life.27 火花

 国際警察の創設が発表されてから、数日が経過した。その間、捜査網が敷かれる前に増加傾向を辿るかと思われた犯罪行為は殆ど見られず、発表時に多少の動揺こそ見られたものの、世間からは概ね好意的に受け入れられた。

 それにはやはり、平和の象徴たる魔王やレベーリアが直々に声明を出し、国際警察への志願を表明した点も大きいだろう。

 特に前者は、最近はバカップル扱いされているとはいえ、魔王の持つ抑止力は健在だ。また勇者としてにわかに脚光を浴びつつあるユーマの存在も、双璧の一角として犯罪抑制に一役買っていた。


 とはいえ、世間からその一挙手一投足を注目されている本人達はというと、表明前から殆ど変わった点はなく、本日は順調に薬草採集をこなしていた。


 草原からの帰路の途中で、マオが嬉しそうに言う。


「いやー、見ない間に増殖してたねえ。お陰でストレス解消のいい運動になったよ」

「まあ最近は例の件で会議ばかりだったもんな。たまには気分転換に暴れるのも悪くねえや。魔物も潰しておかねえと危険だしな」


 マオの言葉に、ユーマも強く頷いた。彼の言うように″スローライフ″はギルドで行われる会議に頻繁に呼ばれており、こうして依頼に出向くのは久々だ。本業を忘れて会議漬けになるのも本末転倒な話ではあるが、三人の立場上、仕方ないことでもある。


 ここで一部の読者は、上述の数字が誤植だと思うかもしれない。だが、三人と記したのは紛れもなく正解だ。

 つまり新たな人員が実質的に加わったのだ。


 マオは、その追加メンバーに振り返る。


「それで? キミは一体いつまでボクらと行動を共にするのかな?」

「魔王殿ともあろう貴女が、随分とトゲのある言い方をなされるのですわね。私は単にお二人と親睦を深めたいだけで、勇者殿に手を出すつもりは毛頭ございません。どうぞお二人で存分にイチャコラしてくださいまし」

「へえ、それはボクのユーくんが格好悪いって言いたいのかい? 上等だ、表に出なよ」

「落ち着け。ここは既に表だ。あと俺はお前の所有物にされた覚えはない」


 焦るユーマを尻目にマオと火花を散らしているのは、他でもない、金髪縦ロールでお馴染みのレベーリアだ。


 本来はハレムライヒ帝国に籍を置くレベーリアがわざわざこの辺境の村での長期滞在を決定し、あまつさえ下宿先にマオ達の家を指定した理由は、本人の言うように親睦を深めるというよりも帝国政府の意向が大きい。

 即ち、世界平和への協力的な姿勢を強調することで、やがて訪れるだろう新たな国際社会での発言力や影響力の確保を目論んでいるのだ。

 因みに他の大陸諸国もまた同様の結論を出しており、各国の名の知れた冒険者が密命を帯びてこの村に向かっている途中である。


 無論、政治に疎いユーマは兎も角、マオは既に大陸諸国の動きと背後に潜む面倒事の気配を察知している。

 先程の、彼女にしては珍しいトゲのある発言は、そんな理由で逢い引きを邪魔されて堪るか、と疎んじてのことだった。

 しかし、そういった面を除いてプライベートの付き合いのみで考慮すると、マオとレベーリアは中々どうして馬が合った。


 その発端は、美女二人に挟まれて世の男性陣から嫉妬の的にされているユーマにあった。


▼life.27 火花▼


「俺は先に寝るぜ。明日もランニングがあるし、早めに寝て備えないとな」

「おやすみー」

「良い夢を」


 そう言いながらユーマが寝室に消えたことを確認して、リビングに残された女性陣は早速、緊急秘密会議を開催する。

 議題は勿論、彼に手を出させる方法だ。

 つまりマオは遂に痺れを切らし、どうにかしてあの朴念仁と既成事実を作ろうと企んでいるのだ。そして、相談相手に選ばれたのがホームステイ中のレベーリアだった。


 一方、レベーリアには恋愛が分からない。近寄りがたい雰囲気と立場を持つ彼女は、パーティーなどでたまに異性に声をかけられることはあっても、自分から異性に恋心を抱いた経験はまだない。

 それはそれとして、かの魔王が朴念仁を振り向かせようと知恵を絞る姿は新鮮で面白く、恋愛経験がないからと辞退するのはあまりに惜しい。


 かくして、彼が眠った後に毎晩行われる秘密会議を経て、レベーリアは目的通りに親睦を深めたのだった。


「ハレムライヒの最近のトレンドは逆バニーなのですわ。それで迫ればどんな堅物も途端にケダモノになると小耳に挟んだことがありますわ」

「成る程、コスプレか。一理あるね」

「もしくは敢えて露出を減らす方向で、皇国から着物を取り寄せてみてはいかがでしょう? 悪代官プレイなるものが流行と聞きましたわ」

「それは初耳だ。勉強になるなあ」


 レベーリアはドヤ顔を披露するが、教えていることはデタラメである。


「それらを試してみて駄目なら……夜這いを仕掛けるしかありませんわね」

「うーん、無理矢理は流石に嫌だな。きちんと初夜を迎えたいというか、ボクはユーくんにも気持ちよくなって欲しいというか」


 交際もプロポーズも婚姻もすっ飛ばして議論している時点で、マオも大概おかしいのだが。

 尤も、真におかしいのは、こんな絶世の美女に誘惑されても陥落しないユーマのメンタルの耐久性だろう。


 レベーリアは、呆れたように口を開く。


「そんな悠長なことを言ってられる場合ではありませんわよ? ユーマさんは実直で努力家ですし、顔も悪くありません。それにマオさんに劣るとはいえ相応の知名度もありますから、泥棒猫がすり寄ってこないとも限りませんわ」

「そういえば各国から有名な女冒険者達が向かってるらしいね。会議に参加するんだっけ」


 不思議なことに、国際社会への貢献という建前で送り出された筈のそれらは、揃いも揃って見目麗しい美女美少女達で統一されている。彼女達に与えられた任務が勇者籠絡であることは火を見るよりも明らかだ。


「キミもそのクチだろう? ボクのユーくんに尻と尻尾を振りに来たとばかり思っていたけど」

「あらあら、魔王のお手付きを狙うような不敬の輩がいるとは驚きですわ。世の中には命知らずもいるものですわね」

「本当に愚かだよね。ボクが許す筈もないのにさ」


 談笑の中で、互いに視線を交わした。


「キミらはそうじゃないことを祈っておくよ」

「……胸に刻んでおきましょう」


 散らした火花の意味は、二人だけが知る。

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