life.3 薬草採集

異世界転生・転移。読んで字の如く、事故などのきっかけで生まれ育った世界とは別の世界に移動すること、或いはそういった物語群を指す。

 では巻き込まれたケースは別として、好んで異世界に飛び込んだ人間は何がしたいのか。

 実のところ、ユーマにはその理由の大半がよく分からない。


 特典のチート能力で無双したい。武器を片手に戦い続けても無駄に疲れるだけだ。

 美女美少女を集めてハーレムを形成したい。そんなコミュニケーション能力と甲斐性があれば、とうの昔に前世でやっている。

 はたまた異形のモンスターに転生というパターンもある。すこぶる私生活しづらそうだ。


 こう批判ばかりだと異世界モノに対して否定的だと思われるかもしれないが、しかしユーマとしては逆に共感できる理由も存在している。


 異世界でのんびりと暮らしたい、つまりスローライフだ。


 現代社会の荒波に疲れきってしまったのか、或いは成り行きか。それはどちらでも構わない。

 現代日本がとうの昔に忘れてしまった、時間の流れを楽しむような生き方がしたいという願いにこそ、彼はひどく共感を覚えるのだ。


 スローライフを送りたい。

 それがユーマの掲げる願望である。


「キシャァァァァアッ!!」

「うわぁぁぁぁっ!」


 つまり現状はその正反対といえた。


 筋骨粒々の巨体の上に、大根に似た形をした野菜に人面を貼り付けた頭部を乗せた、色々な意味で気味悪い魔物。

 その名も薬草。

 全力疾走で追いかけてくる薬草から逃げながら、ユーマは改めて自分が駆けるこの緑豊かな草原が異世界の一部であることを思い出す。

 そもそも中世ヨーロッパの文化水準を自称しておきながら平然とテレビモニターやらが登場するような世界なのだ。常識とは敵に等しい。


 ならば薬草だけが文字通りの草である筈もない。

 遠退いていくスローライフに涙を飲みつつも、彼は現在進行形で敵前逃亡中である。


「どうして逃げるんだい? キミは腰から立派なソードをぶら下げてるじゃないか! 勇気を出して魔物と戦うんだ!」

「言い方考えろや!」


 簡単な依頼だし案内だけでいいよね、と高みの見物を決め込んだマオ。そんな彼女を尻目に逃走を続けるも屈強な魔物相手に逃げ続けることは不可能で、遂にユーマの背中に岩肌の硬い感触がぶつかってしまった。

 獲物を追い詰めたとあって、薬草は肩をぐるりと回して攻撃の準備に移る。

 あの丸太のような剛腕を振り下ろされた日には無傷では済まないだろう、と彼は直感した。救急車か霊柩車のどちらかだ。


 仕方ない、とユーマは決意する。無用な戦いはしたくないが、さりとて転移二日目で死にたくない。

 スゴイカリバーの束を利き手で強く握り締めて、薬草を睨んだ。


「俺のスローライフの為に、お前を倒す」


 冒険者と魔物。人間と異形。

 真昼の草原で、ユーマの最初の戦いが始まった。


 そして三秒で決着がついた。


▼life.3 薬草採集▼


「流石だね。まさか幹竹割りにしちゃうとはボクも驚きだよ」

「一番驚いてるのは俺だっての。豆腐みたいにあっさり切れたんだけど。この武器怖い」

「とーふ、ってのが何か分からないけど、まあ仮にも最上位階級の武器だからね。そこらの薬草を刈るなんて楽勝さ」

「なんで分からないんだよ」


 味噌汁に入ってただろ、と彼は朝食を思い出して言った。まさか豆腐っぽい見た目をしただけの正体不明の物体を食べたとは考えたくなかった。


「あ、そうそう。あまり頭部を傷付けちゃうと引き取ってくれないから、次からは丁寧に断頭してね」


 マオ曰く、薬草は頭部にこそ高い栄養価と値打ちがあり、採取した後の肉体部分は土に埋めているらしい。そうすることでまた次の薬草が生えてくるとのことだ。

 そして採取された薬草ヘッドは漢方薬や回復薬の原料として扱われる他、中央都市や富裕層の間ではお茶や珍味として重用されている。


 必然的に需要は尽きないのだが、経験を積んだ熟練冒険者からすれば、薬草は幾らでもポップしてくる雑魚魔物の内の一つに過ぎず、他の高額報酬の依頼に比べて受ける旨味が少ない。さりとて先程見せた全力疾走からも分かるように無駄に身体能力が高く一般人では手に負えない。

 という訳で、薬草採取の依頼は専らユーマのような新人冒険者にお鉢が回ってくるのだ。


「逆に言えばね、薬草を難なく倒せるようになれば駆け出し卒業だよ」


 疲労で倒れ込むユーマに手を差し伸べながら、彼女は微笑む。


「はじめての薬草採取成功、おめでとう。これでキミも立派な冒険者だね」

「……だから敢えて助け船を出さなかったのか? 俺一人に刈らせる為に」

「魔王たるボクが戦うと二行ぐらいの軽い説明文だけで終わってしまうからね。欲しいでしょ? 見せ場ってやつ」

「生憎と俺が欲しいのはスローライフだ。冒険者になったのも身分証明書を求めただけ。胸踊る冒険活劇は性に合わねえんだよ」

「なら残念だけど叶いそうにないね」


 マオがそう告げたのとほぼ同じタイミングで、甲高い獣の咆哮が響く。それも一つだけではない、草原のあちこちから幾つものそれが轟く。間違える筈もない、薬草だ。

 どうやら群生らしい。

 思わず天を仰ぐ彼の肩に手を置き、「ラッキーだね」とマオが笑った。


「あれを全部倒せば依頼のノルマ達成さ」

「……もうどうにでもなーれ」


 渇いた笑いをBGMに、ユーマは再びスゴイカリバーを右手に滑らせた。


 ハロー異世界、グッバイ憧れのスローライフ。今日の天気は快晴、ただし一部地域は薬草の頭部の雨が降るでしょう。

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