life.2 ギルド
「朝食を食べたらギルドに行こうか」
「随分と唐突だな」
寝て起きて朝飯を食べていると、マオが突然にそう言った。勿論、異世界転移に憧れてきたユーマとしては、是非とも行きたい場所だ。しかし素直に喜ぶこともできない。
なにせ彼女ときたら、食卓に白米と焼き魚と味噌汁を並べてくるのだ。
ギルドはギルドでも冒険者ではなく商工のそれに連れていかれても不思議ではない。変に中世ヨーロッパが混ざった世界だから尚更に不安だ。
そんなユーマの不安を察してか、箸を置いてからマオは口を開く。
「流石のボクもお約束はきちんと守るよ。で、冒険者ギルドっていうのは冒険者登録や各種依頼の仲介と斡旋まで、手広く節操なく仕事を行っている、同業者組合の一種のことだよ」
「やけに詳しいな」
口には出さなかったものの、悪の親玉たる魔王がギルドについて語る光景が、ユーマにはおかしかった。
少なくとも、部屋の片隅にモニターと据え置きゲームを設けておきながらお約束を語るべきではないだろう。
その意図を察してか、マオは口を尖らせた。
「失礼だな、ボクはこれでも世界平和を目的に活動しているんだよ? 社会のシステムについて勉強するのは魔王として当然じゃないか」
「魔王が世界平和について語る時代とはな」
「それがボクの責務だからね。それと今夜もゲーム大会しようよ」
「魔王ってなんだっけ」
こうしてなんやかんやで村のギルドに赴いたマオとユーマだったが、流石は自称中世ヨーロッパの異世界と言うべきか、ユーマにとっては驚かされたことが幾つもあった。
馬車の代わりに小型バスが走り、道行く人々はシャツにジーパンと現代日本と変わらない服装で、挙げ句に人間に混じってモンスターが平然と歩いている。
人と異形が共存する理想郷が、すぐ目の前に広がっていたのだ。
「どうしてそんなに驚いてるんだい?」
「……すっげー失礼なこと言うけど、なんで異なる種族が共に生活してんだ?」
「おやおや、時代錯誤な発言だね。同じ魔人でありながら外見の違いで争うなど愚の骨頂じゃないか。民族の垣根を乗り越えて共に歩む……素晴らしく美しい世界だと思わないかい?」
「まあ平和に越したことはないが」
ユーマは口ではそう言ったが、セーラー服を着て歩くゴブリンを見たときには腰を抜かしそうになったのは秘密だ。
因みにマオの言葉からも分かるように、この世界の支配者階級は人間ではなく、魔人と呼ばれる、RPGやファンタジーでいうところのモンスター達である。
魔人はゴブリンやエルフなどの多種多様な民族で構成されており、人間も民族の一つにカテゴリーされている。
不審がられることを恐れて質問しなかったが、空想の存在に過ぎなかった彼らが目の前を闊歩する光景に、ユーマは思わず興奮した。
そして現代日本と変わらない科学技術がRPGのモンスター達と同居している点に、日常生活で苦労しなくて済むという喜びと、期待外れに対する残念さとがない交ぜになった溜め息を吐いた。
とはいえ、血で血を洗うような戦いに巻き込まれなかっただけマシである。当初の予定どおりスローライフをエンジョイしようと彼は改めて決めた。
「いらっしゃいませー。ってマオさんじゃないですか!」
いざギルドに入るや否や、凄まじくキャピキャピしたギャルがマオに話しかけた。挨拶もそこそこに、マオは隣に立つユーマを指した。
「今日の主役はボクじゃないよ。彼の冒険者登録をしに来たんだ」
「はじめまして。受付嬢のウルケルちゃんです!」
「……どうも」
ユーマは会釈こそしたが、その視線はしっかりとウルケルの頭部を捉えていた。かっちりとしたスーツ姿とは不釣り合いな、モフモフの白い犬耳が生えている。
つまり彼女はワーウルフの魔人らしかった。
「では新規登録ということで受付カウンターへどうぞ。ご新規一名様、カウンター席入りまーす!」
「居酒屋か」
転移二日目、憧れだった冒険者ギルドも波乱の予感がした。今更である。
▼life.2 ギルド▼
「では早速、登録手続きさせて頂きます。担当のウルケルでーす、よろしくお願いしまーす!」
ユーマが受付に行くと、ニコニコ笑顔の見知ったワーウルフが立っていた。
恐らく瞬間移動でもしたのだろうと彼は勝手に結論を出した。二日目にして、ユーマは早くもこの世界の奇妙さに順応しつつあるらしい。
などと考えている間にも、ウルケルは慣れた動作で紙とペンを取り出し、机に並べていく。
ユーマは摩訶不思議な水晶玉に手を翳すだけで完了するとばかり思っていたが成る程、やはりその辺りの事務手続きもしっかりしているようだ。
渡された書類に氏名年齢住所などの必要事項を明記していき、最後に身元保証人としてマオが捺印して手続き完了。ユーマも晴れて冒険者の仲間入りだ。
「冒険者の階級制度とかに関してはボクから説明するよ。ありがとう、ウルケル」
「いえいえー、また何かあればお越しくださーい」
手続きを終えたタイミングを見計らって、マオが口を挟んだ。
マオ曰く、冒険者は五つの階級に区別される。
白金を最高位として、上から順に黄金、銀、銅、鋼鉄の計五階級。白金は魔王のみに与えられる例外的な特殊階級である為、一般冒険者が昇格可能な事実上の最高位は黄金だ。
「依頼を達成する毎に冒険者としての階級が上がるんだ。勿論、登録した直後は鋼鉄階級からのスタートさ」
「その依頼ってのはどうやって受けるんだ?」
「ほら、そこの壁にタッチパネルが設置してあるでしょ? それの依頼一覧の項目から選んで受注するんだよ」
「近未来的だなあ」
ユーマはRPGにありがちな、依頼書をべたべた貼り付けた掲示板を思い浮かべた。視線の先にはそれとは似ても似つかない、最新技術の塊のタッチパネルが行儀よく並んでいた。
そのままマオに教えられるままにタッチパネルを操作し、受注可能クエストと表示されている項目を選択する。
冒険者同様に依頼一覧もまた想定危険度毎に四段階に振り分けられており、最高難易度は未開拓領域の探索、逆に一番下は村の清掃作業と多種多様だ。
「これなんか面白そうだよ。国立宇宙科学ステーションの完成披露式典の警備だってさ」
「……遂に宇宙に旅立っちゃったよ。最近の中世ヨーロッパってスゲー」
今更である。
「よく見たら銀階級以上が条件だから駄目だね。この依頼なんかどうだろう? ある企業重役の護衛任務だよ。あっ、これも銀以上の条件だ」
「もっと簡単で分かりやすい依頼から始めさせようという優しさはマオにないのか?」
「うーん、駄目か」
すったもんだの末、記念すべき第一回の受注依頼は薬草採取に落ち着いた。依頼主が指定した種類・量の薬草を城壁外の野山や草原から取ってくるだけの簡単な内容だ。
俺はこういうスローライフを求めていたんだ、と心を踊らせるユーマ。元一般人は争い事を望まないのだ。
そうしてマオに連れられて意気揚々と出掛けたユーマだったが、間もなく彼は激しく後悔することとなる。
まさか薬草という名前の筋骨粒々の魔物に追い回される羽目になるとは読めなかったのだ。
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