life.20 魔力・魔法・魔物

▼life.20 魔力・魔法・魔物▼


「すげえな、村がもう小さくなっちまった!」

「お気に召したかい?」

「最高だ!」


 超高速で流れていく雲と森と村に別れを告げて、マオはユーマを抱えて青空を飛翔する。拉致同然に連れてこられたユーマも、当初こそ鳥になったかのような光景に驚いていたものの、慣れた今では人間では決して味わえない景色を堪能するだけの余裕があった。


 それには、二人をすっぽりと包み込んだ黒い靄の存在が大きい。

 この黒い靄がマオの背の翼だけでなく、彼らを包む球体をも形成し、マオとユーマを空気抵抗から守るシェルターの役割を果たしているのだ。


「そういえば、この黒い靄の正体ってなんだよ? どんな材質と原理で空を飛んだり剣になったりしてるんだ?」


 ユーマの問いに、魔力だよ、とマオは答えた。


「魔力? RPGとかでよくある、魔法使いが魔法を発動するのに使う魔力か?」

「そうだよ。魔力はボクだけの特別な力じゃなくて、魔人なら誰もが持ってる、具現化可能な生命エネルギーのことさ。個人差によって保有量の大小はあるけどね」


 彼女曰く、そもそも魔人達は皆、多かれ少なかれ魔力を体内に宿しており、かつて人々は重い物を持ち上げたり空を自在に飛翔したりと各々の生活の補助に用いていたらしい。

 また魔力を利用する技術として魔法が盛んに研究開発され、それらを正しく扱えばより良い時代が訪れる筈だったとマオは続けて説明する。


「けれども魔法は軍事技術にも転用された。だから300年前の第二次大陸戦争を契機に魔法も魔力も闇に葬られ、やがて魔人達はその存在すら忘れてしまったとさ」


 愚かだね、と自嘲する彼女の眼差しは、恐ろしく冷たいものだ。


「それはさておき、魔王の力の正体は、魔力に対する知識が生み出すアドバンテージの差に過ぎないんだ。それから保有魔力量の多さもあるかな」

「まあ今の話を聞くに、自分だけ魔力を使い放題って凄いよな。魔法も使えるのか?」

「歴代魔王は行使できたらしいけど、ボク自身は魔法を使えないよ。そもそも技術自体が既に廃れた後だからね」


 彼女はそう言ったが、厳密には300年の間に魔法技術は廃れていなかった。

 開発に携わった科学者達か、はたまた後世にて覇を唱えようと目論んでの国家規模の陰謀かは不明だが、その衰退を惜しんだ何者かが極秘裏に保全した結果、魔法は長い年月を超えて望まぬ継承を果たしていた。

 しかも300年前と同じようにそれを悪用しようと企む犯罪者の手に渡ったのだから、つくづく魔法と悪意は切ってても切れない関係にあるようだ。


 かつての際限なき暴走の末路が、眼下に鬱蒼と生い茂る大森林や凶悪な魔物の群れであることも、今を生きる魔人達の殆どは知らない。

 マオが視線で指した先には、見覚えのある筋骨粒々の魔物が一体、木々の中を我が物顔で闊歩している。薬草だ。


「魔物は、魔法の実験の副産物だよ」

「……マジかよ」

「魔法の実用化に際して、様々な人体実験が盛んに行われたと聞く。表でも裏でも。被験者の成れの果てが魔物の正体さ」


 だから奴らは人型をしているんだ、とマオは言った。


「詳しいんだな」

「望むと望まざるに拘わらず、ボクは今代の魔王だからね。いざという場合に備えての勉強は欠かさなかった。ギルドの資料室には戦争について記した文献も保管されてるよ。読むのは……軽い気持ちで本を開くのは正直、ボクはオススメしない」


 初の魔法兵器が導入された第一次大陸戦争終結後から始まり、その直後に全土を襲った大陸恐慌、それを発端として再び二大陣営に別れる各国と深まる対立。そして第二次大陸戦争の勃発と加速まで。


 魔王ベリアルの文献には、僅か半世紀にも満たない僅かな年月の間に起こった二度の大戦や、それを許した醜悪極まりない同胞達に関して、写真付きで事細かに記録されている。

 当然ながら説明文と共に貼り付けられた実験の写真の群れも、常人なら目を背けたくなるような代物ばかりで、一切の誤魔化しを許すまいとする魔王ベリアルの確固たる意志と、戦争の愚かしさがダイレクトに伝わってくる内容だ。

 文献を読破してしまった後の、マオを改めて襲った激情は、察するに余りある。


「あの広大な森林も、第二次大陸戦争前は都市として栄えていたらしい。だけど魔法爆撃で焼け野原になって、更に研究所を脱走した魔物達の脅威を防ぐ為に、各都市はより一層の城塞化を選択したんだ」

「そして現在に至るって訳か……平和の有り難みがよく分かるな。三回目の戦争なんざ絶対に起こしちゃならねえ」

「ボクだって戦死するつもりはないよ。キミとスローライフを送りたいからさ」


 ベリアルの命日は第二次大陸戦争の開戦初期であり、魔王サタンの出現日はベリアルの命日と全く同じである。少し時代を遡れば、ベリアルの出現日はその先代の魔王の命日と同じだ。

 まるで尻切れトンボのように、文献が第二次大陸戦争の終戦までを記していない理由は、敢えて語らない。


「だから、ボクは決意したんだ」マオは、唐突に言った。「スローライフを過ごす為の決意を」


「いい女じゃないでしょ?」

「俺はどこまでも付き合うぜ。なんたって最高にいい女からのお誘いだもんな」

「……ありがと」


 マオは、前方の大海原を見据える。

 目標とする港町ゴルドランカは、すぐそこまで迫っていた。

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