life.10 ライバード
田畑から木々の生い茂った山々、そして山を貫いて築かれたトンネルへ。
フロントガラスの外の風景の切り替わる様は、いよいよ彼らが村を飛び出したことを鮮明に教えていた。
そして薄暗い道を抜けた直後に視界に飛び込んできた、朝日を浴びて輝く大自然のパノラマは圧巻の一言で、その壮大さに彼は思わず息を呑む。
「どうだい? 美しいだろう?」
窓に顔を張り付かせんばかりの勢いで景色を眺めるユーマを見て、マオは得意気に笑った。
「最高の景色だ……心が洗われるようだよ」
「喜んでくれたなら何よりだ。けれども中央都市への道はまだまだ長いし、魔物達の襲撃がないとも限らない。だから交代で警戒を続けようか」
そう言うと、マオはするりと彼の肩に手を回して自分の胸元へと抱き寄せた。
瞬間、ユーマの後頭部の大半を包み込んだのは、二つの大きく柔らかい感触だ。
嬉しいやら恥ずかしいやら、ユーマの顔は瞬間湯沸かし器よろしく赤に沸騰する。さりとてマオの膝の上に座っている関係で引き剥がすことも叶わないと心の中で言い訳して、彼は直前の感動もプライドも投げ捨てた。
「先ずはボクが警戒に当たろう。キミは休憩だ。早朝からの依頼とあって、あまり眠れていないみたいだからね」
「……ありがとう。少し、言葉に甘える」
「構わないさ。存分に甘えたまえ。なんなら後で乳飲み子のように吸ってみるかい?」
「仲良しなのはいいけどよお……オレの存在忘れて助手席でプレイに興じてんじゃねえよ!」
遂に石のように硬直したユーマを見かねてか、運転席から野次が飛んだ。
「仕方ないじゃん。他に空いてるのが助手席しかないんだから。ボクの上にユーマが座らないと乗れないよ」
「ったく……オレを裏切って一人だけ彼氏持ちになったかと思えば、わざわざ目の前で見せ付けやがって! 酒の肴に馴れ初めを聞かせてもらわにゃ割に合わねえっての!」
「奢ってくれるのかい?」
「逆だろうが! なんでオレがバカップルに酒を奢らなきゃならねーんだ!」
そう鋭いツッコミを見せたのは、尖った耳と透き通るような白い肌、そして豪快なドライビングテクニックが特徴的なエルフのイケメン女子だ。
彼女の名前はライバード。二人が護衛を担当するこの大型トラックのドライバーにして、互いに軽口を叩いていることからも分かるようにマオの顔見知りでもある。
「ま、遂に彼氏ができたんだ。マブダチとして、そこは祝っといてやるよ」
「いやいや、俺は別に彼氏じゃないですよ」
「そんだけイチャコラしといて言い逃れできる訳ねーだろうが! それに噂にもなってるぜ。高嶺の花のマオが恋人と買い物デートしてたってな。お陰で会社の男連中が嘆いてやがったザマーミロ!」
自棄っぱち染みた叫びに、マオがわざとらしく苦笑する。
「まさか噂にまでされているとはねえ。平和なんだか暇なんだか。まあ公衆の面前で抱き寄せたりしたら噂されて当然か。ほんとに暇な奴らだよ」
「いやいや、どうしてそうなった」
いつの間にそんな噂が流れてたんだよと狼狽したのはユーマだ。
このままでは嫉妬に狂った男連中に刺し殺される日も遠くないだろう。なにせポーションへの警戒を引き受けてくれた″アンファング″の三人組も、マオの見えないところで彼を睨んでいたのだから。
光の速さでスローライフが遠ざかっていく彼の人生に幸あれ。
「ほんと、いい男を捕まえたな」
ライバードの呟きは、羨望に満ちていた。
「どんな手段を駆使して捕獲したんだよ? 内緒にしといてやっからオレに教えてみ?」
「……あー、俺はそんなにいい男じゃないですよ」
とっさに挟んだユーマの口から出てきたのは、どこかで聞き覚えのある、自信に欠けた言葉だった。
謙遜するな、と彼女はケタケタ笑う。
「だってお前、オレを変な目で見なかっただろ? エルフの癖にとか気にしてねえ。それだけでオレ様からすれば高評価だ」
「どの職業を選ぶかはその人の自由でしょ。民族や性別の差で制限されていい筈がない」
「……そうだね、ユーくんの言う通りさ」
無論、他人に迷惑をかけないという前提の話だ。盗賊だの暗殺者だのは、RPGやファンタジーの世界だけに留めるべき職業である。
ただし実質的に職業選択の余地を与えられていない例外も一人だけ存在するが。
「そうは言うけどな。世の中にゃそんなことも分からねえアホの方が多いだろーが。だから細かいことを気にしねえお前は、マオの彼氏に相応しい根性ある男ってことだ! 喜べ、このオレが太鼓判を押してやる!」
「そんな強引な」
「おやおや、ボクが彼女では不満なのかい? 悲しいねえ、あんなに熱い夜を過ごしたというのに」
「もう勘弁してくれ」
ライバードの熱気溢れる彼氏認定に、即座にマオが悪ノリで返す。ガールズトークとデカメロンに挟まれたユーマはといえば、やはり抵抗もできないまま激しい追求と捏造された記憶の波に晒される。
中央都市への道はまだまだ長く、その間にも女性陣二人のトークは加熱していくのだった。
因みに、中央都市ツイホーンに到着するまでに魔物の登場は一切なかった。これでは護衛関係なくトークに来ただけである。
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