life.15 挨拶
「それでは質問タイムといこうか」
マオの眼下には、黒い靄の刃を突きつけられたハルトライナーが残念そうに項垂れている。どうあっても逃げ出せそうにないと観念したらしい。
「……貴女も魔王に名を連ねる一人なら、力ずくで口を割らせる方が早いと思うが?」
「先代達なら兎も角、ボクは拷問とかしたくないからさ。大人しくキミの目的と魔法の入手経路、あと他に仲間がいるならそれも洗いざらい吐いてくれたまえよ」
「素直に応じる筈がないだろ」
彼は頭を振った。自力での脱出は諦めたが、流石に仲間を売り渡す真似はしないようだ。
無論、一筋縄では行かないことは彼女も承知済みである。それはそれとして情報を吐いてもらわなければ困るのだ。
「そうなると質問じゃなくて拷問コースにするしかないんだけど……うーん、恥ずかしながらボクは未経験でね。加減が分からないや」
「恥じることはないだろう。誰にも何事にも初体験はあるからな」
「随分と余裕だね」
仲間が隠れているのか、とマオは直感した。拘束は緩めずに油断なく周辺を見渡す。しかし魔王の索敵も、既にハルトライナー達が復元・実用化に成功しているだろう各種魔法を前にして、意味のある行為とは言い難い。
それを証明するように、視線を外した瞬間に複数の気配が出現した。
振り返ると、ハルトライナーの傍らに、タンクトップを着た筋骨粒々な大男と白衣眼鏡少女のアンバランスな二人組が立っていた。
マオは、驚きを隠せない。今度は敢えて間合いに入れたのでなければ、そもそも突入された感覚すらもなく、唐突に間合いの中に現れたのだから。
とはいえ、動揺したのは一瞬だ。
そのまま何事もなかったかのように彼を回収しようとする二人に向かって、「待ちなよ」と彼女は素早く靄の刃をしならせる。それがやはり無意味であることは承知の上だ。
「転移魔法、だよね? まさか既に復元されていたとは驚いたよ。あと騎士くんの身柄をさっさとボクに渡してくれるかな?」
「拒否〉ハルトライナーはこのタイミングで消耗すべき人材ではない。故に魔王の提案を拒否」
淡々とした口調でマオの言葉を切り捨てると、クーリオが手にした杖が輝きを放つ。魔法発動の合図だ。その隣で、「申し訳ないが」とカイゼル髭の大男が笑みを浮かべた。相手を小馬鹿にした笑みだった。
「情報を抜かれても困りますので、今回はこのまま離脱させてもらいます」
「せめて自己紹介しなよ。読者が困るでしょ」
「ナンセンスですな。わざわざ相手に名乗る犯罪者がどこにいるのです。我々は平和の崩壊を願う者、それ以上でもそれ以下でもありませんよ」
「……でも、そこのハルトライナーくんは自己紹介してくれたけど?」
三人の視線を浴びて、ハルトライナーはいっそ清々しい笑顔で言う。
「だって挨拶は大切じゃないか。
反省の欠片も犯罪者の自覚もない呑気な返答に、真珠郎と呼ばれた大男の額にピキリと青筋が浮かんだ。態度には出していないが、心なしかクーリオの眼差しも一段階冷たいものになっている。
魔王との一騎討ちを所望しておきながら一蹴された挙げ句、名前という重要情報を自ら渡していたとなれば、彼らが激怒するのも当然だった。
「……クーリオ、このバカは捨てていきましょう」
「賛成〉ハルトライナーの、組織にとっての必要性の低下を確認。廃棄処分の提案に対して賛成」
「おい待ってくれ! 俺はきちんと挨拶しただけだ! ほら朝の教育番組の女騎士クッコロも『挨拶は大切アヘ』ってよく言ってるじゃないか!」
「指摘〉教育番組″女騎士とあそぼ″の女騎士クッコロがキャラ付け目的で使用している語尾は『アヘ』ではなく『アヘェ♡』だと誤りを指摘。二度と女騎士クッコロについて語るなカス」
「そこまで言う!? やめて蹴らないで!!」
目の前で繰り広げられるコントをしばらく眺めていたマオだったが、やがて思い出したように再び刃を向ける。同時に、コントの最中だった三人組も互いの顔を見合わせた。自分達の状況を忘れていたのだ。
若干の沈黙が流れた後、「おのれ魔王め!」と
「覚えてなさい、この屈辱は忘れませんよ!!」
「転移〉これ以上の会話は時間の無駄である。よって早急に登録済みの指定座標へと転移。早く掴まれカス」
「待ってくれ頭は踏まないで!」
「警告〉女騎士クッコロの語尾すら分からないカスの分際で二度と口を開くなと警告。連れて帰ってやるだけ土下座して感謝しろ」
そうして騒ぎながら何処へと転移していった三人の姿を見届けてから、自分が買い物を口実に出かけている途中であることを思い出して、マオは慌ててスーパーに走った。
▼life.15 挨拶▼
「──という訳で逃げられちゃった。飲み物は買ってきたから許してね♡」
「……いや、そういう問題じゃねえだろ」
「やけに遅いと思ったらコント集団とバトルしてましたって……どうしてそうなった」
また面倒なことになった。帰宅したマオの回想に、ユーマとライバードは同時に天を仰いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます