life.29 裏への推測

「現状について整理しよう」


 マオはそう言うと、ホワイトボードに大陸の主要国家の一覧を書いた。何れも共通点は、今朝になって武装蜂起が発生したとの情報が寄せられた国であることだ。無論、その中にはスキルブルク公国も名を連ねている。

 多いな、と会議室内にユーマの声が響く。彼は会議に先立ってマオから内容を教えられていたが、こうして改めて一覧を提示されたことで、その数の多さに驚いていた。


「多少のズレはあるけど、これらの蜂起はスキルブルクでの事件とほぼ同時刻だ。これについてレベーリアはどう思う?」

「結論から申しまして、何者かが背後で糸を引いているとしか思えませんわね」


 突然の指名に面食らいながらも、レベーリアは自分の意見を口にした。

 この点に関しては会議室に揃ったオサデスやクッコロなどの上役達も同意見だ。偶然にも各組織が蜂起するタイミングが揃ったなどあまりに不自然である。

 不自然といえば、今回蜂起した組織は事前にマークされているような要注意組織ではない、スキルブルクの″IUSk″に代表されるような普通の組合や団体で占められていた点も見逃せない。

 動機に欠けていることも、黒幕となり得る人物ないし組織の暗躍を予測させる重要なポイントだ。


「どこも無事に鎮圧されたと聞いておる。しかしそれは対処療法に過ぎん。背後に蠢いとる奴を捕まえねば第二第三の事件が再び起きるであろう」


 オサデスの言葉に、ユーマが口を開く。


「その黒幕ってのは前にマオを襲った奴らじゃないですか? あいつら、魔王を狙ってるんですよね」


 冷静に見えて、彼の声音には並々ならぬ怒気が滲んでいた。無関係の一般人を巻き込んだことも勿論だがそれ以上に、マオを襲撃したという点がユーマの逆鱗に触れている。


「落ち着きたまえよ。現段階では断定できない。もしかすれば連中とはまた別の奴らが動いているのかもしれないよね」


 マオの視線には、確信めいた光があった。「狙いがボクだとしたら」そのまま彼女は、そう考えた理由を説明する。


「前のようにボクに襲撃を仕掛ければ手間をかけずに済むと思うんだ。諸国の、しかも危険な団体とかならいざ知らず争い事とは無縁の組織を扇動するなんてさ。実に回りくどいじゃないか」


 マオの意見は的確である。

 ″AHA″予備軍なら幾つかあるだろうし、無ければ組織してしまえばいい。彼女の言うように、無関係な労働組合を尖兵に仕立てるなら労力をそちらに割いてしまった方が効率的だ。

 しかも各国のそれを巻き込んでの結果が失敗なのだから作戦としては粗末極まりない。


「成功しようと失敗しようと、結果自体はどちらでも構わなかったのではないかと考えます」


 発言したのは、クッコロだ。


「今回の件で世間は混乱、各政府や冒険者ギルド支部は対応に追われています。このタイミングで仮に以前の襲撃者達が襲撃を仕掛けてきたなら、そちらに回す余力はありません。それ即ち、目的と思われる魔王討伐への布石かと」

「そういえばフリード公も対応に苦慮していると言っていたよ。現地の冒険者達と協力して、街の警備や巡回に力を注ぐらしいね」

「力なき民衆は、街が警戒体制に覆われた姿は頼もしく思うと共に長かった平和の終わりを敏感に感じ取っていると考えます。また今回の一斉蜂起により疑心暗鬼に陥っていることは疑いありません」


 だからこそ″IUSk″のような普通の組織に狙いを定めたのではないか、とクッコロは続けた。

 ″AHA″の蜂起以降、各国では彼らのような要注意団体の警戒と注意喚起を重ねており、世間でも頻繁に疑惑や議論の対象にされるなど、その手の団体は注目の的となっている。

 当然だが、誰も″IUSk″は疑っていなかった。ただの労働組合を疑う方がおかしい。


「……ノーマークであるが故に準備期間を設けることが可能となり、また同時に国際社会に大いなる混乱をもたらすことができる。これを思い描いた黒幕は相当の策士に違いありませんわね」


 頷きながらも、レベーリアは注意深くマオの反応を窺った。その視線は相手が隠し事をしているか探るというよりも寧ろ逆で、自分が疑われていないかを確かめようとするものだ。


 何故なら、一連の事件の真犯人は魔王マオだと彼女は推理したからだ。


 マオの立場と名声をフル活用したのか、或いは周囲に力をまだ隠しているのか。

 恐らくは後者だ。

 魔王の力を使えば諸国を飛び回ってその地の組合を扇動するぐらいは朝飯前だろう。そうして自身に都合のいい、大陸中が真に魔王に頼らざるを得ない状況を作るために事件を引き起こしたのではないか、というのがレベーリアの推測だ。

 ″プロビデンス″幹部としてのアドバンテージがあったからこその推測である。尤も、それ故に他言はできないが。


 加えて、マオが自分の正体に気付いていることもレベーリアは悟っていた。

 昨夜の秘密会議にてマオが告げた「キミら」というのは、ハレムライヒ帝国ではなく″プロビデンス″の存在を示唆しての言葉だろう。ユーマに危害を加えるなという意図の警告だ。


 しかし襲撃作戦に備えての情報収集が任務である以上、警告に従うつもりは彼女には毛頭なかった。というより標的の言葉を聞く義理も義務もない。


 どこまで探りを入れるべきか、と次にレベーリアは離脱のタイミングを考え始めた。

 ゴルドランカの騒動において躊躇なく″AHA″のメンバー達を処刑した点からも、真相を探っていると知ればマオが容赦なく刃を振り下ろすのは確実である。引き際を見誤れば待っているのは死だ。


 ──ここは一度ハレムライヒの拠点に戻り、殿下に情報を渡した方が確実かもしれない。


 脳内で計算を終えて、レベーリアは出発に際する表向きの理由を考えようとした。

 だがそれを妨げるように、会議室の扉が勢いよく開け放たれた。


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