life.26 彼らはスローライフができない

「すいませんでした」


 ユーマは、即座に頭を下げた。

 朝のランニング中にレベーリアと偶然知り合ったことからギルドへの案内役を引き受けたことまで、洗いざらい説明する姿は、浮気がバレて言い訳する夫を彷彿とさせる。

 実際はRPGコンビはパーティーこそ組んでいるものの夫婦ではないし、異性を案内したからといって批難される謂れはユーマにはない。それでも迷わず謝罪したのは取り敢えずその場を納めようとする日本人の性か、はたまた社畜時代の名残だろう。


「冗談だよ。別に本気で怒っちゃいないさ。レベーリア嬢を案内しただけで、キミにやましい気持ちはなかったんだろう?」

「勿論ですとも」


 よろしい、とマオは彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。扱いが完全にペットのそれだ。

 そんな二人のやり取りを眺めるウルケルの、「尻に敷かれそう」というコメントに周囲は一様に頷いた。仮に二人が結婚に漕ぎ着いたなら、主導権は魔王が握るだろうことは想像に難しくない。それと高確率で夜も。


「それでマキュリスさんは先程から溜め息ばっかりですけどー。具合でも悪いんですかー?」

「うるせえのだ」


 仲睦まじい様子のマオ達を眺めていたスライムが悔しそうに言った。″アンファング″内で狙撃を担当するマキュリスだ。


「推しの彼氏報告なんてオイラは一生聞きたくなかったのだ。これから何を生き甲斐に暮らせばいいのだ」


 熱心な魔王ファンなだけに、まだショックから立ち直れていないようだ。


「新しい推しを見付ければいいのです。私とか」

「こいつ彼氏ができないからってオイラを弄ぶつもりなのだ!? 薄い本みたいに!」

「おい」

「やめるのだ! 暴力反対なのだ!」


 スライムは液体が常にミニサイズの球体を形成している点が特徴的な魔人であり、ワーウルフのウルケルと比べると彼女の掌に乗れる程に小さい。その為、マキュリスは怒ったウルケルに指で簡単に摘ままれた。


 からかわれた仕返しのつもりか、彼を頭に乗せて、ウルケルは再びマオ達に視線を戻す。

 噂の二人は、再び一階のエントランスに引き返してきたクッコロに案内される形で、階段を上がってる途中だ。二階は市役所を兼ねているが、書類提出はまだ流石に早いだろう。

 つまり彼らが向かう先は三階だ。


「事件発生なのだ?」

「それは分かりません。もしかすれば会議に出席するのかもしれませんよー。最近は国際警察の件でお忙しいですから」


 何れにせよ、″スローライフ″が動くということは、既に事態は解決したに等しい。

 頷き合うウルケルとマキュリスは、自分達もまた周囲から暖かく見守られていることに気付いていなかった。


▼life.26 彼らはスローライフができない▼


 ウルケルの予想通り、ギルド三階の会議室では、上役の面々に″スローライフ″の二人とレベーリアを加えた意見交換会が行われていた。

 その主な議論は、創設を予定されている国際警察についてであり、クッコロの報告では噂を聞いた各地の冒険者達が次々に参加を表明しているらしかった。

 また今回の意見交換会と平行して、七列強の首脳陣もテレビ会談の真っ最中との速報が流れており、「創設は確実じゃろう」とオサデスは自身の見解を示した。


 とはいえ、嬉しいニュースだけではない。物事を新たに始める際には大抵、様々な問題点やデメリットも同時に浮上するし、それらに対しての解決策を導き出さなければならない。

 そしてその数と種類は、物事の規模に比例する。


「先ずは予算をどう調達するかじゃのう。設備を整えるのも人を雇うのも金は必須じゃ。各国がポンと気前よく出してくれりゃあ早いのじゃがな」

「人員の選別も迅速に進めたいところですが、応募者の大半は現役冒険者です。あまり引き抜いてはギルドの活動に支障をきたします」

「構成員の質の低下は避けたいですわね。いっそ専門の教育機関を別に設けましょう」

「どの国に本部を据えるかで揉めそうだよねー」


 無論、解決すべき問題はそれだけではない。


 分かりやすく、これを大陸諸国ではなく一国だけの問題と仮定する。例えばナローシュ王国に新たに警察組織を設けるのだとしよう。

 先ずは警察の組織運用に関する法律と、活動内容を定めた規則が必要になる。組織として当然だ。

 次に、捕らえた犯罪者を裁く基準である刑法および判決を言い渡す刑事裁判所も必須である。

 それから囚人を収容する刑務所も建設しなければならないし、就業訓練など彼らの更生プログラムを一から組み立てる必要性も生じる。


 オツムに自信のない作者ではこの辺りが精一杯だが、恐らくは更に山のように問題点が聳えているだろうし、或いは構想を練っていく間に新たに掘り起こされる可能性も充分にある。


 恐るべきは、これを大陸諸国が足並みを揃えて行わなければならない点だろう。

 従って、どれだけ会議を重ねようとも、現段階では机上の空論に過ぎないのが普通だ。

 ただし抜け道も存在する。


「気が遠くなるのう。先人の偉大さと苦労が身に染みるわい」

「二度も大陸戦争を勃発させたけどね……ふと思ったんだけどさあ」


 皮肉を言いながらも、単純な解決手段があることに気付いたのは、やはりマオであった。


 前提として、国際警察絡みの案件は一から新たに組み立てようと試みるから長い時間を必要としている。そして新設するに至った理由は、300年の間にそれらが廃れてしまったからだ。即ち、それ以前には確かに刑法や警察が存在していたのだ。

 ならばそれらを再活用すればいい。

 現代社会に合わせた細かな調整部分は生じるだろうが、少なくとも自分達で試行錯誤するよりは、過去の文献を漁って手本にした方が遥かに早い。


「かつての戦火で大地もろとも灰に帰されていなければ、その可能性は大いにありますわね」


 マオの提案に、レベーリアが肯定しつつも付け加えた。


「もしくは国立図書館の片隅で埃を被っているかもしれませんわ」

「蔵書リストを送ってもらうように打診してみるかのう。強いて問題を挙げるとすれば、300年前の法を用いることに難色を示す者がおるかもしれん点じゃな。否、確実に出てくるじゃろうて」

「やっぱり出てきますかね?」


 ここでユーマが口を挟んだ。意見を述べたというよりは、脳に浮かんだ疑問がつい出てしまった、というような表情だ。手間を省けるというのにどうして反対派が現れるのか、納得できなかったに違いない。


「あの時代はタブーに近いからね。サタン平和条約を結んで即解決、と誰も彼もが信じたいのさ。だから一部の連中は拒絶反応を示すかもね」

「それじゃあ別の案にするか?」


 まさか、とマオは言い切った。


「押し通すさ。そんな奴らに配慮してばかりだと打てる手も打てないよ」


 それは奇しくも首脳陣が辿り着いた結論と同じものであり、国際警察に関連する法案の復元と調整について、と銘打った七列強合同会見を映した速報や号外が午後の大陸を駆け巡ることとなった。

 無論、オサデスの懸念通りに反対派の議員や団体の抗議も少なくなかったが、犯罪抑制による平和維持という大義名分でそれらの声はやや強引に沈静化されていった。

 或いは合同会見に合わせて″スローライフ″やレベーリアが正式に発表した、国際警察への参加志願の声明も世論に大きな影響を与えたのだろう。


 かくして大陸諸国は、大義の名の下に、300年前の姿を一歩ずつ取り戻そうとしていた。

 それは長く保たれてきた平和の崩壊の予兆に等しいのだが、安堵と熱狂の渦に包まれる民衆は誰も気付かないでいた。また、そうすることで気付かない振りをした。


「推測〉法の違いはどうあれ、過去の遺産の復元に関する前例が一度できてしまった以上、治安維持の名目で再軍備を行うのは容易である。軍備拡張競争に伴い、やがて列強は300年前と同じ選択をするであろうと推測」

「第三次も近いですわね」

「結論〉やはり歴史は繰り返されるものであると結論。彼らはスローライフができない」


 行く末を悟るのは、まだ極一部である

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