life.22 正義の対価
これは本人達や極一部しか知らないことだが、貨物船ダウナリア号の乗組員として登録されている20人は、その全員が″AHA″から送り込まれた実行部隊である。
20人規模の部隊は、魔王の首を狙うには些か物足りないが、ゴルドランカへの潜伏を阻まれても尚、彼らは作戦の成功を疑っていない。
何故なら、ダウナリア号に積まれたコンテナ群には武器類が満載されているからだ。
オークやオーガなど多種多様且つ力自慢の面々が大半を占める冒険者も、素手での活動は無謀とされており、各々がこれと見込んだ武器を手にして魔物に挑むのが普通だ。
従って、凶悪な魔物とそれを討伐する冒険者達の中間には武器を売買する商人が必ず挟まっているのだが、彼らの取引相手は何も冒険者のみとは限らない。民間人向けの護身用の武器類を扱っている都合上、名前や身分を偽っての購入は充分に可能である。
これは貨物船への乗組員登録や積み荷の偽装も同様で、平和ボケが進むと共に厳格な確認制度すらも失ったことの証拠だろう。
そうしてかき集めた武器達の結晶ともいえる巨大コンテナを窓から眺めると、実行部隊を率いるダークエルフのシズミは、その次に操舵室内に集結させた隊員達を見回す。
組織の中でも元冒険者の経歴を持つ腕利きのみで構成された今回の実行部隊は、個々の高い実力と豊富な武装に反して、平均年齢が二十代後半と著しく低い。
作戦成功の為にも、戦意高揚と維持は必須だ。
「人間は劣等種族である。その証拠に人間共は角も翼も尾も生やしていない。そんな劣等種を魔人と定義することは、魔人という種族への侮蔑であり誇りを汚す愚かな行為である! 人間とは家畜だ! ただ魔人に使役され、凌辱され、無様に虐殺されるだけの存在なのだ! にも関わらず魔王は人間と手を結んだ!」
隊員達が醸し出す熱狂の渦の中で、彼女はますます怒号のような演説を加速させていく。
「同胞の眼を覚まさせる為にも必ずや魔王マオの首を取り──なんだ、あれは?」
ふと鳥に似た巨大な黒翼の羽ばたきが窓の外を過り、シズミは演説を打ち切って首を傾げる。最初はハーピィの冒険者が偵察に訪れたのだろうかと思ったが、それにしてはあまりにも翼が大きい。
慌てて操舵室から上甲板へと飛び出した″AHA″実行部隊を出迎えたのは、一対の黒翼を拡げたままコンテナの縁に腰掛けるマオだ。
「やっほー。過去から何も学ばない、大声で叫ぶだけの愚か者共」
「……魔王マオ。もうゴルドランカに現れたか」
「自分達から顔を見せてくれたお陰で捜索の手間が省けたよ。一応最後に訊いておくけど、降伏するつもりはあるかな?」
「人間に利用される売女が戯れ言をっ! このシズミが貴様を冥土に送ってやる!」
「あっそ」
貼り付けた笑みを消し去り、「じゃあ死ね」とマオは右手に黒い靄の塊を形成し、甲板目掛けて放り投げた。
瞬間、甲板の残骸や爆発音と共に、彼女達は全員揃って海へと叩きつけられた。
「なんだ、今の爆発音は!?」
「ダウナリア号からだ!」
「おい、空に誰か浮かんでるぞ! あれは……間違いねえ、魔王様だ!」
「魔王様が助けに来てくれたんだ!!」
甲板部分を粉砕され、無惨な姿となったダウナリア号を尻目に、天に佇むマオの姿を指して、住民達が口々にその名を叫ぶ。
そんな歓喜の声を無視して、マオは眼下に広がる海を睨み、舌打ちした。
「しぶといなあ」
コンテナもろとも海の藻屑に化した筈だが、どうやら連中は生き残っていたらしく、ある者は木片にしがみついて海を漂い、またシズミを筆頭に幾人かが港を目指して泳いでいるのが見えた。
これで大人しく命乞いするのなら兎も角、魔王襲撃を目論む奴らの口からそのような言葉が出てくるとは、マオには思えない。下手をすれば、人質を取ってでも抵抗を続けるかもしれない。
魔王に、情けはない。
先ずは海を漂っていた連中の頭を黒い靄の刃で撥ね飛ばすと、即座に背の黒翼を展開し、逃げるシズミ達を高速で追跡する。
「はい、確保。準備も覚悟も足りなかったね」
剛腕を模した靄が、港に辿り着くよりも先に、彼女達を呆気なく捕らえた。
ブルーボーイが、「やったぞ!」と叫んだ。少し遅れて監視に協力していたゴルドランカの冒険者達や住民、果ては事態を見守っていたドライバー達に至るまでが、喜びを弾けさせる。
「ざまあみろ連合王国!」
「そのまま海に捨ててやれ! 町を荒らした報いを受けさせるんだ!」
「そうだ! 奴らは危険な犯罪者だ! ぶっ殺して後々の憂いを絶つべきだ!」
だが、その中には過激な声も少なからず含まれていた。
ユーマは周囲の熱気から逃れるように、シズミ達を抱えて降り立つマオの元へと駆け寄った。彼の双眸は、今は殺すべきではないと訴えている。
″AHA″の危険性や今回の一件を踏まえれば、死罪とはいかずとも重罪は免れない。しかしそれは彼女達の身柄を引き渡した後で、ムソーシテン連合王国内での裁判によって決められるべきだ。
そんなユーマの、未だ現代日本人染みた感性を断ち切るかのように、マオは冷たく告げる。
「悪人を裁く法はないよ」
「は?」
「300年の間に警察も軍も監獄も廃れた理由は、明確な犯罪行為が起きなかったからさ。ならば刑法や刑事裁判も姿を消したと考えるのが自然だと思わないかい?」
極論、この場で住民達による私刑が加えられ、結果的にシズミ達が死亡しても、暴行や傷害、殺人の罪には問われない。刑法が存在しないからだ。
どうすんだよ、と呟くユーマの表情は苦悩に満ちていた。
相手が悪質な犯罪者とはいえ、このままなぶり殺しにされるのを黙って見ている訳にはいかない。かといって彼女らを裁く法もなく、ムソーシテンに引き渡しても意味を成さない。無論、解放するのは最大の悪手だ。
そんな彼にそっと歩み寄るマオの横顔は、背の翼と相まって天使のように美しく、その一方で取引に誘う悪魔に似ている。
「ボクが殺すよ」彼女は、優しく囁いた。「その方が余計な軋轢を生じさせずに済むよね」
「駄目だろ、そんなっ!?」
「でも誰かがやらないとさ。悲しいけど、このままサヨナラって解放できないのは分かるでしょ? 悪の芽は摘むべきだよ」
思わず声を荒げるユーマに、「ボクは今代の魔王だから」とマオは言い聞かせるように続けた。立場と力、何よりも大義名分を兼ね備える者がシズミ達を殺すしかこの場を収める手段はない。そして該当する者は一人しか存在しない。
現実的な提案だが、それでも彼は頭を振った。その息は荒く、マオが人殺しとなる事実を必死に塞き止めているようだった。
「仕方無いなあ。もう一つの方法があるけど、そっちに変えようか?」
「……どんな方法だよ」
マオは、ユーマが腰から吊り下げているスゴイカリバーを指して、口を開く。
「キミも殺してよ」
ボクと一緒に奴らを殺そう、とマオは言った。
「どこまでも付き合ってくれるんだよね?」
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