9


 ハッと起き上がって隣を見やる。シオンが珍しく吠えていた。

 もうすっかり陽は落ちていて、部屋の中は真っ暗だった。

「やばい、寝てた……!」

 床に突っ伏していたらいつの間にか眠ってしまったらしい。またうなされていたのか、体中が汗でびっしょり濡れている。

「うわっ!」

 シオンが吠えながら飛び付いてきて、思わず床に尻もちをついた。

「びっくりした……。どうしたの?」

 シオンを抱きかかえて尋ねたとき、玄関ベルが鳴って藤村君の声がした。

「あのー……秋ちゃーん? いないの? 秋ちゃーん……」

 ずっと待っていたのか、ため息混じりな声からは若干疲れが感じ取れた。

 ヤバイ、と思ったのも束の間、足音と共に藤村君がドアの前から遠ざかる気配がして焦った。

「あ、ちょ、ちょっと待って藤村君!」

 声を張り上げて、留守と勘違いして帰ろうとしている藤村君を慌てて引き止めた。

「あっ、秋ちゃん?」

「うんうん、ごめん! 今開けるからもうちょっと待って!」

 急いで着替えてドアを開くと藤村君は真正面に立っていた。

「ほんっとにごめんね! すごい待ってた?」

「いや、そんなに……てかごめん、シオンの声が聞こえたから、いるかもしれないと思って俺、五分ぐらい玄関ベル連打してた」

 そう言って藤村君は笑った。

「うそ、ほんとに? ごめんね、私なんか寝ちゃってたみたいで」

「そっか、起こしちゃってごめん」

「全然! なかなかいいタイミングでした」

「あはは、まじか」

「まじです。てか寒いでしょ? どうぞ中入って! シオンも杉本さんも待ってるし」

 私はドアを大きく開けて彼に中へ入るよう促した。けれど彼は玄関の前に立ったまま、

「あ、いや……」

 と言葉を濁してしまった。

「どうかしたの?」

 気まずそうな藤村君に私も少し不安になった。

「あのさ、これうちの料理長がくれたんだけど……。二人分あるから一緒に食べない? 出来れば俺の部屋で。中華粥なんだけど、胃にやさしくて食べやすいし、何より美味しいからさ」

 努めて朗らかな口調で言って、彼は右手の白い袋を掲げた。

 わざわざ持って来てくれた心遣いは嬉しいけれど、今何かを食べる気分にはなれない。何だか急に疲労感に襲われた。

「藤村君……本当に悪いんだけど、私」

「秋ちゃん」

 断ろうとした言葉は遮られた。

「大事な話があるんだ」

 突然のことに驚いて、続く言葉を忘れてしまった。

「ちょっとでいいから、俺のとこ来てよ。頼むから……」

 初めて見る真剣な藤村君の表情にとても断ることが出来なくて、

「……わかった」

 私は仕方なく承諾した。

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