彼らはスローライフができない

ミスター超合金

転異編

life.1 転異

「やあ、気が付いたかい? 見たところ怪我はなさそうだけど、身体が痛むとかはない? 自分の名前とか覚えてる?」

「……ここは、どこなんですか? あんたは?」

「おっと自己紹介が遅れたね。ボクの名はマオ、職業は魔王だよ。そしてここはボクの家さ。キミが倒れていたから連れて帰ったんだ」


 マオに支えられるようにして、ユーマはゆっくりと上体を起こした。ベッドに寝かされてこそいたものの、目立った外傷や痛みはなく、意識を落とす直前の記憶もしっかり残っている。


 ユーマは、俗に言うところの社畜である。三流のブラック企業に酷使され、自宅と社屋を往復するだけの寂しい人生を送ってきた。

 当然のように恋人もいなければ、唯一の肉親である両親とも幼少の頃に死別している。つまり異世界に転移しても心配してくれる人物はいない。

 彼の記憶は、トラックに撥ね飛ばされる直前で途切れてしまっている。そして次に目覚めたときには既にマオの家に運ばれていた。


 さては夢だった異世界転移を遂に果たしたのか、とユーマは内心で喜んだ。

 彼は、前世では異世界モノを好んで読んでいた。そしてその度に、のびのびとしたスローライフを送る登場人物達を羨んでもいたし、仮に自分が転移するなら是非そうしたいとも決めていた。


 しかも道端や路地裏に放り出されたのではなく、目の前の黒髪の美女に拾われるという嬉しい誤算も付いている。喜ばない筈がなかった。


「助けてくれてありがとうございます。俺は、未到みとうユーマです」

「いいよ、お礼なんて。魔王の責務を果たしただけだからさ。それでキミはどうしてボクの家の前で倒れていたのかな?」

「……分かりません」

「そっか。一時的に記憶が混乱してるのかな。まあ無理して思い出さなくてもいいよ」


 恩人に嘘をつくのは憚られるが、正直に話しても信じてもらえないだろうと考えてのことだ。下手をすれば狂人扱いされて、家から追い出されるかもしれない。

 転移に際した恩恵だろうか、日本語が通じる点は嬉しいが、ユーマはこの世界の知識に欠けている。もしマオに放り出されてしまえば待っているのは野垂れ死にだ。

 彼としても、それだけは避けねばならない。それ故の嘘である。


 ユーマの事情を知ってか知らずか、マオは続けて口を開く。


「キミ、行くところあるの?」

「……ないです」

「これは魔王のお節介なんだけど、キミさえよければボクと共に生活しない? 付きっきりで面倒を見るよ」


 願ってもない申し出に、ユーマは困惑した。普通であれば、氏素性の不明な輩を家に連れ帰って介抱するだけでも珍しいのに、その上更に面倒を見てくれると言うのだ。

 幾らなんでも話がうますぎる。

 途端に警戒するユーマに、「驚かせちゃったか」とマオは苦笑した。


「本音を言うと、魔王の立場に縛られたまま、ボク一人でずっと生活するのも中々どうして虚しくてね。どうにか寂しさを紛らわしたいと思っていたところに倒れていたキミを見付けたのさ。これで納得してくれるかな?」

「友達とか彼氏はいないんですか?」

「同性の親友はいるけど、彼氏は一度もできた経験がないよ。どうも恋愛運に恵まれなくてねえ」

「へー、見る目がない連中もいるんですね」

「お世辞でも嬉しいよ。それで話は戻るけども、どうかボクと一緒の日々を過ごしてくれるかい?」


 マオは楽しげに誘ったが、生活していくアテが他にない以上は彼に拒否権など皆無である。


 かくして魔王マオと共同生活を送ることとなったユーマであるが、いざ開幕した異世界生活は彼が脳裏に描いていた田舎でのスローライフとは異なる、現代的なものだった。


▼life.1 転異▼


 魔王マオはイケメン女子である。


 夜を思わせる黒色の髪を肩と同じぐらいの長さのショートヘアに整え、髪と同じ色の双眸やよく整った顔立ちもあって、クールでミステリアスな第一印象を相手に与える。その雰囲気は魔王というよりも寓話の世界から飛び出してきた王子様といった感じだ。たわわに実った二つのメロンを除けば。

 そして身に纏うのは魔王のイメージとは欠け離れた黒を基調とした軍服なのだから、いっそのこと職を辞して劇団員に転職しろとユーマは思う。男役スターとして舞台の中央で踊る姿がよく似合うだろう。


 そんな彼女は二枚目な外見と口調に反して陽気な性格であるらしい、とは会話を重ねて直ぐにユーマが抱いた感想だ。

 つまり、すこぶる距離が近い。

 その証拠として、談笑の前に、マオは敬語を使わなくてもよい旨をユーマに伝えている。見かけによらずフランクだなと彼は思った。


「ボクらの親睦を深める為にも今から夜中までゲーム大会をしようか。モニターとハードとソフトは既に準備してあるからさ」

「……スゲー発展を遂げてる」


 マオの説明では、この世界の文化水準は前世で言うところの中世ヨーロッパを彷彿とさせ、広大な自然が大陸の殆どを占拠し、その中に埋もれる形で各国に所属する城塞都市が点在しているらしい。具体的に各国とは、幾つかの大国とひしめき合う小国家群だ。

 二人が暮らすこの村とて、ある王国の辺境に位置する城塞農村で、立ち位置的にはRPGによくある序盤の村そのものである。


 どこが中世ヨーロッパだ、とユーマは思わずにはいられなかった。少なくともあの時代にテレビモニターやらゲームソフトの類は存在しない。


「ボクとゲームするのは嫌かな? 話題の最新ソフトも通販で取り寄せたんだけど」

「なんで通販があるんだよ」

「ま、嫌というなら別の方法でコミュニケーションを取るとしようか。そうだねえ……バグ技を使わないと行けない伝説の場所に暮らしている邪神を倒す旅にでも」

「わーい、ゲーム大好きー」


 ユーマは即決した。まだ死にたくない。

 確かにゴテゴテした鎧とやけに強そうな片手剣こそ寝ている間に与えられているものの、ユーマは平和な現代日本育ちの元一般人である。当然ながら戦闘経験もない。序盤のゴブリンを倒せれば大金星といえる。

 そんな状態で出現条件がバグ技の、明らかに強そうな邪神を倒せる筈がない。十秒も持ち堪えたならノーベル賞間違いなしだ。


「ふむ……今のユーくんなら片手間で勝てると思うよ?」


 彼のあからさまに嫌そうな顔を見て、少し考えてからマオが口を開いた。


「そのチートアーマーは大抵の攻撃を防ぐ他、体力自動回復の機能も有しているんだ。そのスゴイカリバーは持ち主の身体能力を大幅に底上げし、また斬撃に雷と氷雪と心強さを付与してくれるよ。それさえ使えば強いどんな相手でもワンパンさ」

「それRPGでよくあるラスボス撃破したら貰える伝説の武器だろ。オーバースペックにも程があるぞ」

「おーばーすぺっく、が何かは分からないけど、少なくとも冒険者界隈では垂涎の的だね」

「なんで分からないんだよ」


 見た目は民家、中身はオール電化な1K魔王城の中心でユーマは天井を仰いだ。

 最近の中世ヨーロッパは凄いようだ。エアコンまで完備されているのだから。

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