life.33 表の陽動

「やあやあ、ボクが魔王マオだよ。裁きを受ける覚悟はあるよね、愚かなテロリスト共」

「二人だけで乗り込んでくるとは流石、噂に名高い魔王殿と″滅殺妖精″だよね。自分達の実力に余程の自信があると見える」

「試してみるかい?」


 マオは、不敵な笑みを崩さない。それは決して虚勢の類ではなく、自分を包囲するテロリスト連中など敵の内に入らないと本気で思っているからだ。その隣に立つレベーリアもまた、警戒こそすれど取り乱した様子はない。

 魔王の黒い双眸が連中を射抜くと同時に、その全身から一瞬だけ冷気が放出される。厳密には魔力を軽くぶつけただけの挨拶なのだが、醸し出される威圧感に、彼女達を取り囲んでいた下っ端連中は思わず後退りした。


 それだけで顔を青ざめさせるのだから、彼らの力量の程が窺い知れるというものだ。

 とはいえ、マオ達との埋め難い実力差はリーダーを務めるサングラスの男とて把握済みであり、まともに正面から戦おうとは微塵も考えていない。


「まあ待つんだね。一度落ち着いて、我々と冷静に話し合う方がいいと思うんだよね」


 交易センターを襲撃・制圧しておきながら自ら対話を要求する辺り、随分と自分勝手な主張である。


「ふざけないでくれたまえ。ボクらとしてはテロリストを皆殺しにした方が早いんだ。話し合いの余地なんて欠片もないよ。降伏なら別だけどね」


 当然だが、マオ達にその提案を受け入れる理由はどこにもない。


「──人質がいる、と言ってもか?」


 予想の範囲内ではあるが、男の言葉に二人は表情を険しくさせた。やはり連中は人質を取っていたようだ。


「俺の合図でいつでも殺せるんだよね。だが俺としては穏便に済ませたいんでね。人質を花火にされたくなければ交渉の席に座ってもらおう」

「オーケー。キミらの要求はなんだい? ボクの首を持ってくるように命じられたのかな?」

「そんなところだね。聞けば、あんたはハルトライナーさんを返り討ちにしたらしいじゃないか。上もその事態を重く見た。それで俺らに指令が届いたんだよね」

「……ああ、あの騎士くんか」


 ハルトライナーは以前にマオを襲撃した、″プロビデンス″幹部を務める騎士の青年である。実力的にはマオに遠く及ばないものの、正面から挑まれたこともあってマオはハルトライナーのことをよく覚えていた。

 彼から魔王の実力の一端について報告を受けたのだとすれば、多少強引な手段を用いてでも排除を急いだとしてもおかしくない。

 ただし納得したのはマオ一人だけで、その隣に立つレベーリアは内心で大いに困惑していた。


 何故なら、彼女もまた幹部の一員であるにも拘わらず、″プロビデンス″の関与をなにも聞かされていないからだ。


▼life.33 表の陽動▼


 これは一体どういうことだろう。


 顔に出さないまま、レベーリアは懸命に脳を回転させていく。クーリオの情報によれば、今回の騒動に″プロビデンス″は関わっていない筈だ。それ故、これまで彼女はマオを黒幕だと睨んでいたのである。

 しかしリーダーの男の話が真実であるなら、彼らに指令を与えた者が存在するのだ。無論、レベーリアは関与していない。


 二転三転、目まぐるしく変化していく状況が、レベーリアの思考をマイナス方向に蝕む。


「……誰から指令を受け取りましたの?」


 気付けばふと溢していた呟きに、全員の注目が集まった。それは話の流れを断ち切るように投げられた問いだったからであると同時に、その声音に鬼気迫るものを感じさせたからでもあった。

 レベーリアの黄金の双眸が、突き刺すようにテロリストの男達を睨んだ。


「言う筈がないよね」

「あらあら、強引な手段の方がお好みで? 随分とマゾな性癖をお持ちのようですわね」

「気の強い女は嫌いじゃないが、人質をぶっ殺されたくなければ口を閉じた方が懸命なんだよね」


 レベーリアの迫力に、サングラスの男は肩を竦めながらも、「邪魔をしないでもらいたいね」と強い口調で威圧した。


「メインの客人は魔王で、お前はそのオマケに過ぎないんだよね。後で可愛がってやるから尻尾巻いて大人しく待ってることだね。別室に連れていけ」


 下っ端二人に両腕を掴まれるが、レベーリアは強引に払い除けた。


「レディに気安く触らないでくださいまし。部下の躾がなっておりませんわよ」


 そう言いながら、彼女は服の中に隠していた武器を次々と床に捨てていき、最後に両手を挙げる。抵抗の意思がないことを分かりやすく示したつもりだろうが、果たしてどこに隠していたのだろう、床に山と積まれている刀剣類のせいで説得力に欠けている。

 これにはサングラスの男も言葉を失ったように口をあんぐりと開けて、何も言えないようだった。


「私は邪魔をしませんから、お二人はどうぞ存分に続きを話し合ってくださいませ。それとも次は私の服を剥ぎ取って確認します?」


 浮かべた笑顔は、貴族令嬢の外見からは想像もできない程に獰猛だ。″滅殺妖精″の異名に恥じない風格がそこには漂っていた。尤も、敢えて派手に立ち回ったのは、人質救出までの時間を稼ぐ為である。


「……ダネールだ。あんた勇気があるよね、先程までの非礼を詫びよう。あんたらには手荒な真似をしないことも合わせて約束する」

「あら、殊勝な心がけですわね。ストリップをさせられるかと思ってましたわ」


 そして、レベーリアは再度、核心に触れる。


「誰からの指令ですの?」


 呼応するように、場に似つかわしくない爽やかな声が響く。


「残念だが秘密とさせてもらおう」


 その問いに答えたのは、ダネールではなかった。

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