life.25 レベーリア

「ふむ、それで朝からランニングに励んでおられたのですか」

「情けないですよね。勇者なんて呼ばれてますけど実際はこんな奴なんですよ、俺」

「強くなりたいと努力するのは立派なことですわ」


 ユーマの休憩も兼ねて、ギルドへの道を歩きながら、二人は談笑する。その中でランニングするに至った理由を彼がすっかり話してしまったのは、レベーリアが話し上手だったという点もあるだろうが、内心を打ち明けることで少しでも負担を減らしたいという無意識の願いの表面化であった。

 立派ですわね、とは彼女の率直な感想だ。

 自分の立場を省みて、それを恥じ、現状を変えようと足掻くのは、一重にユーマの強さのなせる技だ。


「過度に自分を卑下する必要はありませんわ。その決意は勇者の名に恥じませんもの」

「その勇者ってのはやめてくださいよ。俺は人殺しに過ぎません」


 ユーマは自嘲気味に笑った。その横顔からも、彼の中で根強いトラウマと化していることが窺える。


「それでも、犯人を殺さなければ第二第三の犠牲者を出したことは想像に難しくありません。平和維持の為に必要だったと割り切るべきですわ。この私とて現場に居合わせたなら同じ判断を下したことでしょう。こういう風に」


 そう言うと、レベーリアは人目も気にせずに自らのスカートを捲り上げて、太股のベルトに仕込んでいた短剣を手に滑らせる。余計な装飾を削いだシンプルな美しさは、ひたすらに実用性を追求した結果の、機能美だ。

 愛用の一品なのだろうが、貴族令嬢を彷彿とさせる少女が持つには物騒極まりない。


 それをわざわざスカートの中に隠しているということは、彼女は冒険者でも依頼者でもなく、仕込み武器を用いるような別の職業なのだろうか。


 ユーマの視線が、隣を歩く少女を訝しむものに変わった。それに気付いて、レベーリアは頭を横に振って否定する。金髪縦ロールも一緒に揺れた。


「まさかとは思いますが、私を暗殺者の類と勘違いされているのではなくて?」

「……違うんですか?」

「失礼ですわね。こう見えても私は黄金階級の冒険者なのですわ」


 黄金は、冒険者の階級の序列二位であり、最高位にして特殊階級扱いの白金を除けば、一般冒険者が昇格可能な中で事実上の最高階級である。

 驚くユーマに対して、レベーリアは鼻を鳴らした。


「この村を尋ねた理由も、創設されるという国際警察に志願する為。暗殺者なんていう与太話は映画だけにしてくださいまし」

「すいません。スカートの中に隠していたから、つい」

「メインの剣も持っていましたわ。この村に向かう道中、薬草との交戦で大破しただけで」


 レベーリアは、腰の革ベルトを指した。黒のドレスと同色で紛らわしいが、確かに片手剣用らしき細身の鞘が吊り下げられている。本来そこに納まっている筈の中身がないのは、彼女の言うように破損してしまったのだろう。

 主武装の剣を失った状況でも村に辿り着いたことからも、冒険者として相当の技量を有していることが分かる。


「へえ。凄いんですね、レベーリアさんって」

「黄金階級ですもの、薬草ぐらいは片手間ですわ。そして、上から目線のようで失礼ですが、そんなベテランだからこそ勇者殿の行動は間違ってないと言えるのですわ」


 そうですかね、とユーマは近付いてきた冒険者ギルドの建物を見つめながら、肩を竦めた。心が少しだけ軽くなったような気がした。


▼life.25 レベーリア▼


「いらっしゃいませー。って噂の勇者殿じゃないですか。堂々と浮気ですかー?」

「違いますけど」


 いざギルドに入るや否や、相変わらずキャピキャピした受付嬢のウルケルが二人に話しかけた。挨拶もそこそこに、ユーマは隣に立つレベーリアを指した。どこか既視感のある光景だ。

 因みに彼本人は否定しているが、″スローライフ″の活動内容が単なるイチャコラであることは有名な話であり、周囲はマオ達の結婚時期を賭けの対象にすらしている。リア充爆発しろ。


「今回はレベーリアさんを案内したんです。というのも国際警察に志願しに来たそうでして」

「はじめまして。私はレベーリア=フォン=レベルブルクと申します。国際警察が創設されると風の噂を聞き、世界平和の一助となるべく馳せ参じた次第ですわ」

「どうもはじめましてー。受付嬢のウルケルちゃんです。″滅殺妖精グレムリン″殿のお噂はかねがね」

「″滅殺妖精″?」


 物騒な異名に、ユーマは思わずレベーリアに視線を移した。彼だけでなく、電子端末で依頼を眺めていた他の冒険者達も、博物館の貴重な展示品を見るように遠巻きにして眺めている。

 それに気付いて、レベーリアは慣れたように周囲に笑顔をばら蒔く。彼女とて自分の知名度は知っており、雑誌の表紙を飾ったことも少なくない。こういった対応はお手のものだった。


 にわかに大騒ぎとなるミーハーな連中を、二階から降りてきた、「うるさいですよ」という透き通る声が一喝した。

 声の持ち主は、副支部長のクッコロだ。


「レベーリアも愛想を振り撒くのはやめなさい。ここは撮影会場ではありませんよ。まったく、同期として恥ずかしい」

「おやおや、教育番組と称してイヤらしい喘ぎ声を連発しまくった女騎士さんには言われたくありませんわね。あの特徴的な語尾は健在でして?」

「それは関係ないでしょう!? コホン、お久し振りですね、我が親友。今日は国際警察の志願に訪れたと聞きましたが」

「ええ、支部長にお目通りを」


 一触即発かと誰もが慌てたのも束の間、周囲の緊張を尻目にクッコロ達は階段を上がっていく。和気藹々と喋る二人の背を見届けてから、ユーマはようやっと我に返った。


「あの二人、親友だったのか。それにしてもレベーリアさんって凄い冒険者なんだな」

「″滅殺妖精″の異名で呼ばれてますから。というか勇者殿は彼女を知らないんですかー?」

「無知で悪うございました。いいから教えてくださいよ」

「レベーリア=フォン=レベルブルク。黄金階級の一角を担う、帝国随一の剣士だよ。パーティーを組まずにソロで活動していることでも有名かな」


 その問いに答えたのは、ウルケルではなかった。


「二年前の魔物大量発生スタンピードにおいて目覚ましい功績を挙げ、最年少で黄金に到達した天才だ。また帝国有数の名家レベルブルク家の出身で、つまり正真正銘の貴族令嬢でもある。参考になったかい?」

「へえ、そうなん……だ……」

「帰りが遅いから心配して探しにきてみれば、ギルドで油を売っていたとはね」


 振り返った先には、マオが笑顔を浮かべていた。


「ボクという妻がありながら浮気かい?」

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