life.16 崩壊の足音
ギルドの施設は村の中心部に聳えている。三階建ての石造りの古めかしい外観は相応の歴史を感じさせ、目の前には小さいながらバス停が設けられるなど、村のシンボルとして扱われていた。尤も、停留所の設置はギルドが市役所の役割も兼ねている都合上でもあった。
即ち、ギルドの一階は冒険者ギルドとして登録や依頼仲介を行い、二階では住民向けの各種相談窓口が開かれているのだ。
マオ達三人が向かった先は、普段なら人が訪れることのない三階の会議室だった。簡素な長机が室内の中央を占拠するその部屋では、マオの報告を受けたギルド上役達が顔を青くして俯いている。今回のハルトライナーの襲撃は完全に想定外だったらしい。
どうやら犯罪者達は是が非でも魔王マオの首を取りたいようだ。襲撃作戦に三人もの人員を割いた点からも、マオを重要視していることが窺える。
「魔王殿には、一時的に避難してもらうかの?」
支部長を務める老ゴブリン、オサデスが辛うじて口にした提案は、妥当ではあるが決して認められないものだった。魔王兼冒険者のマオが犯罪者から逃げたのでは存在意義を自ら否定するようなものだ。意見を出しただけ、他の役員よりマシではあるが。
とはいえ、支部長が率先して提案を行う姿勢は議論の活性化を促した。オサデス同様にやや消極的な意見もあったが、多く飛び交った主張は積極的な犯罪組織の取り締まりだ。各国の冒険者ギルドと連携し、大規模犯罪を未然に防ぐべきとの意見が大半を占めた。
ポーション対策会議では平和ボケした情けない姿を見せたものの、腐っても元ベテラン冒険者の集まりではあるようだ。
やがて一人の役員が挙手し、オサデスに促される形で口を開く。漆黒のプレートアーマーが特徴的な銀髪の女騎士だ。
「結論から申し上げますと、やはり各国支部の連携が欠かせないでしょう。いえ、これはもう冒険者ギルドの手に余る事態です」
「じゃが、警察や軍が廃れてから300年経った。犯罪捜査のノウハウなど今の我々にはないぞ」
「ならば再建すればよろしい」
オサデスの弱音に対して、女騎士は毅然とした態度で言い切った。
「諸国の冒険者ギルドは勿論、民間からも志願者を募り、国際的な警察機構を創設すべきです。さすれば犯罪者共の暗躍にも、各国が足並みを揃えて対応可能となりましょう」
魔法を有する犯罪者達に対してどれ程の抑止力を発揮するかは不明だが、現実的な問題として、連中に対抗できるのは冒険者しかないだろう。だが捜査技術の欠落と各国の連携不足が足枷と化している格好だ。
国際警察案は、そういった課題の一挙解決を図るにあたって、まさに画期的な提案だった。
「素晴らしい案だと思うよ」マオが拍手と共に後押しするが、その最前線に立つ身からしても、自分の負担を減らせる点で魅力的な案である。
「キミの名前は? 前回のポーション対策会議にも出席していなかった……というかボクらって恐らく初対面だよね」
マオの問いに、女騎士は深々と頭を下げた。凛々しく厳しそうな第一印象に違わず、礼儀正しい性格らしい。
「私は副支部長のクッコロと申します。テレビ番組の収録の為に村を留守にすることが殆どで……これまで挨拶にも行けず、申し訳ありません」
「なんだよ、マオは知らねえのか? ″女騎士とあそぼ″でお馴染みの女騎士クッコロだよ。ほら、あの汚い声で有名な」
ライバードの補足に、そういえば例の襲撃者トリオも騒いでことをマオは思い出した。
なんでも朝の教育番組で『アヘェ♡』だの『おんおんおん♡』だの連呼しているとか。副支部長なら仕事を選んで欲しいものである。
「……大変だね」
「慣れました」
力強いサムズアップを浮かべるクッコロだが、目尻にうっすら涙を浮かべる姿はいっそ哀愁すら漂っている。大方、最初は一発限りのお遊びネタだったのが思いがけず好評になってしまい、引っ込みがつかなくなったのだろう。そうでなければただの女騎士だ。
それ故に嫁の貰い手もなく、婚期を気にしていることはギルド内でも公然の秘密である。
「ゴホン。それはそれとして、国際警察の発足は急務と考えます。対応が遅れれば後手に回ることは必定。被害拡大を防ぐ為にも、首脳陣と迅速に協議しなければなりますまい」
「お主、やけに気合いが入っておるのう」
咳払いからも察するに、クッコロは話の誤魔化し方が下手らしい。口を挟んだオサデスに絶対零度の視線を向けて黙らせる辺り、このまま理屈の束と勢いで押し通す魂胆のようだ。
個人の事情はどうあれ、彼女の提案に反対する者は誰もいなかった。
オサデスは、室内を見渡してから強く頷いた。
「承知した。王国政府にお主の意見を伝えよう。無下にされることはなかろうて。彼奴らの対応には列強の首脳部も頭を悩ませておると聞く。これ幸いとばかりに飛び付くじゃろう」
「なんならボクの名前を出しても構わないよ、オサデス支部長。きっと賛成される筈さ」
ライバードは、隣に座るユーマにそっと耳打ちする。
「300年振りの復活だってよ」
眼を輝かせているのは、運転手として志願する道を既に考えているからだろう。警察組織の発足には、直接的な戦力だけでなく、裏方の人材も欠かせない。
だが、ユーマは言葉を返すことも相槌を打つこともせずに、上役達に混じって具体的な提出案を話し合うマオの横顔をじっと見つめる。
その胸には、スローライフだけでなく彼女自身が遠い存在になってしまうような感覚に一抹の寂しさと不安、そしてヘドロのような醜い感情を抱え始めていた。
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