life.8 ナローシュ王国
ポーションへの対策会議を終えて、ユーマとマオはギルドを後にする。証拠である頭部を見せ付けられたからか、それとも魔王という絶対的な証人のお陰か、急遽集まった上役達は真剣な顔で今後について話し合っていた。
しかし会議は踊れど進まない。
叩き上げの元ベテラン冒険者の上役も、そして他ならぬ彼自身も、結局は平穏な時代の中で不自由なく生きてきた世代に過ぎないのだから当然だ。
本物の鉄火場、本当の非常事態に立ち向かう術など心得ている筈がなかった。
「それでも、お偉いさんがあんな体たらくとはな」
「そう邪険にしないでやってくれ。彼らとて平時は地位相応の働きをしているさ。イレギュラーとは致命的に相性が悪いだけだよ」
「余計に質悪いわ。それにあいつら、冒険者に注意喚起するってだけ決めて、別個体が出現した場合の対応はマオに丸投げじゃねえか」
「治安維持は魔王の責務でもあるからね。民衆に力がないこと自体は罪じゃない」
「だったら……マオは俺が助ける。勇者の俺が」
「キミが?」
ユーマは、胸を張って言った。
魔王が民衆を助けて、その魔王を今度は勇者が助ける。そんな勇者はといえば普段から彼女に助けてもらってる。人助けサイクルの完成だ。
「じゃあ……いつかボクが窮地に陥ったら、そのときは助けてもらおうかな。約束だよ?」
「ああ、約束だ」
ファンタジーと現代日本が混じり合ったこの歪な世界で、こんな口約束が一体なんの意味を成すだろう、と思ってしまったことを彼は否定しない。
一方で、マオが喜ぶなら、と考えてもいた。どうやら既にホの字であるらしい。
「さて、そろそろ戻ろうか」
「家に?」
「いやコメディ路線に」
「そこは自宅に戻れよ!」
「ジョークだよ、魔王ジョーク。買い物してから我が家に帰るさ。そういえば今日の献立を決めてないけど、リクエストはあるかい?」
「強いて挙げるなら……ザクロの煮物かな。すげー美味かったからまた食いたいんだ」
「……オーケー了解っ。さあスーパーへの旅路を共に歩もう。″スローライフ″の出動だ」
マオは、笑顔を弾けさせた。
その場は首を傾げるだけのユーマだったが、昼の食卓を囲む中で彼女が上機嫌になった理由を知ることとなる。
ザクロの煮物は、マオの得意料理なのだ。
▼life.8 ナローシュ王国▼
「ごちそうさん」
「お粗末様。さて、午後はどうやって過ごそうか」
「なんも決めてねえや」
好物で腹を満たしたユーマは、食器を洗うマオの背に向けて言った。
午後の予定はなにも考えていない。では、また買い物に行くのかと問われれば、生憎とそんな気も起きない。彼は定時帰りを夢見る社畜時代を思い出した。
「随分とお疲れのようだね。無理もないさ。ずっと外出ばかりしていたんだから」
「まあな。冒険者ギルドやらポーションやら、慣れないことが盛り沢山だ。俺はスローライフが欲しいのであって冒険活劇は苦手だっての」
「ふむ、今の言葉から察するに、ユーくんの故郷は随分と平和だったんだね。羨ましいよ。それがどうしてボクの家の前に倒れていたんだろう」
マオの疑問に、ユーマは慌てて誤魔化す。
「それは分からん。でもよ、魔物とかを除けばこの国も負けず劣らず平和だと思うぜ? 全体的にのんびりしてるし。そういや、他にはどんな国があるんだ?」
やや苦しい言い訳だが、マオは律儀に反応した。
「他の国? 旅行にでも行きたいのかな?」
「そうじゃないけど、単に疑問に思っただけだ。生憎と詳しくないもんでな」
「そういえば教えてなかったね。よし、それじゃあ午後は社会の勉強だ。早速この国について解説しようか。先ずはこの王国についてだね」
そう言って、彼女は語り始める。
ナローシュ王国。大国としての国際的地位に相応しい歴史を誇るこの国の特徴には、主要城塞都市の持つ肥沃な大地と潤沢な水源を活かしての、豊富な穀物生産量及び輸出量が真っ先に挙げられる。それらの量は大陸随一とも称され、その市場規模は″大陸の食糧庫″と称される程である。
また政策として畜産業も拡大しており、農業と合わせて大国ナローシュの今日の発展を支える立役者にして屋台骨だ。
とはいえ二本柱に頼りきってばかりではなく、近隣諸国との技術交流も盛んである。各国との交換留学も積極的に行っている他、中央都市に設けられた国立学校や研究センターでは日夜、新技術の研究が強力に進められている。
また義務教育の無償化など人材育成にも余念がなく、認定幼稚園の整備など育児支援も手厚い。
豊かな自然に落ち着いたライフスタイル、高度な教育システムと高い生活水準を兼ね備えた、まさしくスローライフを体現したような超大国。それがナローシュなのだ。
「それが証拠に世界幸福度ランキングは常にトップクラスを維持している。とは言っても、どの国も僅差だし、まだまだ解決すべき問題は多いけどねえ」
「凄いな。他にはどんな国があるんだ?」
「そうだねえ……今度は列強についての解説をしよう。このナローシュも含めて、大陸には七大国家があるんだ」
この後も彼女は国家や文化について細かく教えるのだが、今それを全部記すと単なる解説文になってしまうのでカットだ。今後、必要に応じて教わった知識をユーマが活かす場面もあるだろう。
最後に、解説を受けてユーマが抱いた感想を記す。
「やっぱ中世ヨーロッパ詐欺だろ」
「よーろっぱ、というのが何か分からないけど、それをボクに言われても困るなあ」
「なんで分からないんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます