第6話

太陽が西に傾き、騎士たちの横顔を赤く照らす中、澱獣ベスティアは次々と屠られていく。後続の騎士による矢の援護と共に、獣人種の騎士たちはその脚力によって加速した槍を叩き込んだ。そして吶喊とっかんした騎士たちを飲み込むように迫る澱獣ベスティアは、追いついた騎士のマナ操作によって強化された膂力りょりょくと、鍛え抜かれた剣技によってねじ伏せられ、崩した体勢のまま戦鎚によって叩き潰される。


三人一組スリーマンセルを崩すな!常に局所的な数的有利を取り、各個撃破を繰り返せ!貴様らの身体に宿すその力、血の一雫まで我が領民のために絞り上げろ!!」


「「「「応!!!!」」」」


人類最果て、かつての魔王領との最前線で研鑽を積んだ騎士たちの士気は高く、対して司令塔の居ない澱獣ベスティアは次々とマナ輝石へと姿を変えていく。


中でも一際目立つのは、女辺境伯であるユゥルティアだ。

ユゥルティアは自らの器魂術きこんじゅつによって青く透きとおる長細剣コンツェシュに氷を纏わせ、盾の表面に薄く貼った氷の膜によって澱獣ベスティア達の赤い棘を相殺すると、長細剣コンツェシュの切っ先を氷の刃で延長し、獣人の膂力りょりょくでまとめて切り裂いた。さらに突きと共に放つ凍気によって足止めされた澱獣ベスティアは、地面から生える氷柱によって貫かれていく。


雪の積もった最果ての地に、氷と剣技によって多くの敵を屠る自らの主の美しさを目にした騎士たちは更に士気を上げることになった。


また、ロゥグンに突撃しようとしていた澱獣ベスティア達も、騎士たちに横腹から群れに突撃されたことで勢いを失い、さらにマナ輝石に変えられたものは再びロゥグンの手に集まるため、マナ輝石に変えられた仲間を喰らうことによる強化も叶わない。


一方的な展開に誰もが騎士団たちの勝利を確信し、とある騎士が山の稜線に沈もうとする太陽を一瞥したその時、矢の届かない距離でギョロギョロと瞳を動かしながら、棘だらけの触手で地面を這いずり、せわしなく牙の生えた瞼を瞬きさせていただけの大型深澱獣ナラク・ベスティアの瞳が妖しく見開かれた。


「ギャアアアアアアア!!!」


突如絶叫を上げた大型深澱獣ナラク・ベスティアは、見開いた瞳から紫色の光を放つと、その光は頭をぐるりと一周する瞳に沿って光の輪を形作り、腹に響くような重低音を出し始める。


唐突な大将首の豹変に騎士たちの動きが一瞬止まったその隙を着いて、騎士たちと交戦していた澱獣ベスティアたちが唐突にきびすを返し、大型深澱獣ナラク・ベスティアの元へと走り去っていく。


そして大型深澱獣ナラク・ベスティアは、数ある瞳のひとつを瞬きさせたかと思うと、光輪から分離した光球の一部が砲弾となり、騎士たち目掛けて放たれた。


「間に合えっ!桔梗霜盾キルピ・ケロクッカ!!」


いち早く動いたのはユゥルティアだった。彼女は氷の足場を使い空中へと飛び上がると、自らの盾に大量のマナを集め、巨大な氷の華の盾を展開した。


黄昏を昼間のように塗り替える光を放つ膨大なマナによる暴力は、容赦なく空中に爆発を起こした。


「閣下!」


「ああ、そんな!」


目の前で一騎当千の戦いをした女領主がその爆発に呑み込まれる様をみた騎士たちは、絶望の表情で膝から崩れ落ちる者もいた。


「あっぶないわね……、死ぬかと思った。」


光に塗りつぶされたかに見えたユゥルティアは、砕け散る氷の結晶と共にそう呟きながら爆炎から飛び出すと、美しい白い毛並みを煤で汚しながら地上に落ち、器用に空中で体勢を整えて音もなく着地して膝をつき、剣を杖として突き立てた。


「閣下!!よくぞご無事で!!本当に良かった…!!申し訳ありませぬ、我々がありながら…。」


「いいえ、あれは私しか防げませんでした。これが最善です。」


絶望の表情で崩れ落ちていた配下の騎士たちは再び瞳の輝きを取り戻して駆け寄ったが、ユゥルティアは先程の器魂術きこんじゅつでマナを使い果たしたのか、気丈に駆け寄った配下に答えつつも、肩で荒い息をし、脱臼した左肩を抑えている。


そして安堵したのも束の間、大型深澱獣ナラク・ベスティア は自らの足元へと集まった澱獣ベスティア達を、棘だらけの触手で掴むと、まとめてすり潰し始めた。


「あのデカブツ、自分の仲間を殺し始めたぞ?」


「何がしたいんだ?あいつがさっき撃った攻撃をもう一度されれば、俺達は今度こそ無事じゃ済まないぞ!なにかされる前にあいつを叩こう!」


自ら同士討ちのようなものを始めた澱獣ベスティアたちに警戒しつつも困惑している騎士たちと、膝をつくユゥルティアの元へロゥグンは近づいていく。


「閣下、ご無事ですか?」


「うん、家宝の盾と器魂術のおかげでなんとかね……。でも、次の攻撃は防げそうもないかな。今のところ大勢の仲間を自分ですり潰してるから助かっているけれど。」


「貴様!あれほどの力がありながら、なぜ辺境伯閣下をお助けしなかったのだ!」


突如、ユゥルティアの介抱をしていた若い騎士の1人が、黒い毛並みを逆立てながらロゥグンに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。


「あの程度であれば、多少のダメージはあったとしても、閣下の力量であれば防げると判断しただけだ。」


「しかし!!」


「よしなさい、イサド。」


しかし詰め寄った若い騎士は、心酔するユゥルティアに諌められ、すぐに矛を引くことになった。


「……申し訳ありません、閣下。」


「話を戻しましょう。……閣下、あれは澱獣ベスティアの捕食です。先程までは私がマナ輝石を回収していましたが、ああされると私も手が出せません。魔王誕生以降、澱獣ベスティアはマナを宿すものを捕食することで自らを強化することが可能になりました。奴は我々を殲滅し、泥炭地帯のマナと、フリエリの街を根こそぎ奪うための乾坤一擲の一撃を放とうとしています。……まあ、その前に奴は私が滅ぼしますがね。ほら、進化が始まる。」


「ギチチチチギャアアアアアアアアッッ!!!」


突如、大型深澱獣ナラク・ベスティアは金属が軋みをあげるような不快な鳴き声を上げ、牙の生えた眼が激しく瞬きを始めたかと思うと、血液のような赤黒い液体を溢れさせながら瞳の並んだ頭部が縦に裂けていく。


その中からは、口に巨大なマナ輝石を咥え、顔の上半分と両腕の無い、白く巨大な女の上半身が現れた。


「なに?……あのマナの量と姿。」


もはや先程までのおぞましい外見からうってかわり、いっそ神々しさまでも感じる程内包したマナをもって、夜の帳の降りつつある最果ての地に死の光をもたらす為、巨大な暗い紫色のマナ輝石が輝き始めた。


「……我は■■、ロゥグン。不浄なる呪いを断ち、人の世を守り、澱獣ベスティアを滅ぼすものなり。」


唖然としたユゥルティアたちをよそにロゥグンはそう呟くと、ひたすらに集めていたマナ輝石を融合させて作った大剣を手に、死の光をたたえた大型深澱獣ナラク・ベスティアへと少し歩き、腰を落として地面を踏み締めた。


ロゥグンが膨大な量のマナ輝石を融合させた、その赤黒い剣の柄を握りしめ、右手に黄金のマナを流し込むと、マナ輝石によって作られた刀身が再び液体のようにぐずと崩れ、別の形に姿を変えていく。


細身の両刃剣の様でありながら、しかし半ばから折れたようにその先の無い、剣としては使えそうもないそれを、ロゥグンは左肩に右手を寄せるように引き絞る。


一欠片を残して西の空に沈みゆく太陽の残した光が折れた剣へと降り注ぎ、刀身が形作られていく。根元から緋色、紫紺、そして白へと色を変え、金の縁どりと黄金の文字が刻まれた美しい一振りの剣がロゥグンの右手に現れた。


「……キレイ。」


「マナ、臨界収束。魔導錬成完了、器魂刻路きこんこくろ、完全起動。顕現せよ。『黄昏分つ黄金剣ダグラブラム』」


世界が、弾けた。

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