life.19 迎撃案

「もっと強くなりたい」

「藪から棒にどうしたんだい?」


 朝の食卓で、ユーマは不意に願望を漏らした。隣に座るマオが首を傾げると、彼は言葉を続ける。


「いや、少しばかり考えたんだ。果たしてこのまま俺はおんぶに抱っこで生きていいのかって。これじゃヒモだよ」

「全面的にボクが面倒見てるからねえ。路上生活の方がよかった?」

「そうじゃねえけど、今度新設される国際警察に俺が入れるのもマオの口添えのお陰なんだろ? 俺の功績じゃねえんだ」


 それが情けなくてな、とユーマは顔をしかめた。

 彼が不自由なく生活しているのは、他ならぬマオのお陰だ。諸々の生活費やらも全てマオの貯金から捻出されており、彼が自分の財布を開けたことは一度もない。まさにヒモである。

 それだけでも申し訳ないというのに、社会的立場までも養われたのでは、いよいよユーマの立つ瀬がない。


 強くなり、功績を挙げようと一念発起したのは、そういった現状を改めて突きつけられたからであり、少しでも彼女に追い付きたいとするユーマの健気な想いの現れだった。


「でもキミは充分に強いよ? ボクがあげたチートアーマーとスゴイカリバーを使えば、どんな敵でもワンパンさ」

「いや、それは意味がないだろ。やっぱりトレーニングなり重ねて努力しないと。チート頼りなんざ地力が磨かれねえからな」

「そっか。ボクに追い付きたいんだね?」

「それだけじゃねえ。前に言った人助けサイクルの話を覚えてるか? お前が周囲を助けて、俺がお前を助けて、俺はいつもお前に助けられてる。助けられてばかりなのは……嫌なんだ」


 やや気恥ずかしそうにしながらも、ユーマは続けた。魔王と対等に向き合える唯一の存在たる、勇者としての意地である。


「今のは忘れろ」

「忘れてもまたキミに一目惚れするだけさ」


 そんな彼の初々しい決意に、マオは嬉しそうに微笑みながら言った。


「一目惚れって、お前……」

「おやおや、お気に召さなかったかい? 例えボクが記憶を失ったとしても、ボクは何度でもキミに惚れる自信があるよ」


 ユーマは赤面しながら、「そんなに喜ぶことかな」と肩を竦めた。そんな言葉をつい口にしてしまう程に、マオは溢れる嬉しさを抑え切れないといった様子で笑顔を浮かべている。

 少しの思案の末に、まあいいや、と彼も一緒になって笑った。少なくとも、彼女が悲しんだり怒っているよりかは、ずっといい。


「トレーニングに付き合うよ」


 やがて笑みを引っ込めたマオが、真剣な表情で言う。


「先ずは早朝のランニングから始めようか。基礎体力は大事だからね」


 中央都市には遠く及ばないとはいえ、辺境の農村にしてはこの村もそれなりの規模を誇る。毎朝、外周を走るだけでもいい運動になりそうだ。

 基礎体力を充分に養った後に、武術の稽古に入る。

 しかし残念ながら、魔物との戦闘を重視する冒険者達に対人格闘の技術はない。よってギルド三階の資料室に置いてある古い文献を漁りながら、二人三脚で学んでいく予定だ。


「ありがとう、マオ。絶対に強くなって、お前と一緒に戦えるようになるから」

「そのときを楽しみにしているよ」


 マオははにかみながら、ふと食卓に視線を戻した。熱々だった筈の味噌汁の湯気はとうに消えていた。


「……冷めちゃったね」


 味噌汁に自我と口があったなら、イチャコラしてないでさっさと食えよ、と文句を言ったに違いない。


 そんなのんびりとした朝とは打って変わって、激動の昼を過ごすことを二人はまだ知らない。


▼life.19 迎撃案▼


 ユーマを自身の相棒のポジションに捩じ込むべくギルドを訪れたマオ達は、到着するなり支部長室へと通された。事前にアポを取らずとも許されるのは彼女の特殊な立場のお陰であるが、それと同時に一大事が発生した場合でもある。

 部屋に入った途端に、「魔王殿」とオサデスが安堵の息を漏らしたことで、何かしらの急変が起こったのだと二人は察した。


「実はつい先程、至急の連絡が寄せられましてな。相談の電話をするところでしたのじゃ」

「連絡? 誰からの?」

「連合王国のナダメル首相ですわい」


 ナダメル首相はムソーシテン連合王国の現首相を務めるベテラン政治家であり、先日の国際中継でも率先して各国との連携を強調していたように、平和を愛する穏健派として広く知られている。

 余談だが、極めて真っ当な主張をするだけで彼が穏健派と見なされるように、ムソーシテンは併合と植民地化を繰り返した歴史的経緯から、その国内に再独立派や要注意団体などの火薬を孕んでいることでも有名だ。


 その辺りの背景を察して、マオはあからさまに嫌そうな顔をした。


「遂に爆発したのか」


 どこのバカが武装蜂起したのさ、とマオは舌打ちする。不機嫌を隠そうともしない態度にオサデスは冷や汗を流しながらも、「″AHA″ですじゃ」と補足する。人間とそれに好意的な者達の排除を頑なに主張している人権団体だった。


「一部メンバーの出国が確認されたと連絡が」


 オサデスの傍らに控えていたクッコロが、ナダメルからの緊急連絡について説明した。国際警察創設の準備もある為、彼女は番組への出演の無期限休止を宣言し、昨日からこの村に留まっている。

 噂では鼻唄すら歌っていたようだが、降って湧いてきた厄介事に頭を抱えたりと、今も喜怒哀楽が忙しいようだ。


「標的はマオ殿かと思われるア……ます」


 キャラ付けの癖は、抜けていないらしい。


「ちょっと警備がザル過ぎだよ。今や国境も検問も実質的に関係ない時代とはいえ、どうして事前にマークしてた連中の出国を許しちゃうかなあ」

「私共に文句を言われても困りますな。それは今後の課題として改善していくべき点です。それよりも対応について会議すべきかと」

「確かにそうだね。八つ当たりみたいに怒っちゃって、ごめんね」

「お気にならさず。連続での賊の襲撃に巻き込まれる魔王殿の心労を思えば、軽いものです」

「そっか、今回の標的もボクか。忙しい連中だね」


 大いなる責務を課せられる魔王には、その為の手段として、大いなる力も同様に約束されている。それを承知で襲撃を仕掛けるならば、対抗し得るだけの力を用意しなければ話にならない。

 先日のハルトライナー達は魔法という禁忌の技術を復元・使用することで対抗策としていたが、そうでなければ単なる愚か者である。


 どちらにせよ早急に叩き潰せば済む話だ。連中が魔法を有しているか否かは、戦えば分かる。

 瞑目の末に、マオは決意した。


「王政府に連絡は?」支部長室の壁に飾られたナローシュ王国の地図を睨んで、マオは訊ねた。地理的に、この国は海峡を挟んでムソーシテンと向かい合っている。


「無論、既に完了しています」


 何か名案でも、とクッコロは続けて質問した。それに対して、「迎え撃つしかないよね」とマオは言った。


「王国北部の港町で連中を迎撃する。ナローシュ国内に潜伏される前に、ボク達が先に仕掛けるんだ」

「現地の冒険者ギルドは兎も角、今からマオ殿が参加しても間に合いますまい。この場は彼らに任せる方がよろしいかと考えますが」

「ボクは魔王だからね。悪から背を向けて逃げる訳にはいかないんだよ。それに」


 黒い靄を天使の翼のように拡げて、魔王マオは不敵に笑う。


「間に合わせるから魔王ボクなのさ」

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