life.31 作戦開始
魔王の黒翼によってナローシュから飛翔してきたマオ達四人は、一度マケンプトンの郊外に降り立った後、二つのチームに別れて行動を開始した。
マオとレベーリアの役割は、テロリストが潜む交易センターに正面から乗り込む陽動チームだ。
交易センターへの道すがら、マオが隣を歩くレベーリアに訊ねる。
「黒幕は誰だと思う?」
マオの唐突な質問に、レベーリアは思わず、「はい?」とすっとんきょうな声を漏らした。いつも冷静な彼女らしからぬ姿を晒してしまったのは、マオの質問の意図が理解できなかったからだ。
レベーリアの推測では、黒幕はマオである。
にも拘わらず、その本人が真剣な表情をして訊ねてきたのだから面食らうのは無理もない。
とはいえ、瞬時に動揺を押さえ込んでみせる辺りは流石、犯罪組織″プロビデンス″の幹部である。すぐに予め並べていた建前上の推測を口にする。
「そうですわね……犯人を尋問してみないことには本当かどうか分かりませんが、一連の蜂起を促したのはマケンプトンを占拠したテロリストだと私は推理しますわ」
「ふむ、その心は?」
「クッコロが言っていたように、あれは恐らく本命に備えた囮でしょう。冒険者ギルドや各国政府を撹乱する為の捨て駒に過ぎません。ならば、タイミングを見計らったかのように占拠してみせたテロリストを黒幕と疑うのは当然ですわ」
レベーリアは説明を続けながら、ビルの向こう側に見える白色の建物を見据えた。
テロリストに占拠された、城塞都市マケンプトンの交易センターだ。
名称からしてムソーシテン連合王国や諸外国のあらゆる特産品を扱っているように思えるが、実際はナローシュ王国のゴルドランカに並ぶ、大陸有数の魚卸売市場の一つである。必然的に人の出入りも大都市に匹敵する規模を誇り、その気になれば侵入する手段は幾らでもあった。
警備体勢が完全に整う前の隙をついたのだ。
マオとレベーリア、陽動チームを担う二人が大通りを進んでいくと、交易センターが遂にその全貌を現した。
外観や周辺一帯は港というよりも工場地域を彷彿とさせるが、内部には新鮮な海産物の並べられた市場がセンター狭しと広がっている。
しかし昨日までは確かに賑わっていた筈の交易センターは、内外を問わず異様なまでの静寂に包まれていた。
周辺を軽く見渡して、マオが異変を指摘する。
「誰もいないね。それに静かだ」
「猫の子一匹すらも見えませんわね。そして……率先して鎮圧に乗り出すべき冒険者も」
辺りに人が見当たらないのは既に避難勧告が出されたからだろう。だが冒険者達の姿もないのは、やはり先に壊滅させられてしまったのかもしれない。
尤も、野次馬がいないからこそ彼女達は交易センターの前まですんなりと移動できたのだが。
「ま、不在なら仕方ない。ボクらはボクらにできることをやるだけさ。キミにも付き合ってもらうよ?」
「ここまで来て背を向けるなんて真似はしませんわ。テロリストは捩じ伏せるのみですわ」
とは言ったものの、何故にユーマではなく自分を選んだのか、レベーリアには疑問だった。
チームメンバーは他ならぬマオの采配だ。ならばそこにも必ず裏があると彼女は考えていた。
「何故、私とチームを組まれたのです? 貴女のことですからユーマ殿と組みたがるかとばかり思っていましたが」
レベーリアの単刀直入な言葉に、「もしやバカップルみたいに思われてる?」とマオは肩を竦めた。今更である。
「単純に実力を考えたら、二番手は間違いなくキミだからね。乗り込んでそのまま戦闘になる可能性もなくはないから陽動に戦力を割いたのさ。順当な結果だと思うけど」
「……暗殺者や忍者のような隠密行動を要求されないだけシンプルで分かりやすいですわね」
「でしょ? 大騒ぎするのは変わらないんだしさ」
そして二人は、正面から交易センターに乗り込んだ。
「やっほー! 世界平和を夢見る魔王マオとその下僕一号の登場だよー! 首謀者はさっさとボクの前に出てこい!」
「先に貴女を滅殺しますわよ!?」
敢えて大声で叫ばれた名乗りが、救出チーム始動の合図だ。
▼life.31 作戦開始▼
どうやらマオが上手くやってくれたようだ、と物陰で機を見計らっていたユーマは安堵した。巡回中と思しき武装した連中は、彼女の声に釣られて揃って正面入口へと駆け出した後であり、裏口の見張りは誰もいない。
潜入するなら、今をおいて他にない。
そう判断したユーマは、念入りに周囲を警戒してから、もう一人の救出チームメンバーとアイコンタクトを交わす。どうやら同じ結論に至っていたようだ。
「行きましょう、クッコロさん」
「早まってはなりません。向こう側にも誰かいる可能性も考えられます。先ずは私が扉を開けましょう。ユーマ殿はドア周辺の安全確認をお願いしたい」
クッコロの的確な指示の下、慎重且つ迅速に作戦は始められた。
マオが指名した四人のチームの内、最後の一人は副支部長を務めるクッコロだ。
この意外な采配には流石に集まっていた面々から驚きの声が漏れたが、彼女とて要職に就く以前は熟練の冒険者だった。万一に備えて他の冒険者達を村に待機させておかなければならないことを考慮すれば、ブランクを加味しても妥当な人選といえた。
陽動と比べて戦闘になる恐れの低い救出チームに割り振られたのは、マオなりのクッコロへの配慮である。
「……ドア付近は誰もいません。大丈夫そうです」
「了解」
内部に侵入した二人の視界には殺風景な剥き出しのコンクリートの通路が伸びており、壁の左右に幾つかの黒い扉が並んでいる。普段、市場として賑わいを見せるエリアとは別の、職員用の区域だろう。
どこかに監禁されているのかもしれない、とユーマは呟いた。現代日本の刑事ドラマなどでは、人質は薄暗い一室に纏めて放り込まれている場合が多い。
無論、あれはあくまでもフィクションに過ぎないが、可能性としては充分に考えられることだ。
「人質の有無を確認する為にも、一部屋ずつ調べていくしかありませんね」
クッコロの提案に、ユーマは頷いた。しかし一番手前の部屋を調査するよりも早く、コツコツと第三者が近付いてくる靴音が響いた。
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