life.30 占拠

 転がるようにして会議室に駆け込んできたのは、誰あろう、マキュリスとウルケルだ。厳密には、マキュリスを頭の上に乗せたまま慌てて駆けてきたのだ。


「皆さん大変ですよ! ついさっきテレビで緊急速報が流れたんです! テロリストを名乗る奴らがマケンプトンの交易センターを占拠したって!」

「なんだって!?」


 悲鳴のような報告を前に、マオ達は一斉に立ち上がった。

 マケンプトンはムソーシテン連合王国の港町の一つであり、ナローシュ王国のゴルドランカとの間で頻繁に定期船や貨物船が行き来する、ムソーシテンの交易の重要拠点である。

 つまりマケンプトンはナローシュへの玄関口と言っても過言ではなく、交易センターの陥落はムソーシテンのみならず、ナローシュにとっても喉元にナイフを突きつけられたに等しいのだ。


「犯行声明は!? テロリストの組織の名前は分かりますの!?」

「ひいっ! あいつらは自分達のことを、″AHA″の意志を継ぐ者とか名乗ってます!」


 レベーリアの剣幕にマキュリス共々気圧されながらも、ウルケルは懸命に答えた。

 説明するまでもないが、″AHA″は人間を下等種族と見なす至上主義団体であり、人間種は勿論、彼らに好意的な他民族の魔人達の排除すら主張していた過激派だ。ゴルドランカでの騒動は記憶に新しい。

 そんな組織の後継者を名乗る連中なのだ。テロリストの目的は魔王マオなのだと、ここにいる全員が悟った。


「……ふざけた連中だ。ああ、ふざけてる! なにが意志を継ぐ者だ! あんな奴らのどこに受け継ぐ要素があるってんだ!!」


 怒りに顔を歪ませながら、ユーマが絶叫のように吐き捨てた。そして絶叫したことで冷静になったのか、荒い息は次第に深呼吸に変わっていった。それでも肩が震えているのは、憤怒が収まっていない証拠だ。

 自分が人殺しとなってしまった瞬間を思い出しての憤怒だった。

 レベーリアとの会話で多少なり落ち着いたかに思えたのも束の間、きっかけを連想させるワードを不意に投げられたことで再びぶり返してしまったのだろう。完治にはまだ長い時間を必要としていた。


 そんなユーマを庇うように、マオは背から黒い翼を展開した。

 高密度の魔力で形成された魔王の翼だ。


「ボクが一人で出向いてくるよ。ユーくんはここでボクの帰りを待っていてくれ」

「なに言ってんだ!? 俺も一緒に行くぞ!」

「申し出は嬉しいけどさ、キミのその精神状態では無理だよ。まだ相手の人数や武装は分からないけど、もしかすれば戦いで不覚を取るかもしれないでしょ? そもそも人質を取られていたらどうするつもりなんだい?」

「……それでもっ! マオ一人だけ戦わせて自分は安全なところに待機とか、そんな真似できる訳ねえだろ! 俺は勇者だ!」


 正論を並べられた末のユーマの叫びは、正しくもあり間違ってもいる。


 冒険者にして勇者という立場だけを考慮すれば、トラウマを引き摺ってでもテロリストとの戦いに飛び込もうとする姿勢は立派なものであり、薬草採集に及び腰になっていた頃と比べて見違える程に成長しているのが見て取れる。

 或いは人殺しとなってしまった事実を本人なりに受け止め、苦悩していたのかもしれない。仮になんとも思っていなければトラウマと化していないからだ。


 その一方で、彼の激情の根底にあるものは純粋な人助けではなく、ただ怒りに任せただけの無謀に過ぎない。まず間違いなく捕えられているであろう人質の存在に一度も言及していないのが最大の証拠である。

 死力を尽くした果てにテロリストを討伐したとしても、人質を皆殺しにされては元も子もない。

 にも関わらず、その点が綺麗さっぱり計算から抜け落ちている時点で、ユーマの思考が冷静さを欠いていることは明白だ。


 対峙。


 ″スローライフ″の二人はここで初めて、意見を明確に対立させた。睨み合う両者を前に、オサデスもクッコロも割り込めないまま事態を見守ることしかできない。彼が自分の我が儘を押し通そうとする光景にある種のショックを受けているのだ。


「お二方、言い争っている場合ではありません。今は騒動の鎮圧と、人質がいるのなら人命救助が最優先事項とすべきですわ。喧嘩は事件を解決してから好きなだけ続けてくださいまし」


 見かねたレベーリアが彼らの間に割って入った。

 彼女の言うように、第一に優先すべきはテロの鎮圧だ。


「及ばずながら私も参加しましょう。人手は多いに越したことはありませんし、仮にユーマ殿が窮地に陥ったり無策で突撃しようとしても私がフォローできますわ。お二人とも、それでよろしくて?」

「……そうだね。かの″滅殺妖精″が参戦してくれるなら味方として心強い。ユーくんも、ボクの言い方が悪かったね。ごめん」

「いや、お前は俺を心配してくれてたんだ。周りが見えてなかった俺が悪い。ごめんな」


 それでも俺は戦うよ、とユーマは一段階強い口調で続けた。


「人手は多い方がいいだろ?」


 ユーマの理屈は、確かに筋が通っている。テロリストが交易センターを占拠したということは現地の冒険者ギルド支部が既に壊滅させられたか、何らかの策で動けない状況に陥っている可能性が高い。

 従って、相手の規模と練度は支部のそれを上回っていることが予想される。

 魔王マオと、彼女に次ぐ黄金階級のレベーリアが揃えば敗北はないだろうが、鎮圧までに相応の時間を要する筈である。そして仮にマオの指摘したように人質がいるとすれば、その間に殺されるか、人質を盾にして降伏を要求してくるかの二択だ。


 提案した本人がそこまで考えているのかは定かではないものの、救出と陽動に役割を分担させるのであれば、人手は必須である。


 暫しの思考の末に、マオは決断する。


「今回は事前に二つのチームを決めて行動しよう。人質救出と陽動だ。もし犯人が人質を取っていない場合は即座に合流して乗り込めばいい」


 いつになく慎重な作戦に、ユーマ達も自ずと顔を引き締めて耳を傾ける。

 マオは、作戦内容の説明を続ける。


「あまり人数を動員すると悟られるかもしれない。逆上されて人質に危害を加えられるリスクは避けるべきだ。よって作戦は四人だけの少数精鋭で行う」

「四人? 私とお二方を足しても、あと一人足りませんわよ? 誰か助っ人に心当たりでも?」

「そうとも。力強い助っ人さ」


 そして最後の一人の名が告げられた後、交易センター解放作戦が開始された。


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