life.34 刃の向こう側

「また会ったな、魔王殿。それにレベーリアまでいるとは驚きだ」


 乱入してきた青年の声音は、旧友に再会したかのように馴れ馴れしく、フランクだ。


「自首しに来たのかな? ハルトライナー」

「まさか」


 ハルトライナーは、不敵な笑みを浮かべた。


「魔王の首を取るに決まってるだろ」

「しつこい男は嫌われるよ?」


 以前に敗走したことを指しての嫌味だったが、その程度で折られるようなメンタルであれば、わざわざ彼が出向くことはなかっただろう。彼の笑みには、リベンジを果たそうとする闘志の他にもう一つ、魔王を前にしても余裕を崩さないだけの理由が秘められていた。


「新しい魔法を与えられたんでね。どうせなら実戦で試してみなきゃ勿体ないだろ? だから無理を言って俺が出撃させてもらったんだ」

「魔法、ね」


 そう言って、ハルトライナーは右手を掲げた。見れば、親指に嵌められた召喚魔法の媒体を担う指輪だけでなく、人差し指にも新たな指輪が装着されていることが分かる。


「どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだ」


 うんざりしたように溜め息を吐きながらも、マオは両手に黒い魔力の塊を顕現させる。

 人質のことを忘れた訳ではないが、かといって無抵抗でなぶり殺される趣味は持ち合わせていない。こうなれば戦闘もやむを得ないだろう。


「待ってくださいまし!」


 両者が屋外を目指して歩き始めたのも束の間、慌ててレベーリアが二人の間に割って入った。


「まだ人質が捕えられたままですわ! これでは殺されてしまいます!」


 犯罪組織″プロビデンス″の幹部が人質の心配をするのも本来おかしな話ではあるが、今は冒険者として活動している最中なのだから仕方ない。

 もしくは、組織の同僚への不信感が積み重なった結果かもしれないが。

 少しの思案の後、ハルトライナーはこれまで蚊帳の外だったダネールに視線を向けた。

 それから今度はマオに視線を移し、口を開く。


「失礼。配慮が足りなかったな。確かに、人質がどうのと全力を出せない言い訳をされては困る。俺は一騎討ちで今代の魔王を倒したいんだ」


 するとハルトライナーはダネール達に指示を出し、自分と魔王の戦いが終わるまでは人質に手を出さないように厳命した。こうなると事件を起こした意味が薄れてくるが、末端構成員に過ぎない彼らは幹部の言うことには逆らえず、肩を落としながらも承知した。


 どこまでが、組織の思惑通りなのだろうか。

 レベーリアは首を傾げた。


 人質を取りながらそれを有効活用しないのはあまりに愚策であり、ハルトライナーの独断で言い出したであろうことはすぐに分かる。しかし彼のそういう性格はメンバー達も把握しており、出撃させればこのような事態になることは目に見えていた筈だ。


 即ち、自分達で引き起こした事件で得た人質を自分達で捨てたという奇妙な図式が出来上がるのだ。


 無論、彼が無断出撃した可能性もなくはない。ただし″プロビデンス″が拠点を置くハレムライヒ帝国と、このマケンプトンの距離を考えれば、とても一朝一夕で顔を出すことはできない。

 よって転移魔法の使い手であるクーリオも、今回の件に一枚噛んでいると考えるべきだ。「後で問い詰めてやりますわ」当然のように、レベーリアは詳細について一ミリたりとも聞かされていない。


「──いざ尋常に、勝負といこう」


 人知れず怒りを燃やすレベーリアを他所に、ハルトライナーはマオを伴って屋外へと出た。


「以前の俺と同じに思わないことだ。俺は今度こそ貴女を倒す」

「百万回死んでから出直しな」


 眼前に剣の切っ先を突きつけられても、マオの口調は普段とさして変わらない。

 油断では、断じてない。

 彼女のそれは魔王故の余裕なのだ。


「魔王の裁きをくれてやる」


 全身から黒い魔力を滾らせ、マオは告げた。その直後に振り下ろされた片手剣は、魔力の繭を切り裂くには至らず、やはり先代と同じように刀身の半ばからへし折られる。

 二度目とあってか、ハルトライナーに動揺は見られない。即座に大きく後退するや、得意の召喚魔法によって次々と周囲に刀剣類が呼び寄せられ、それらは地面に突き刺さる。その内の一振の束を握り締めながら、彼は再び駆け出した。武器を破壊される前提で、いっそ使い捨てる勢いで挑むのが彼の新たな戦法のようだ。

 巧みな剣術と人並み外れた動体視力をフル活用して、ハルトライナーが怒涛の猛攻を仕掛ける。黒と鋼、二つの刃が衝突した。


 せめぎ合う火花を挟み、互いの視線が交差する。


 だがそれも一瞬の間だけで、衝突に耐えきれずに鋼の刃が歪み、そのまま力任せに粉砕された。一切の余分な装飾が除かれた、相応に値が張るだろう片手剣も、対魔王用の武器を担うには力不足だったらしい。

 裏を返せば、そのような値打ち物を惜しむことなく投入してきた彼の本気度が窺える。


「チッ」


 ハルトライナーは舌打ちすると、修復不可能な損傷を受けた剣を放り捨て、すかさず次の得物を手に取る。


「いちいち壊すなよ。上からの支給品だぞ」

「そんな玩具が支給品だって? もしやキミって上司から期待されてなかったりするタイプ?」


 マオは、口角を吊り上げて妖しく嗤う。獲物をいたぶる肉食獣のように、獰猛且つ挑発的に。


「んー、やっぱボクを侮り過ぎだよ。キミのレベルならダース単位で連れてこないと物足りないね」

「世迷い言を! 新たな魔法を見せてやる!」


 ハルトライナーの怒号に応じて、二つ目の指輪に埋め込まれた銀の宝玉が煌めく。内部に搭載された術式が発動した合図だ。

 ゆらり、と地面に突き刺さっていた刀剣の群れが、見えざる手に掴まれたかのように地面から離れた。

 宙に浮かび上がった刃の数々は、さながら統率された一個の軍隊の如く、雪崩を打ってマオへと殺到する。


 対するマオは、両手に纏わせた魔力の黒刃を滑らせ、縦横無尽に迎撃していく。彼女が一歩を踏み出す毎に刃の交わる火花が散り、また一歩、今度は大きく踏み込めばせめぎ合っていた剣は弧を描きながら宙に舞う。

 鉄の雨を進むマオの一挙手一投足は、さながら演舞に似て美しい。


 そして、マオの全身が黒く頑強な繭で覆われたとき、ハルトライナーが豪語していた新たな魔法は途端に意味を成さなくなる。


 四方八方から飛来していたすべての剣が使い物にならなくされ、次々と地に墜ちていく。質も量も知るものかと言わんばかりに、マオは雨の中をゆっくりと前進する。

 十六にも及ぶ黒翼を背から拡げ、悠々と歩く姿はまさに魔王──或いは人類の腐敗を嘆き、遂に一掃せんと現世に顕現した大天使だ。

 魔王の進撃に、ハルトライナーは自分が神話の時代に迷い込んだかのような錯覚に陥った。それでも発狂に至らなかった彼の強靭な精神力は、称賛されて然るべき長所である。


「流石だな、今代の魔王」


 ハルトライナーの息は荒く、額には汗が滲んでいる。策が上手くいかなかったことに対する焦燥と、目の前に迫る魔王への恐怖、そして今も発動中である浮遊魔法の操作が、刻一刻と精神を消耗させているのだ。

 特に魔法は、その維持に決して少なくない魔力を対価として消費し続ける。

 召喚魔法で大量の武具を呼び出し、今また浮遊魔法の常時発動となれば、要求される魔力消費量は大きく跳ね上がる。

 血の気を失い青ざめた顔と極度の疲労感は、魔力欠乏が進んでいる証拠だ。


「そろそろ諦めたら? キミ、それ以上やると本当に死ぬよ?」


 死人のようにふらつくハルトライナーを憐れんで、マオは忠告した。


「それでも俺は、殿下の為に戦うと決めた」


 勝ち誇ったように、ハルトライナーは言った。


「時間稼ぎの意味を失くしてやろう。最後まで付き合ってもらうぞ」


 ハルトライナーの真の狙いは、マオではない。

 自分達がそうしたように、彼は陽動だ。


 言葉の真意をマオが見抜いたのとほぼ同じタイミングで、へし折られ地面に散らばっていた筈の刀剣が再びマオに向かって解き放たれた。


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