life.9 護衛
「どうして冒険者ギルドは廃れなかったんだ?」
盾のシンボルマークが描かれた看板を見て、ユーマはふと疑問に感じた。ギルドの入口でするには些か配慮に欠けたものかもしれないが。
冒険者ギルドは、その名の通りに冒険者達の手で結成された同業者組合の一種であり、恐らくその起源は相応に古いのだろうとユーマは考えていた。
しかし技術発展や市民階級の成長に押されて他職業のギルドが姿を消した中で、冒険者達だけはその制度を守り通すことに成功している。
彼には現代日本に中世ヨーロッパが混じったような世界観に思えて仕方なかった理由はそれである。
「ルーツを辿れば、元は魔王の職務を補助するのが彼らの役目だったからさ」
対して、マオの返答はシンプルなものだった。
答えを教えられれば、なんのことはない。超常たる魔王といえども単独で世界平和に挑むのは難しいのだ。
「300年前、先代魔王であるサタンは責務を果たすにあたって、自らのコネと財力を活用して支援団体を設立したんだ。創設当初は魔王軍と呼ばれていたらしいね。紛争地帯での救助活動から武力介入まで、彼らの活躍と貢献は誰もが知っている」
そう言って、マオはギルド一階の壁に飾られている肖像画を指した。禍々しい山羊の角を生やした、優しそうな銀髪の美女が描かれている。この女性こそが魔王サタンだ。
使命とはいえ、私財をなげうってまで世界平和の為に動いたのだから、さぞ慈愛に溢れた人物だったに違いない。
ユーマは改めて入口に戻ると、看板に刻まれたシンボルマークを見つめる。彼のイメージの中で冒険者ギルドのシンボルは、剣と盾のクロスした紋様だ。
彼が見つめるそれに描かれるのは、丸い部分を平らに切り取ったアーモンド形をした、中世ヨーロッパの騎士や従者が手にしているような形状の盾のみである。
その為、看板だけを見たなら、RPGでお馴染みの防具屋と捉えることもできるかもしれない。剣を欠いたが為の伝わりにくさだ。
しかし冒険者ギルドは、剣ではなく盾を求めた。
何故なら、盾とは自分や誰かを守る為の道具であるからだ。
互いを傷付ける剣ではなく、互いを守る盾にこそ冒険者の根本がある。
そう考えた魔王サタンが平和の象徴として選んだのだと仮定すれば、ギルドのシンボルとして用いられる理由にも納得がいった。
「時代が流れ、新たな世代に移り、かつての戦争が忘れ去られたとしても、彼らの存在理由は変わらなかった。人助けさ。だから冒険者ギルドは廃れなかったし廃れない……分かったかな?」
「ああ、とても分かりやすかった。昨日も思ったけど、お前は教師にも向いてるぜ」
「教師か……それもいいね」
子供達相手に授業をするマオの姿が、ユーマの脳裏には簡単に思い浮かんだ。子供に人気のある素晴らしい教師になるだろう。
或いは父兄人気も高いかもしれないのが玉に瑕だ。授業参観の日には、親父連中が美人教師を一目見ようと我先にと教室に押し寄せるかもしれないのだ。
なんとなく苛立ちを覚えたユーマは頭を振って、脳裏で思い描いた光景を拭い去った。それから強引にマオの手を取ると、キョトンとしている彼女を連れて依頼探しへと赴いた。
「どうしたんだい? まるで母を求める幼子のように振る舞うじゃないか。怖い夢でも見たのかな?」
「いや、これはだな……」
「不甲斐ないと笑うつもりはないさ。誰にだって怖いものはあるからね。だから遠慮なく、ボクに甘えてくれたまえよ」
爽やかな笑みを浮かべながら、彼を傍らに抱き寄せるマオ。待ってくれ、という腕の中の悲鳴は無視である。
因みにユーマ自身に衆人環視の中で甘える勇気はなかった。ただの客寄せパンダになるからだ。
例えば受付嬢のウルケルはニヤニヤしながら動画を撮っているし、男連中も唇を噛んで悔しがっている。
男連中の地団駄を見て、もう少しだけされるがままでもいいや、とユーマは身を任せた。互いに独占欲が強いという意味でお似合いの二人である。
▼life.9 護衛依頼▼
「これとかいいんじゃない? 報酬も高いし」
「輸送トラックの護衛依頼か」
イチャコラもそこそこに、二人はタブレット端末を眺めながら相談する。その結果、中央都市へと向かう長距離トラックの護衛募集の文字が目についた。以前にも利用したスーパーマーケットからの依頼だ。
これだけ技術が発達した今でも、各城塞都市間の旅の安全性は未だに確立されていない。それは大自然の中では薬草やポーションなどの凶悪な魔物が生息しているからだ。
食欲という欲求を満たすべく、魔物達は牙を剥く。その圧倒的な力にかかれば、鉄の箱を中身もろともスクラップに変えることと紙を裂くことに違いはない。
だからこそ、第二次大陸戦争終結後の戦後復興の中で、都市や村の悉くが城塞化を選択したのだが。
「だから物流業界やツアー会社などでは、どこもギルドに依頼を出してトラックやバスを護衛してもらうのが常識なんだ。ほら、そこに護衛依頼の一覧があるでしょ?」
「おお、いろんな会社が出してるんだな」
「特にナローシュは輸出大国だからね。それだけ物流も重要視されているし、危険が伴う代わりに待遇も手厚い。だから護衛専門で活動するパーティーもあるぐらいさ」
「成る程な」
ユーマは納得したように頷いた。つまり交通網の発達もまた、冒険者ギルドが衰退しなかった理由の一つであるらしい。
「村を離れちまうけど、留守の間にポーションが出現したらどうする?」
「本来の生息地を考えても、あの個体はあくまでもイレギュラーだ。そう頻繁にあるようなことじゃないし、仮に出現しても……今は″アンファング″が依頼から戻ってきてるようだからね」
「″アンファング″?」
「銀階級の冒険者パーティーさ。ベテラン揃いとあって腕は立つよ」
彼女の視線の先をユーマが追っていくと、鎧を着込んだオークが仲間らしきゴブリンやスライムと何やら話し合っているのが見えた。どう考えても狩られる側の面子だが、察するにあの三人組が″アンファング″だろう。
そして先程悔し涙を流していた連中の内の三人でもある。しかもチラチラと彼の方を窺っている。
ユーマは、単独行動を控えることに決めた。マオと離れた瞬間に刺されては堪らないからだ。
とはいえ、相応の場数を踏んでいることは立ち振舞いや使い込まれた装備からも間違いなく、彼より相当に強いことは一目瞭然だ。
「上役からの注意喚起もあると思うけど、ボクからも簡単に事情を話して、警戒を怠らないようにしてもらうよ。これで憂いはなくなるけど、後はキミの意見次第かな。勿論、受けたくないなら別の依頼にするよ」
「やけに護衛依頼を推すんだな」
「受けるメリットが大きいからね。先に挙げたように収入は高いし、何よりトラックに乗っているとき以外は自由時間なんだ」
「つまり」と敢えて一度言葉を区切ってから、マオは蕩けるような甘い小声で囁く。
「遠回しなワルツのお誘いなのだけれど、どうかボクと一緒に踊ってくれるかい?」
ユーマの返答は、記すまでもない。
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