life.24 予定仕掛けの壊滅
早朝、ユーマは城壁に沿って村の中を走り込んでいた。以前に宣言したように基礎体力を補うことが目的だが、昨日の嫌な光景を振り払う為でもあった。
捕虜となった″AHA″のメンバー達を切り殺した感覚は掌に強く残っており、殺される間際の、連中の涙を浮かべる顔は昨夜の夢にも現れた。
相手は悪人なのだから、と自らの殺人を許すことはできない。
しかし解放すれば第二第三の被害が出てしまうことは確実で、住人達が私刑を加える事態を防ぐには殺すしかなかったのも事実である。
割り切れる心をまだ持たない彼は、マオが起きるよりも前に家を飛び出し、ランニングに汗を流した。何かに夢中になることに救いを求めたのだ。
「……救い、か」
ふと立ち止まり、あの誘いは果たして彼女なりの救済のつもりだったのか、とユーマは思った。言わずもがな、マオの行動である。
バスタオル一枚で異性の前に出たばかりか、それすらも捨て去ろうとするなど、普通は行わない。
思い当たる可能性は、彼にもある。
厳密には、そうであって欲しいという願望だ。
あり得ねえだろ、とユーマは首を振った。
「俺なんか好きになる訳ねえって。あんないい女なんだ。少しからかっただけに決まってんだ。のぼせてんじゃねえよ……」
対等に向き合うと宣言したはいいものの、結局はマオの世話になってばかりのヒモでしかない。申請中のゴルドランカでの功績も、彼自身は断頭台の真似事をしただけだ。
「ただの人殺しだろうが、俺は」
自分に言い聞かせるように、ユーマは再びランニングを再開しようとする。
だが、その前に彼に歩み寄った人影がいた。黒いドレスに身を包んだ、お嬢様を彷彿とさせる金髪縦ロールが特徴的な少女だ。
「すいません。冒険者ギルドへの道を訊ねてもよろしいですか?」
「はあ、構いませんけど」
穏やかな口調と動作からも、少女は名家の出身なのだろう。ユーマは直感したと同時に、どのようにしてお嬢様の代名詞といえる縦ロールを維持しているのかも気になった。
それはさておき、都市の中に大企業のビルが乱立している世界なのだから、彼女は社長令嬢かそれに近い立場かもしれない。
何れにせよ、彼女の服装と雰囲気は、異世界モノに一人は登場する典型的な貴族令嬢のそれとほぼ同じだ。華と品はあるが近寄りがたい。
「そういえば名乗っておりませんでしたわね。失礼致しました。私はレベーリア=フォン=レベルブルクと申しますの。以降、お見知りおきを」
スカートの端を摘まんで、レベーリアと名乗る少女は優雅に一礼した。
同時刻。ムソーシテン連合王国のある城塞都市の一画では虐殺が行われていた。
▼life.24 予定仕掛けの壊滅▼
「むむ? ユーくんの貞操のピンチかな?」
「どうなさいました? 魔王殿」
「なんでもないよ」
案内役を務める現地の冒険者の問いに、「気にしないで」とマオは微笑を浮かべた。同居人や親友に向けるそれではない、単なる愛想笑いだ。それでも、案内役の女性は思わず頬を赤らめる。
単純だな、とは口に出さない彼女の本音だ。
それは案内役に対してだけでなく、現在進行形でマオが蹂躙している相手も含んでの意味だ。
二人が乗り込んだのは、″AHA″が本部を構える、街角に聳える小さな白色のビルである。
外見は不気味なまでに小綺麗だが、悪趣味な看板から察するに、至上主義団体を自称すると同時にある種のカルト宗教の顔も持ち合わせているのかもしれない。
その最上階に設けられた司令室内は暴風雨が過ぎ去った直後のように、人や物は勿論、瓦礫と破片の一切合切までもが床一面にぶちまけられており、つい数分前まで会議が行われていたとは思えない有り様に陥っていた。
マオが魔力の雨を降らせてやった結果である。
「おいおい、化け物でも見るような眼を向けてくれるなよ。お前らはボクの首を狙ってるんだろ? 望み通りに魔王自ら出向いてやったんだからさあ……」
すでに事切れた死体を踏みつけながら、マオは淡々と告げた。
「歓迎が足りないだろ、この愚か者共」
それは、王による死刑宣告に他ならない。
「恐れることはない! 人間に媚を売る裏切り者の魔王を抹殺しろ!」
「人間なんぞ庇うとは愚かなり!」
「大声で喚くな。耳障りだ」
リーダー格らしきエルフの女の号令を皮切りに、残存メンバーが襲い掛かる。奴らの瞳に理性は欠片もなく、憎悪の念を燃やしながら、マオ目掛けて殺到する。
勝算などある筈がない。
追い詰められた″AHA″の面々に残るのは、刺し違えてでも、という狂気のみだ。
ひっ、と悲鳴を漏らす案内役を尻目に、マオは少し後退してから、その両手に黒い魔力を漲らせる。
彼らが手にした武器はどれも冒険者用の刀剣類ばかりであり、調達が安易な点こそメリットだが、近接戦闘でしか本領を発揮しない。よって相手にある程度の距離を保たれれば、途端に意味を成さなくなるのだ。
これが例えばハルトライナー達のように魔法を復元させていたなら相応の脅威だったが、市販の武器で魔力に抗うのは不可能だ。シズミら精鋭部隊を失った今、″AHA″の末路は既に確定している。
「死罪。それがお前達への裁きだ」
放たれた黒い弾丸の豪雨は、瞬く間に彼らを幾つかの肉の細切れにした。リーダー格のエルフの女も、元の顔が判別できない程度には悲惨な死体と化した。
″AHA″の全滅を見届けてから、マオは懐の通信端末を取り出すと、知り合いの番号をコールする。
「奇襲は成功したよ。愚か者共は殺したけど、問題ないよね?」
『無論です。寧ろ魔王殿の手を煩わせてしまい、申し訳なく思っています』
「それがボクの責務だもん。ナダメル首相が気にする必要はないけど、これを機に監視体制を強化して欲しいとは思うかな。各国と足並みを揃えてさ」
電話の相手は、他でもない、ムソーシテン連合王国政府の長たるナダメルだ。
「キミも知ってるでしょ? こいつらみたいな不穏分子はムソーシテンに限った話じゃない。帝国、共和国、連邦、合衆国、それに……。どこも内側に膿を孕んでるってのに見ない振りしてさ」
『お恥ずかしい話です。次回の首脳会議では、国際警察の創設と合わせて協議することを、魔王殿に誓ってお約束します』
「今日中に会議しなよ。テレビや電話でも構わないから。じゃないと被害は広がるよ?」
マオは、電話を切った。一国の首相を相手になんとも不敬な、それこそ国際問題に繋がりかねない態度だが、それに対してナダメルが文句の一つすらも返さない時点で、両者の力関係が露骨に表われている。今頃は大慌てで会談の準備を進めていることだろう。
驚くべきは一個人が首脳直通の電話番号を有している点だが、立場的なものだろう、と案内役の女性冒険者は納得した。そして普段からあのような物言いをされているのだと察して、首脳陣に同情してもいた。
「それじゃ作業も終わったし、ボクは帰るよ。これから用事があるからね」
「後始末はお任せください。それで用事というのは、もしや他に同様の輩が暗躍しているのでしょうか?」
「違うよ。愛しのユーくんを玄関で出迎えるのさ」
「……左様でございましたか」
案内役は叫びたくなった。
リア充爆発しろ。
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