life.17 Magnet
ライバードと別れたマオ達は、夕食も風呂も歯磨きも、ユーマの強い希望で開催された久々のゲーム大会も終えて、ベッドに潜り込む。
「悪い、遅くまで付き合わせて」
「構わないよ。他ならぬキミのお誘いなんだ。ボクが断る筈がないだろう?」
「そうか」
いつぞやの夜と違い、今度は最初から互いに向き合っている為に、ユーマにはマオのからかうような、それでいて楽しげな微笑がよく見える。
普段と変わらないマオの美しい笑みとは逆に、彼の浮かべたそれはぎこちなく、まるで無理して顔に張り付けたかのようだった。
「その、面白くなかったかい?」
不安げな問いに、ユーマは慌てて頭を振った。
「そんなことはない。勝てなかったけどお前とのゲーム大会は面白いぞ」
「なら、どうしてキミは辛くて泣きそうな顔をしているのさ」
「俺が?」
「遊んでいるときも、そして今も」
ユーマは、彼女の指摘に驚く。顔に出るという喩えがあるが、胸の内に抱えた薄暗い感情が自分でも気付かない内に顔色に現れていたようだ。
「……そうか。そんなに俺は辛そうか」
「悩み事ならボクに相談してくれたまえよ」
マオは、彼の頬に手を這わせる。「ボクにもキミを支えさせておくれ」そのまま改めて交わしたその視線もまた、悲しげだ。
「勇者が曰く、今代の魔王は自分が知る中で最高にいい女なんだろう? 強さだけじゃないと、あの日に熱く口説いてくれたよね」
口説いてない、とユーマは赤面して言った。あれは自分勝手な一人言を口走ってしまっただけで、本人にとっては忘れて欲しい黒歴史である。少なくとも彼に口説くような意図はなかった。
「知ってるよ。そんなつもりで言ったのではないことぐらい。でも、キミの言葉は凄く嬉しかった。強さだけが取り柄じゃないと否定してくれて、なんだか心が軽くなったんだ」
「あー、やっぱり……重圧とかあるのか?」
「それもあるけどね。ここだけの話、最初は周囲からの嫌悪とか半端じゃなかったよー? 買い物に行ったら石投げられるし、こんな辺境の土地に押し込められるし。将来の戦争を予言されたからって八つ当たりみたいなことされてさー」
「……マジかよ」
「ほんとほんと。その癖、いざとなったら猫も杓子も掌グルグルしやがるんだ。自分勝手だよねー」
ケラケラと笑う一方で、彼女の眼差しが垣間見せる闇は深く、根強い。
戦争根絶と世界平和に向けて尽力する魔王が力なき民衆にとって希望の象徴であることは、今更疑う余地もない。これが仮に戦争当時であれば民衆達は魔王を応援しただろうし、歴代達もそういった暖かい応援を心の支えに励んだかもしれない。
戦争が消えた筈の平和な時代に出現した今代の魔王は、当初どのような扱いを受けたのだろう。
ユーマは質問することができなかった。
「だから今度はボクがユーくんの心を軽くしたいんだ」
疑問を知ってか知らずか、マオは彼の視線を切り捨てるように告げた。
「これも勇者の受け売りだけど、世の中は人助けサイクルらしいね」
わざわざ彼の過去の台詞を持ち出してくる辺り、絶対に有耶無耶で終わらせまいとする確固たる意志が感じられた。
怒涛の攻めに、流石のユーマも遂に根負けして長い溜め息を吐く。
「じゃあ言うけど」
しばらくの逡巡の後に、ユーマは口を開いた。
「どうか遠くに行かないで欲しい」
それは、黒いヘドロのような感情だった。
▼life.17 Magnet▼
ユーマがそのような感情を抱いた発端は、創設されるだろう国際警察の存在にあった。
クッコロが提案したように各地の凄腕冒険者や民間からも人員を集めるだろうが、真っ先に召集されるのは魔王マオの筈だ。それも末端の人員ではなく対犯罪組織の最前線に向かわされる可能性が高い。
「そうなれば、お前はきっと忙しい日々を送る。間違いなく華々しい活躍を遂げるだろうな。下級冒険者の俺を置いて、たった一人で」
「……まあ、そうなるね。あいつらは過去のことなんか覚えてないし」
「それが嫌なんだ。お前に、置いていかれたくない。そんな奴らの為に傷付いて欲しくない」
俺はお前とスローライフを送りたい、と彼は絞り出すように言った。
それがあまりにも醜いエゴであることは知っている。言い換えれば、ユーマは世界平和よりも自分を優先しろと宣っているに等しい。自分勝手極まりない主張だ。
寝室を、沈黙が包んだ。
果たしてどう言葉をかけようか、吐露された彼のエゴに対して黙ったまま、マオは内容を慎重に吟味しているようだった。ただしユーマの見せた独占欲に生理的嫌悪感を覚えたとか、距離を置こうかと考えている訳ではない。
マオの眼差しは、望んだ玩具をやっと与えられた子供のような、長く待ちわびていたものが手に入ったときの歓喜の光に満ちている。
「……マオ?」
「ああ、ごめん。少し考え事をね」
内心を悟らせないように言葉を選んでいたのだが、ユーマは読心術が使えない。故に、彼女が押し黙ってしまったのはドン引きしたのだ、と彼は悲観的に推測した。
「悪い。変なことを言った。忘れてくれ」
「どうしてさ?」
「すこぶる気持ち悪かっただろ。勘違い野郎の妄言だと切り捨てて構わない」
「ボクがキミを切り捨てる筈ないよ」
黙った理由を別の意味で捉えられたと気付いて、マオは強い口調で否定した。
「ユーくんの懸念通り、確かにこのままだとボクは警察組織の重要ポジションを担わされるし、実績に欠ける鋼鉄階級のキミが志願したとしても裏方勤務の可能性が高い。これまで通りに行動を共にすることは難しいかもね」
「……ま、だろうな。俺だって実績なしに前線送りにされるとは思ってねえよ」
「つまりボクがキミを相方に指名すれば解決さ」
職権の乱用を、彼女は平然と口にした。
「自慢じゃないけれども、創設される警察組織の要としてボクの就任は確定している。それも相応に上のポジションだ。キミを隣に連れ去るのも容易いと思わない?」
「……いや、それはそうだけど。魔王が職権乱用していいのかよ」
「権力とハサミは使いようなのさ。相手が上役だろうと世界だろうと、誰にも文句は言わせないよ。さあ、悩み事は解決したかな?」
「あっハイ」
マオの言葉には、一切の躊躇がない。是が非でも推挙を押し通すという決意が、彼を見つめる美しい双眸に宿っていた。
何故、危ない橋を渡ってまで希望を叶えてくれるのか。どうして自分に拘るのか。
質問することができないまま、マオに誘われてユーマは深い眠りへと落ちた。
自分へ向けられる眼差しが、いつしか獲物を捉えた大型肉食獣にも似た貪欲な煌めきを帯びていたことに、まだ初々しさの欠片を残す彼は最後まで気付かなかった。
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