life.21 ゴルドランカ

 港町ゴルドランカは、主に交易を生業に発展を遂げてきた町だ。ソレーユ海峡を挟んで向かい合うムソーシテン連合王国とは古くから独自の親交を結び、貨物船や定期船が両者の間を盛んに行き来している。

 魔物は、陸上にしか生息していない。

 必然的に町の半分しか城塞で覆われておらず、海峡に面した方角は、他の都市では味わえない解放感に溢れているのが特徴だ。

 この町の特産品といえばムソーシテンから届けられる産地直送の新鮮な魚介類であり、青い絶景と合わせてナローシュ王国屈指の観光名所の一つとして広く親しまれている。


 そんな平穏そのもののゴルドランカに未曾有の急報が飛び込んできたのは、約一時間前のことだった。

 冒険者ギルドの支部長を務める老オーク、ブルーボーイの寝起きの頭を、王政府からの緊急通信が叩き起こした。また同様に古い友人のオサデスからも連絡が入った。


 二件の内容はどちらも、良い報せと悪い報せを同時に含んでいた。


 後者は言わずもがな、″AHA″の蜂起である。ムソーシテンが抱える膿が侵入してくる可能性が高いことを伝えられ、ブルーボーイは思わず天を仰いだ。先日の国際中継で長かった平和の崩壊を感じてはいたものの、巻き込まれることはないだろうと心の片隅で高を括っていたのだ。

 今からでも関所を設けるか、と考えを巡らせるも、町を往来する船やトラックの総数に対して人員がまるで足りていない。侵入を目論んでいるであろう″AHA″メンバーのリストを渡されたところで、それをチェックする体勢がなければザルと同義だ。


 もう駄目か。

 諦めかけたブルーボーイだが、しかし彼には天運が残っていた。それが前者だ。


「やあやあ、お出迎えありがとう。知っているとは思うけど、魔王のマオだよ。どうぞよろしく」

「えっと、はじめまして。相棒のユーマです」

「お初にお目にかかりやす。あっしは支部長を務めるブルーボーイと申しやす。お二方のご協力には、町を代表してお礼申し上げやすぜ」


 魔王と勇者の参戦である。


「お礼を言うのは早いかな。先ずはゴミの大掃除をしないとね」


▼life.21 ゴルドランカ▼


 挨拶もそこそこに、三人はゴルドランカ支部の会議室で対策を練る。ナダメル首相の連絡を受けてから一時間が経過した今、ムソーシテンを出港した船は既にゴルドランカに到着している計算だ。


「もう町に隠れてるんじゃないか?」


 ユーマの意見に、それはあり得ませぬ、とブルーボーイは豚鼻をフゴフゴと鳴らしながら言った。何故なら連絡を受けた彼は副支部長に命じて、船の種類を問わず、今日中に着港した全ての船において乗員乗客の下船禁止を通達したからだ。

 そして輸送トラックも念を入れて同様の措置を施しており、魚市場に隣接された駐車場ではトラックの海が掃けないまま、一台として町を出ていくことはない。


「手の空いていた冒険者達や市民にも監視を協力してもらったお陰です。″AHA″のメンバーが未だ船内に留まっていることは明らかですぜ」

「流石の手腕だね。それじゃあ後はメンバーを虱潰しに探すだけだ」

「ですが連中は間違いなく抵抗しやす。市民をも危険に巻き込むことは、街を預かる支部長として指示できやせん。恥ずかしながら、あっし達は監視だけで手一杯なのが現状でさあ」


 さりとて早期発見が叶わなければ、動きを制限されているドライバーや船の乗員乗客は口々に不満を言うだろう。或いは制止を振り切っても町を出ようとする者も現れるかもしれない。

 ″AHA″の異様な静けさは、その混乱に乗じて騒動を起こす算段の表れだ。


「ボクらが探そう。ムソーシテンからの船は?」

「港にご案内しやす」


 ブルーボーイに先導されて、マオ達はゴルドランカが誇る国内最大規模の交易港へと到着した。道中、ドライバー達や監視にあたっている面々から向けられる好奇の視線は、ユーマが盾となって塞き止めた。


「この四隻ですか」


 敢えて大きめの声で、ユーマが訊ねた。その視界に並ぶのは左から順に、コンテナを山と積んだ貨物船が二隻、ムソーシテンからの定期船、観光客向けの遊覧船だ。

 定期船は兎も角、二人で貨物船を捜索するとなると中々の骨である。積み荷を偽って武器を隠している可能性も捨てきれないのだから尚更だ。かといって手をこまねいている訳にもいかない。


 最初に選んだ定期船は、骨折り損に終わった。


 定期船から出てきた二人の顔は目に見えて落胆しており、体力に欠けるユーマに至ってはうんともすんとも反応しない有り様だ。

 それはこの船が空振りであったことよりも、それより何倍も巨大な貨物船が、しかも二隻も鎮座していることに対しての絶望の方が大きい。


「……これ、確認するのか?」


 日が暮れるぞ、とユーマは顔を覆った。

 定期船だけでも相応の時間を潰す羽目になったというのに、二隻の大型貨物船を調べ終える頃には時計は夜中を指しているだろう。それまでに″AHA″のメンバーを見つけ出す自信もなければ、探す根気も足りない。


「何とか別の手を考えないと無理だぜ」

「考えたよ!」

「やけに早いな!?」

「今話の文字数は約2000文字しかないからね。展開を急がないと。それで肝心のアイデアについてなんだけど」


 自身の顔を指して、マオは言った。


「ボクが囮になることさ」

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