転獄編

life.28 兆候

 マオ達三人の元に奇妙な一報が寄せられたのは、時計の針が昼に差し掛かった辺りのことだった。

 依頼受注の為にギルドを訪れた三人の姿を見付けるや、待ち構えていたクッコロが声をかけたのだ。


 スキルブルク公国の首都で暴動事件が発生したという報せに、一同は驚きと困惑を隠せなかった。


「前に教わったことがあるぞ。公国ってのは、ハレムライヒ帝国とナローシュ王国、あとランカー王国に囲まれてる国だろ? 国を構成する城塞都市が二つしかなくて、大陸最小の国だと聞いたぜ」

「ちゃんと覚えてるねえ、感心感心。因みに付け加えるとスキルブルクは元々製造業が盛んで、戦後は金融業や観光業を新たな柱に成長した国だね」

「近年はIT企業の誘致にも力を注いでいると聞きましたわ」


 三者三様の反応ではあるが、暴動などの争い事とは縁遠い平和で豊かな国、というイメージは三人の中で一致していた。それ故の困惑である。


 ここでスキルブルク公国について、軽く記そう。

 公国の成立は中世にまで遡り、スキルブルク家の初代フリード伯爵が恩賞として賜った領地が始まりとされている。

 かつて帝国に並ぶ覇権国家として君臨した時代もあるものの、度重なる分割を経てからは、条約によって緩衝国に選ばれたりハレムライヒ帝国の支配下に置かれるなど、周辺の強国の采配に振り回されてきた歴史を持つ。

 第二次大陸戦争後は他に先駆けての経済回復に成功し、今日では″金融機関の巨人″として大陸諸国から一目置かれる地位を築いている小国だ。


「原因は?」


 三人を代表して、マオが訊ねた。


「″IUSk″の蜂起です。現地の冒険者ギルド支部と衝突し、現在は既に鎮圧されたと聞いています」

「まさか。″IUSk″は単なる労働組合ですわ。武装蜂起する理由など……」

「そう仰いますが、実際に起きたのです。参加者だけでなく民間人にも被害が出たと」


 レベーリアは、思わず唸り声をあげた。

 彼女が言ったように、″IUSk″は首都スキルブルクに籍を置く労働者組合に過ぎず、労働者の保護と支援に注力するなど活動内容も至極真っ当である。

 そうでなくとも政府のお膝元である首都には冒険者ギルド支部が置かれており、蜂起したところで失敗に終わるであろうことは、本人達にも容易に予想できた筈だ。


「……無謀な奴らだな。″AHA″の親戚か?」


 ユーマは露骨に顔をしかめて呟いたが、繰り返すように″IUSk″の本来の立場は、至上主義団体とは比較するのも失礼な、社会貢献を旨とする善良な労働組合だ。


 だからこそ、今回の一件は奇妙なのだ。


「一部の過激派の暴走かもしれませんわね」


 レベーリアが推測を口にした。妥当な推理だが、漂う奇妙さに何とかして理屈を当て嵌めようとした結果でもあった。


「電話した方が早いよ」


 マオは、懐から電子端末を取り出した。

 その画面に表示されている番号は、スキルブルク公国の元首を務めるフリード公爵のものである。


 唐突に、レベーリアが口を開く。


「失礼。私は少し花を摘みに」

「オーケー。顔色が悪いけど大丈夫?」

「少し驚いただけですわ」


 マオの指摘したように、そう言ってギルドの手洗い場を目指す彼女の横顔はどことなく悪かった。

 尤も、彼女の目的は手洗い場そのものにはない。


▼life.28 兆候▼


 冒険者ギルドの各階には、手洗い場が設けられている。レベーリアが入ったのは女性用の一番奥の個室だった。

 レベーリアは個室に入るや否や、普段使っている端末とは異なる、太腿の革製のホルスターに隠していたもう一つのそれを取り出した。裏の任務で使用する為のものだ。


 何度目かのコール音の末に、電話口の相手は応答した。


「クーリオさん、聞こえますか?」

「肯定〉レベーリアとの通信状態は良好。よって音声は問題なく聞こえていることを肯定」


 彼女が連絡した相手は、以前マオと相見えた、犯罪組織″プロビデンス″幹部のクーリオだ。

 尚、この時点で勘のいい読者は既にお気付きだと思うが、レベーリアもまた″プロビデンス″の幹部の一人である。

 組織内での主な役割は高い社会的地位を活かした情報収集や潜入調査であり、村に滞在している理由もその一環である。


「例のスキルブルクでの事件について訊ねたいことがあるのですわ。そちらの耳にも入っているかと思いますが」

「推測〉今朝の″IUSk″の武装蜂起の件は確認済みであると肯定。レベーリアの質問は、組織の関与についてだと推測」

「その通りですわ。私の預かり知らぬところで別の作戦が動いているのであれば、邪魔になるような真似はいけないと思ったのですわ」


 本末転倒な事態を避ける為の確認だったが、少しの沈黙の後にクーリオが返した答えは、「否定〉」の一言から始まった。


「通達〉殿下より、『件の武装蜂起に組織は何ら関与していない』と通達。他幹部の返答もまた同様である」

「そんなっ!?」


 これに焦ったのはレベーリアだ。何故なら、今回の奇妙な騒動の黒幕はミコラや他幹部であると彼女は思っていたからだ。

 そしてそのように思ったからこそ、マオ達の前で披露したように、スキルブルクでの暴動に理屈を当て嵌めて考えることができたのだ。

 しかし、″プロビデンス″が関わってないとなれば、彼女の仮説は前提条件からして破綻する。


 下部組織の独断では、とレベーリアは次に考えられる理由を口にした。″プロビデンス″自体は無関係でも、手足の暴走は充分にあり得る為だ。


「懸念〉確かにその可能性は低くないと懸念。よって末端人員の動きを秘密裏且つ速やかに調査することを約束。独断行為が確認された場合は整理を行うことも合わせて約束する」

「ええ、お願いしますわ。ではまた……」

「補足〉奇妙な武装蜂起については、スキルブルクに限った話ではないと補足。各国でその兆候が確認されている。それ故の懸念である」


 電話を切ろうとした直前、レベーリアの耳に聞き逃せない情報が飛び込んだ。

 クーリオ曰く、″IUSk″のように本来は蜂起する筈のない組織の動きが活発化しているというのだ。それも一国だけではなく大陸各地で、だ。


 末端の暴走を指摘した身ではあるが、彼女はその説に疑念を抱いた。連中は本体を出し抜く技量にも大陸中を飛び回る機動力にも他組織を煽動するカリスマ性にも欠けている。というより、そんな真似ができるのなら下部組織に甘んじる必要もない。

 裏を返せば、それらを満たした者であればこの状況を作り出すことが可能ともいえる。


 該当する人物は──。


 レベーリアの脳裏に一人のシルエットが過った瞬間、コンコンと個室のドアをノックする鈍い音が響いた。


「おーい。中々戻ってこないから様子を見にきたけど、具合は大丈夫なのかい?」

「……ええ、大丈夫ですわ。ご心配をお掛けして申し訳ありません。もう出ますので」

「気にしないで。あと新しく判明した情報もあるからさ、それについてもボクらと話し合おう」


 端末を素早くホルスターに仕舞いながら、違和感を覚えさせないよう自身の言動に最新の注意を払って、レベーリアは返事をした。

 そこまで慎重に対応した理由は、心配して訪れたという声の主にある。


 彼女の脳裏を過ったシルエットの正体は、扉の前に立っているであろう人物と同じなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る