life.4 マーケット

マオ達は村の冒険者ギルドに戻ると、袋詰めの薬草ヘッドをウルケルに手渡した。後は受付カウンターの奥にいる専門スタッフが本物かどうかの鑑定を行い、依頼達成と見なされれば報酬を受け取れる仕組みだ。


「どう、お腹減ってるでしょ? レストランでランチでもしない? 奢るよ」

「そうか、もう昼飯の時間か。薬草採取に夢中で気付かなかった。いい店、あるか?」

「任せてよ。魔王の名の下に完璧なエスコートを約束しよう」


 鑑定を終えて報酬を受け取ってから、マオはユーマを連れて、中央通りの角にポツンと建っている一軒の料理店へと足を運んだ。

 他の多くの民家と同じように煉瓦を多用して建てられたその店の前にはオススメメニューの記された看板が設置され、また扉にぶら下げられた黒いドアプレートではOPENの文字が踊っている。中々にお洒落な雰囲気のレストランだ。


 しかし店の外観を見ても尚、これは孔明の罠だ、とユーマは心のどこかで疑っていた。筋骨粒々の薬草に追いかけ回されたのだから、疑り深くなるのも仕方ないだろう。

 故に、こうやって油断させておいて人外の店員がぬるっと新登場してくるに違いない、と内心で身構えていたユーマだが、意外なことに席に案内してくれた店員は普通の青年だった。もしかすれば姿だけは人間っぽい民族かもしれないが。

 メニュー表の写真もオムライスやナポリタン、セットメニューなど本当にごく普通の洋食屋だ。


 注文を終えて料理が来るのを待っていると、「食べたらどうしようか」とマオが訊ねた。


「今日は疲れたからな。俺としては早めに帰って休みたいけど」

「じゃあ、午後は家でのんびり凄そうか。でも帰りに買い物に付き合ってもらってもいいかな? 今日はセールがあるんだ」

「それは構わないけど、買い物か。コンビニでも出てくるのか?」

「少し惜しいかな」


 ユーマは冗談で言ったつもりなのだが、彼女は悪戯な笑みを浮かべた。


「スーパーマーケットだよ」


▼life.4 マーケット▼


 食事を終え、村を歩くこと約十分。二人の視線の先には立派なスーパーが聳えていた。看板にはユーマもよく知る有名スーパーの名前ロゴが大きく描かれている。どうして異世界にも出店しているのかは不明だ。


「驚いたかい? 食料品から武器まで揃ってる村一番のスーパーだからね、驚くのも無理はないさ」

「……なんでもありかよ」

「呆然としてないで、右手を出したまえよ。ボクがエスコートしよう」

「心配しなくても迷子にはならんぜ」

「単純にキミと手を繋いで歩きたい気分なんだ」

「よくまあ次から次へと口説き文句が出てくるな」


 マオは本当に魔王より男役スターの方が天職なのではなかろうかとユーマは思った。

 とはいえ、握られた手を離すことができないのは悲しいかな男の性だ。


「よろしく頼むぜ、マオ」

「任された。素敵な旅路を約束するよ」


 マオに手を引っ張られながら、ゆっくりと賑わいの中を進む。商品棚が店内狭しと規則正しく整列している光景は現代日本のスーパーのそれと何ら変わらない。

 出入口近くの野菜果物のコーナーを抜けて、鮮魚や肉のコーナーに足を踏み入れてもそれは同様。挙げるならどれもこれも見たことない見た目をしている点ぐらいだ。

 たまにキャベツとか鮭の切り身とか、見覚えのある品々も混じっているが……ある意味でお約束といえるだろう。


 どこか現代的な生鮮エリアとは打って変わって、日用品エリアの品揃えはファンタジー全開だ。

 先ずショーケースの中身が物騒極まりなく、歯ブラシやトイレットペーパーなどの代わりに刀剣類と鎧が飾ってある。隣に設けられた物産展らしき屋台も、やはり並ぶのは武器の類ばかりで、日常生活で使うにはあまりに物々しい。


「これはこれは、魔王様じゃねえか! 護身用に一振り買っていかねえか! どんな硬い盾でも一刀両断できる帝国産のロングソードだ!」


 護身どころか過剰防衛で捕まるだろう。


「お誘いありがとう、店員さん。だけどボクは大丈夫さ。世界最強の魔王だし、それに……頼もしいパートナーがいるからね」

「おうおう、青春してるねぇ! そこの彼氏殿、ちゃんと魔王様を守ってやれよお!」

「あっハイ」


 やけに暑苦しい店員ドワーフに見送られて、飲料と冷凍食品のコーナーにてミノタウロス印の牛乳をカゴに放り込む。残るはいよいよ精算だ。セール日とあってか、セルフも含めてレジはどこも行列だらけだ。

 それでも見た目は多種多様なファンタジー種族達なのだから、ユーマとしては見ていて飽きることはない。特にオークとエルフの幸せそうな家族連れなどは滅多にお目にかかるまい。


 しかし、とユーマは顎に手をやって考え込む。果たしてどのような技術発達を経れば、こんな魔法と科学をシャトルランした文明に行き着くのだろうか。

 怪しまれるのも承知で質問すべきか悩んでいると、マオが訊ねた。


「今夜はザクロの煮物にクラーケンの塩焼きだよ」

「……クラーケンって食えるのか」

「あー、もしかして魚介類が苦手だった?」

「魚介類は好きだけどな、単に今まで食べたことがないだけだ」

「そうなんだ。じゃあボクがキミの初めてを奪っちゃうことになるのかな? なーんてね! 腕によりをかけるから楽しみにしてくれたまえ♡」

「……お前、ほんとに男役に向いてるよ」


 天然なのか狙ってるのか、美形なだけにマオの爽やかスマイルは心臓に悪い。加えて精算後に然り気無く買い物袋を持つ気配りも実に男前だ。

 いかんいかん、と頭を振るユーマ。このままでは彼の立つ瀬がない。

 男女平等が叫ばれるご時世に逆行するようで悪いが、彼とて冒険者である前に一人の男である。エスコートはできずとも荷物持ちぐらいはせねば男が廃ってしまう。


 スーパーを出て帰路に着く。当然のように利き手を差し出してくるマオから、半ば引ったくるようにしてユーマは買い物袋を握り締めた。


「おやおや、気にしなくて構わないのに」

「……恩人に荷物を持たせる訳にはいかんだろ」

「そういうことにしておくよ。さあ、買い物も済んだし家に帰ろっか。そして夕食とお風呂の後はお待ちかねのゲーム大会だ」

「いいだろう、今回は俺が勝つ」

「その挑戦を受け取ろう。そして宣言しよう、勝つのはボクだ」


 わいわいと言い合う二人だが、その足取りは軽く、なんだかんだ手も繋いでいる。


 端から見れば、きっと彼らは冒険者と魔王らしくないし、異世界らしさの欠片もない。或いはもっと真面目にやれと方々から怒られるかもしれない。


 けれども、こんなスローライフがずっと続けばいいとユーマは思った。

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