life.11 帰路
第六中央都市ツイホーン。王都をぐるりと囲むように築かれた主要城塞都市の一つであり、その中でも特に商業と物流の要として国内外に広く名を知られている。
中心部の公園から放射線状に張り巡らされた大通りと、それらに沿って狭そうに整列する近代的な銀色のビルの街並みは、発展著しいことを示すかのように昼の日差しを浴びて誇らしげだ。
高層ビル群は有名な大企業が多く本社を構えた結果である。無論、ユーマとマオが村でお世話になっているスーパーマーケットの本拠地もその一つだ。
壁の中でありながらこれだけの都市を詰め込んだツイホーンの街に対して、「まるで巨大なジオラマだ」とユーマは感嘆の声を漏らした。
「驚いて言葉も出ないかな?」
「まあな。トラックの中でビルの群れを見付けたときはびっくりしたけど、中から眺めると改めて規模の大きさに驚かされたぜ」
社畜時代を思い出して、ユーマが渋い顔をしてしまったのは内緒にしておく。
それはさておき、仕事が残っていると嘆くライバードとは一旦別れて、マオに連れられて飲食店の並ぶエリアを歩くユーマ。こうして眺めてみると、風景もそこを行き交う人々も現代日本と変わらないことが見て取れる。
ただし決定的に異なるのは、人々の種族が多種多様且つファンタジーそのものである点だ。
ワーウルフのビジネスマンが尻尾を揺らして歩いているかと思えば、旅行者らしき二人組のハーピィが腕の翼でビルをあちこち指しては興奮した様子で話している。穏やかな雰囲気の人混みに混じって歩く武装したオーガ達は、二人のように依頼を受けて訪れた冒険者だろう。
同じ光景はあの村でも目にしたが、辺境のそれとは比べ物にならない人口密度と熱気に、彼は思わず気圧された。
「やっぱ都会は違うなー。未だに慣れないや」
「前にも来たことがあるのか?」
「護衛依頼でね。たまに気分転換がてら引き受けるんだ。ライともそれで知り合ったのさ」
「気分転換ね」
確かにこのエリアは華やかだが、基本的にツイホーンはオフィス街だ。ただ都会の雑踏に揉まれるだけじゃ気も休まらないだろうとユーマは思った。
そんな彼の感想を悟ってか、マオは口を開く。
「ツイホーンの特徴は単に大企業のビルの群れだけじゃないよ。この飲食店エリアのように幾つかの区域に別れてるんだ」
「へえ、ビルだけの街かと思ってたが」
「まさか。そこで働く人々がいる以上は息抜きの場もちゃんとあるよ」
マオは、近くの案内板を指した。都市全体を表示した地図を見ると、飲食店エリアの隣には区域一つに匹敵する程の大きさのショッピングモールが聳えている。
「ご飯を食べたら……帰りの護衛にはまだまだ時間があるし、それまで遊ぼっか」
▼life.11 帰路▼
マオに抱き抱えられる形で、遠くに流れていく中央都市の風景を助手席から眺めるユーマ。
ショッピングモールを満喫している間に帰りの護衛依頼の時刻がやってきた二人は、ライバードと合流してツイホーンから村へと向かうトラックの護衛に着いたのだ。
今回の依頼には行きだけでなく帰りの護衛も含まれており、帰り道もこのトラックを守れば晴れて依頼完了となる。
「流石は中央都市ツイホーンだ。本屋から武器屋まで選り取り見取りだったね。今度は是非ともゆっくり見て回りたい。ユーくんもそう思わないかい?」
「その意見には同意だけどよ、俺の頬がアイスで汚れたからって、それをマオが舐めて綺麗にするのはどうかと思うんだ。フードコートのど真ん中だぞ。お陰で注目されちまったじゃねえか」
「連中の好奇と嫉妬の視線なんか無視しなよ。キミはボクだけを見ていればいいんだ」
「だからオレを無視してイチャコラすんじゃねえって何回言わせんだよ!」
二人のイチャコラを見ていられなくなったライバードが、痺れを切らして運転席から野次を入れた。
「ケッ、ここぞとばかりに見せ付けやがる。いっそオレがイチャコラ料を請求しねえとなあ!」
「別に自慢したい訳じゃないんだけど」
困ったように頬を掻くマオだが、大事そうにユーマを抱えながら助手席に乗っているのでは説得力の欠片もない。
「大切なパートナーという点は変わらないかな」
「やっぱ随分と惚れ込んでやがるな」
ライバードが、呆れを隠そうともせずに口にした。今更のことではあるが、マオの惚気に対して嫌味の一つぐらい飛ばしてもバチは当たらないだろう。
「ボクもキミも認めた、いい男だからね。これも当然の帰結ってやつさ」
「そうかよチクショー! とことん祝ってやる! 祝われろ!」
「だから俺達はやましい関係じゃないです……駄目だ、信じてくれそうもねえや」
車内はトークが弾み、実に楽しげな雰囲気だ。窓の外の景色も平穏な森の中に移って久しく、このまま何事もなければ三人はスムーズに村に戻れる筈だった。
しかし異変とは大抵の場合、唐突且つ理不尽に発生するものである。
突如、タイヤと地面とが激しく擦り合う音が響いた。トラックが急停止したのだ。
「不味いな」
ブレーキを踏んだ張本人が、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちを溢した。彼女だけでなく、直前まで助手席でイチャコラしていた二人も既に表情を冒険者のそれに変えている。
「そこのバカップルに仕事のお知らせだ。速やかに処理を頼むぜ」
「任されたよ」
舗装された道路の真ん中で、ポーションが行く手を阻むかのように立ち塞がっていた。
他に車が見えないという点では、現状はまだ幸運といえた。何故ならこのトラック以外に車がないということは、マオも周囲を気にせずに力を振るえるからである。
これで仮に他の車両も巻き込まれていたなら、同乗しているだろう冒険者の助太刀を加味しても、中々に面倒な状況に陥っていたかもしれない。
ユーマに周辺の警戒とライバードの護衛を頼んで、マオはトラックから颯爽と降り立つ。
付近の木陰から二体目のポーションが姿を現したのは、その直後だ。
「……あー、成る程ねえ。そういうことか」
鬱陶しそうに溜め息を吐くマオは、このとき既に一つの可能性に辿り着いていた。
ポーションの本来の生息地はハレムライヒ帝国領である。一体なら獲物を探す過程で流れてきたのかもしれないが、タイミングを見計らったかのように魔王マオの前に、しかも二体も出現するとは考えにくいのだ。
彼女は直感した。
この二体のポーションは、悪意を持つ何者かの手によって人為的に送り込まれたのだと。
そしてそれは、長く続いた世界平和が崩壊する前兆であることを。
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