らせ、ユーマに突きつけた。台詞の最後に疑問符を浮かべてはいるが、彼を見つめる相貌は獣の如く獰猛に煌めいている。確信を抱いている証拠だ。
「なんか用かよ」
ユーマのぶっきらぼうな口調には、強い警戒が滲んでいる。この期に及んで、彼女が迷子や人質の類だと考えるような馬鹿ではない。
「このハリエールは、勇者ユーマの捕縛を命じられておりまして。申し訳ありませんが、大人しく捕まってもらえたりすることは可能でしょうか?」
「お断りだ。マオから頼まれた大事な任務の途中なんだ。邪魔するなら子供だって容赦できない」
「つまり任務が終われば、このハリエールに拉致されてもらえるということでしょうか?」
「強引なナンパをする奴は嫌いだね」
遠回しな伝え方だが、ハリエールは言葉の意味を正しく理解した。交渉決裂だ。
「このハリエールはあまり強引な手段を好まないのですが、これもまた仕方ないでしょう」
その途端、取り巻きの荒くれ者達がユーマ達を睨んだ。見た目はチンピラだが、中々どうして統率が取れている。
即ち、連中を率いるハリエールが高いカリスマ性と実力を有している証拠に他ならない。
「──捕縛しようなどと考えないでください。優先して守るべきは人質の命です」
クッコロの言葉に、ユーマはゆっくりとスゴイカリバーの束に手を伸ばす。
しかし彼は、最後まで頷くことができなかった。
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