life.23 勇者誕生
村の冒険者ギルドに帰還したマオとユーマを、オサデス自らが入口で出迎えた。彼だけでなく、クッコロら上役達や事情を知った″アンファング″などの気の知れた面々も揃っていて、歓喜の表情で二人を労う。
輪から苦心して抜け出したマオ達は、会議室で今回の顛末を報告した。
「これで報告は以上だよ。捕縛した″AHA″の連中は全て処刑済みさ。机の上に並べた箱が証拠だけど、中身を確認してみるかい?」
「……いえ、大丈夫ですじゃ。魔王殿直々の執行とあれば、我らの検分は必要ありますまい」
「そっかー」
会議室内の中央を陣取る長机の上には、魚用と思しき白い発砲ボックスが15個、綺麗に整列している。マオの言うように、中身を語る必要はないだろう。
オサデスは、「晒しますかな?」と顔を背けながらも言った。
事件解決を大々的に報道するにあたって、犯人の生死には触れなければならない。ならば連中の晒し首の写真も加えた方が情報の確実性は増し、犯罪抑制にも繋がる。
「それは構わないけど」
発砲ボックスを眺めながら、身元は伏せよう、とマオは続けた。
「これで″AHA″の名前を出したら、残りの連中はきっと逃亡するでしょ? だから敢えて身元不明の襲撃犯だと報道して、連中を泳がせておこう」
「これ幸いと第二の襲撃を企みませぬかのう?」
「ボクが連中の本拠地に出向いて皆殺しにするから無問題だね」
マオの返答に、オサデス達の視線の色がなんとなく別のものに変わった。
言葉の意味は理解できる。″AHA″の残存勢力の逃走を阻む為に、身元不明と偽った内容を報道する。そうして油断させておいて一網打尽にするのは、合理的な策である。
マオの声音に、一切の躊躇がない。
それが問題なのだ。
「……承知しました。王政府や報道各社とも相談の上、そのように調整します」
我に返って、クッコロは頷いた。そのまま通信端末を片手に会議室を出ていったことから、今の内容を各所に連絡するのだろう。人身を安心させる為にも、迅速な事件解決の報は急務である。
もしくは、目の前に座る魔王から逃れたかったのかもしれないが。
いち早く準備に動き始めたクッコロを尻目に、「質問してもよろしいですかの?」とオサデスが挙手した。
「なんだい?」
「先程から気になってましたが、何故にお連れのユーマ殿はそのような顔をされているのですか? 既に事件は解決したではありませぬか。もっと喜ばれてもよいじゃろうに」
オサデスは、マオの隣に座るユーマにその視線を移す。
自分の名が話題に出ても尚、彼は能面に塗り固めた顔を俯かせて微動だにしない。太腿の上に揃えた手は微かに震えていて、まるで肉食動物に睨まれた哀れな小動物のようだ。
彼を庇うように、「責めないでやってくれ」とマオは言った。
「事件解決には彼も協力してくれたんだ。震えているのは、今更になって緊張が襲ってきたからさ。こういうのにユーくんはまだ慣れてないからね」
「おお、そういうことじゃったか! ギルドを代表して儂からも礼を言わせてもらおう! 活躍を讃えて、ユーマ殿の昇格も検討せねばのう!」
震えたまま、ユーマは一言も喋れなかった。
▼life.23 勇者誕生▼
『ご覧ください! ゴルドランカを襲った集団は魔王と勇者がコンビを組んだ夢のパーティー、″スローライフ″の手で次々と討たれ──』
ユーマは、リビングでぼんやりとテレビを眺める。画面の中では黒翼を拡げたマオがアクション映画さながらの大立ち回りを演じており、解説役のキャスターも興奮気味に捲し立てている。
チャンネルを変えても似たようなニュース番組や特番ばかりで、彼は顔をしかめる。二、三日の間はどの局もゴルドランカ襲撃事件について取り上げるだろうことは想像に難しくない。
テレビを消して、ユーマはソファに身を投げ出した。軽い衝撃が背を襲っても、彼の憂鬱そうな表情は崩れなかった。
「どうしたんだい? ボクは太陽みたいに笑うキミが好きなんだけど」
背後から、マオが話し掛けた。風呂を上がったばかりなのか、バスタオルを巻いただけの、しなやかで程よく鍛えられた魅惑のボディを惜しげもなく晒している。
世の男連中が喜び勇んで飛び付くだろう絶景が広がっているというのに、一瞥しても彼は黙ったままである。
やがて、ユーマは不意に口を開く。
「勇者だってよ」
報道各社はマオの要請通りにニュース番組や紙面を構成し、″AHA″の関与を徹底的に隠蔽したばかりか、マオだけでなくその相棒も活躍したと強調し、ユーマの勇気ある行動を讃えている。
また演出目的か、報道陣は彼に″勇者″の異名を与え、魔王マオと共に平和を守る双璧なのだとアピールした。
勇者ユーマの誕生だ。
「……ただの人殺しなんだよ、俺は」
ユーマは、淡々と言った。
「捕まって抵抗もできないのに、あいつらの首を切り落とした。俺が、この剣で」
どのような理屈を並び立てたところで、事実は曲がれど変わらない。
「ははあ。それで午後の対策会議のときも、夕食を食べている間も、そうやって悩んでたのかい?」
「悪いかよ!? 俺は善良な一般人で、これまで人を殺したことなんて無かったんだよ!! それなのにっ!! 俺は殺した!! 俺が……殺した……」
室内にこだまする怒号に、マオは肩を竦めた。
ユーマが処刑に加わった理由は遂にマオの頼みを断り切れなかったからで、彼女一人に重荷を背負わせまいとする覚悟の結果でもある。決して自分から好んで殺人を犯した訳でないことは、マオが誰よりも知っていた。
「……優しいね」
マオはユーマの首に白い腕を回すと、背に顔を埋める。シャンプーの清潔な香りが彼の鼻を擽った。
一瞬、動揺したものの、ユーマは騒がなかった。
これでも以前の彼女の言葉通りに甘えているつもりなのか、それとも精神を磨り減らして騒ぐ気力すらも残されてないのか。
されるがままに、彼はマオの立つ後ろへと身体ごと向き直った。
バスタオル越しの豊満なメロンが、ユーマの視界の殆どを埋め尽くす。
「試してみるかい?」
妖艶な笑みを浮かべながら、バスタオルの結び目に指を掛けるマオ。あと指先にほんの少しの力を加えただけで、美しい裸体が露になるだろう。
意外かもしれないが、彼女はユーマと肉体関係を結ぶことは吝かではないし、寧ろいつかは行為に及ぶだろうと予想すらしていた。今回のお誘いも、本人にとっては早いか遅いかの違いでしかない。
対して、ユーマの顔色は相変わらず悪く、憂鬱そのものを体現していた。そうでなくとも根本的に奥手で純情な性格故に情事を躊躇しただろう。
ユーマは、深い溜め息の後に口を開く。
「……励ましのつもりでも、そんな真似はやめてくれ。俺は大人しく寝るよ」
そうして彼が一人で寝室に消えていったのを見届けてから、マオはソファに腰を下ろし、唸り声を溢す。
なまじっか自分のスタイルに自信があっただけに誘いを断られたのは悔しいが、かといって無理矢理に及ぶのも憚れる。それでは折角築いた信頼関係が水泡に帰してしまう。
焦ることはない、とマオはテレビを点けた。
やはりキャスター達は魔王と勇者の活躍を過剰なまでに誉めちぎり、悪は栄えないことを声高に主張している。無意識に自分達もそうである可能性を排除している辺り、彼らの姿は滑稽である。
「やっぱクソだね、この世界は」
マオは忌々しげに吐き捨てて、テレビもリビングの灯りも消した。それからユーマの後を追ってベッドに潜り込むと、声を押し殺して泣く彼を正面からそっと抱き締めた。いつしか彼は、赤子のようにマオにすがり付いて泣いた。
マオの表情は、彼には見えない。
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