life.18 波状暗躍
ユーマがマオの抱き枕にされて眠っている頃、犯罪組織″プロビデンス″の主要メンバーは帝国首都ハベラスブルクの、とある高級ホテルの一室に集結していた。
その内の一人、戦闘院即籍が魔王討伐に失敗した件の三人組を睨む。
「あかんやん。殿下の命令はきちんと果たさな。お陰で奴さんに警戒されてもうたわ。こら次回の襲撃はやり辛くなるやろな」
「せめて言い訳をさせてもらえますかね」
即籍のトゲを隠さない嫌味に対して、嘯真珠郎が慌てて言い繕った。
前回の襲撃失敗の責任は一騎討ちを希望したハルトライナーにあり、当初の提案通りに三人で戦っていれば任務を達成していた筈だ。そうでなくとも無様に逃げ帰ることはしなかったに違いない。
真珠郎の抗議に、「肯定〉」とクーリオも怒りを含ませて同意した。ただし彼女の場合は、女騎士クッコロの語尾を間違えた彼に同情する必要はない、という本筋からやや外れた類の怒りだが。
「提案〉ハルトライナーの、組織に対する重要性の著しい低下を確認。よって責任を取らせる形での即時処刑を提案」
「待ってくれ、クーリオ!? せめてもう一回ぐらい慈悲をくれよ! 今度は上手くやるから!」
「通達〉これ以上の見苦しい自己弁護は不要であるとハルトライナーに通達。可及的速やかに切腹して全国の″女騎士とあそぼ″ファンに詫びろカス」
「駄目だコイツ、俺を殺すつもり満々だ! 早く助けてくれ、真珠郎えもん!」
「……フッ」
「鼻で笑われた!?」
あーだこーだとコントを繰り広げる三人を見かねて、「落ち着けや」と即籍が仲裁に入った。実際、指導者であるミコラを前にして実に見苦しい有り様である。
それでも彼らの実力は高く、少なくとも下部組織に所属する寄せ集めの人材とは一線を画していることは事実だ。
このまま使い捨てるつもりは、ミコラにはない。
今はまだ。
「戦闘院の言うように、少し頭を冷やしたまえ」
「……面目次第もありません」
ミコラの取りなしに、真珠郎は頭を下げつつも「ですが」と続けた。
「此度の殿下の判断、私には納得いきません。この騎士バカの性格は殿下もよくご存じの筈。一騎討ちに拘るのは分かっていたことです」
「そうだね。付け加えるなら、敗走の可能性も充分に予想していたよ」
「にも関わらず、ハルトライナーを選抜した理由をお聞かせ願いたい。いえ、魔王討伐のお考えに反対するのではありません。直接的に魔王の首を狙うこと自体が非合理的なのです」
合理性を重視するが故に、真珠郎は今回の襲撃作戦が納得できなかった。平和の象徴たる魔王マオの討伐は、確かに成功すれば秩序崩壊の決定打となるだろう。多少無理をしてでも襲撃を仕掛ける意味は大いにある。
だがマオの実力は侮れるものではなかった。
自分の眼で確認したからこその、真っ正面から襲撃すべきではないという慎重論だ。
「使い捨ての連中には余裕があります。それこそ戦闘院の魔法で作成した肉人形でも構いません。そいつらに爆弾を持たせて特攻させれば魔王討伐など簡単ではありませんか」
「ハルトライナーの剣をへし折ったという例の黒い靄を前に、爆弾が通用するかな?」
「確かに通じないかもしれません。ですが拠点としている村を焼くことはできますし、何より……連れ添っている青年は無傷とはいきますまい。捕えて人質にしてもいい」
警察機構や軍が姿を消して久しい現在、各国の犯罪者への対応は後手に回らざるを得ない。新設されるという国際警察はまだ協議段階に留まっており、実際に犯罪捜査の役割を担い始めるには相応の時間が必要だ。
つまり未だ大陸各国は物と人の流れを塞き止める術を持たないのだ。
無論、簡単な検問は敷くかもしれないが、彼らとてその道のプロフェッショナルではないし、専門的な知識や経験にも欠けている。旅行者を装った実行犯の手荷物に爆発物が紛れていても、機械の部品だと偽ったそれがトラックで運ばれても、担当者の誰も気付かないだろう。
もっと単純に、クーリオの転移魔法で人員も爆弾も送ってしまえば一瞬だ。
或いは直接的な襲撃に限らずとも、村を守る壁を破壊するだけで、後は野生の魔物達に任せるという策もある。これなら人材の消費も抑えることができる。
このようにして爆破作戦を仕掛ければ、王国辺境の村など一日で陥落するのだ。魔法技術の恐ろしさが改めて窺える。
「人質を取れば、魔王も大人しく降るでしょう」
「……仮に青年を切り捨てたら?」
「それはあり得ませんね」
自慢のカイゼル髭を撫でながら、真珠郎は断言した。
「彼女が青年と親しげに話している様子は、多くの者が目撃しています。情報では閨を共にする程の熱い仲であるとか。己の立場を抜きにしても、愛するパートナーを見捨てるような真似はできないかと思います」
なんや珍しいな、と黙って話を聞いていた即籍が口を挟んだ。
「歴代魔王達は揃いも揃って独身を貫いとる。戦場に首を突っ込まなあかん特異な立場故や。伴侶を巻き込むんを恐れたんか、はたまた意図的に避けられたんかは知らんけどな」
「疑問〉例えば先代魔王のサタンなどは、写真にもあるように、慈愛と美貌の魔王として広く認知されている。相手に困らなかった筈であると疑問」
「僕に言うなや。立場的な問題もあるし連中に敬遠されたんちゃうか? 知らんけど。ほんま見る目のないアホばっかや」
「推測〉逆説的に、現魔王マオはその立場的事情を承知の上でパートナーを選んだと推測」
クーリオの推測が、真珠郎の提案を後押しする。
魔王達は好んで独身を貫いたのか、はたまた貫かざるを得なかったのかは不明である。だが仮に後者であるなら、今代たるマオはその背景を既に察している筈だ。それでもパートナーとして選ぶだけの強い想いを寄せているに違いない。
即ち、マオはアキレス腱を自ら作ってしまったに等しい。
「人質にする価値はあるな」
ミコラは、同意する。その脳内では魔王の男の利用価値と、次回の作戦で組織が被るだろう人的損失の計算をとうに終えていた。無論、補充の目処も抜かりない。
「先ずは情報収集を急ぎましょう。そして必要なデータが揃い次第、襲撃作戦を練るのです」
「──残念ながら一足遅いみたいですわよ?」
熱弁を振るう真珠郎にブレーキをかけたのは、今まで発言せずに手元の電子端末を眺めていた、貴族令嬢風の黒いドレスに身を包む少女だ。
勢いを止められて、真珠郎が少女を睨む。
「何故、そう言い切れるのです?」
「私達に先駆けて、他の組織が魔王討伐に動き始めたからですわ」
優雅に金髪縦ロールを揺らして、彼女は部下からの連絡で得た情報について説明する。キナ臭い動きを見せたのは、ムソーシテン連合王国を拠点として活動する人権団体″AHA″だ。
その名が表すように、ムソーシテン連合王国という島国の列強国は、元はかつて覇を競った四国家の連合体であり、その歴史は繰り返された併合や植民地化を抜いては語れない。
よってムソーシテンは、旧国家の再独立を主張する団体や、更に時代を遡って過度な民族対抗意識を唱える時代錯誤な輩を潜在的に抱える、″大陸の火薬庫″と揶揄されるような国である。
″AHA″──″
「連中のやることは支離滅裂なデモばかりで、武装蜂起するような度胸はないと踏んでいたが。誰かに入れ知恵されたのか?」
「指摘〉先の国際中継で世界崩壊の予兆を感じ取ったのではないかと指摘。魔王の首さえ取れば、その後の裏社会で多大な発言権および影響力を獲得できる。あとカスに発言を許した記憶はない喋んな」
「やめて蹴らないで!」
ハルトライナーを足蹴にしながら、クーリオが淡々と指摘した。
「先を越されたか」
「我々も協力を打診しますか? 二組織が手を組めば戦果は見込めると思いますが」
「まさか」
泥舟に乗るつもりはないよ、とミコラはつまらなさそうに呟いた。″AHA″の崩壊が目に見えているからこその反応だ。
尤も、提案をした真珠郎自身も苦笑する。今になって本格的な活動を開始するようなエセ武装組織に最初から期待していないからだ。
「今回はお手並み拝見といくさ」
ミコラの決定に、どちらの、と訊く者は誰もいなかった。
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