8
微妙な気まずさの中、最初に口を開いたのは藤村君の方だった。
「……もう来てくれないかと思った」
寂しそうな笑みを浮かべる彼に、罪悪感が増す。
「そんなわけないよ。あの……昨日はごめんね、せっかく心配してくれたのに」
「いや、こちらこそごめん。俺ちょっと、うざかったよね」
「や、えっと、そういうわけじゃなくてあのときはちょっと……一人になりたくて」
「……そっか」
「うん……」
それじゃ、と藤村君が、気まずい雰囲気を変えるように微笑んで言った。
「今日も二匹と、遊んでくれる?」
「もちろん!」
私も笑顔で返した。
玄関口で藤村君を見送りながら、「気分はどう?」と聞かれたので、「大丈夫。大分良くなったよ」と答えた。
「本当に平気?」
「うん、全然平気。昨日は迷惑かけちゃって本当にごめんね。なんか最近体調悪くてさ」
「大丈夫なの……?」
「全然大丈夫。ただの夏バテだから。あんまり気にしないでよ、ね?」
笑ってそう言うと、藤村君はまだ納得しきれていない様子ではあったものの、「わかった」と小さく頷いた。やがて出勤時間が差し迫り、藤村君は心配そうな表情を浮かべたまま名残惜しそうに仕事へと向かった。
とりあえずシオンを散歩に連れて行って、公園で少し遊んであげて、家に帰れば杉本さんがダルそうに鳴きながらお出迎えをしてくれる。それはすでに日常となっていた。
二匹のお昼ご飯をそれぞれのお皿に盛っていたら杉本さんが鳴きながら擦り寄って来た。次いで興奮気味のシオンも駆け寄ってくる。
「はいはい、すぐあげるからちょっと待ってね」
ハッハッと息を漏らし、シオンがしっぽを振る。それを横目に落ち着きはらった様子で腰をおろした杉本さんが可笑しくて笑ってしまった。
「はい、どうぞ。お待たせしました」
はぐはぐ音を立ててがっつく二匹。床に寝そべってそれを眺めてみる。
「藤村君はまだ一歳って言ってたけど、ほんとかなあ~? 杉本さん」
ご飯に夢中な杉本さんは無反応。一歳にしては落ち着きすぎじゃないかと思う。
「シオンは二歳だから、杉本さんよりちょっとお兄ちゃんだね」
しかしこっちも無反応。そんなに美味しいか。
「あ……なんか……」
食べてるのを見てたら気分が悪くなってきた。口に手を当ててゆっくりと呼吸を繰り返す。すると、滅多に鳴らないスマートフォンが着信を告げた。
「はい……」
『あ、もしもし秋ちゃん? おばさんだけど』
久しぶりに聞くおばさんの声。妙に懐かしく感じて、少し、帰りたくなった気持ちをなんとか抑えた。
「うん、久しぶり。どうしたの?」
『んー? 別にこれといって用はないんだけどねぇ』
「あはは、何それ」
『ふふ、ごめんねぇ。秋ちゃん、元気にしてる?』
「ん、大丈夫」
そこでおばさんが急に黙ったから、私は一瞬焦った。
『そっか、それならいいけど』
そしておばさんは小さく息をついて言った。
『ねぇ、久しぶりにご飯でも食べに行かない? 二人で』
「え……」
『ほら友ちゃんのお店があったでしょ? そこの優待券もらっちゃったのよねぇ。嫌かしら?』
「嫌じゃないけど……」
『あら、じゃあ行きましょうよ』
そうだった。おばさんはいつも、前を向いていた。
雅也の葬儀のときだって、開かれない棺の前で、「この子は、ずっと心配ばっかりさせて。こうなる運命だったのよ、きっと」と言って涙を拭っていた。
──運命って何。そんなもののせいで、雅也はいなくなったっていうの。
もしかしたら、そうやってどうにか自分に言い聞かせていたのかもしれない。
ねえ、だけど。私にはそんな強さはないんだよ。そんな運命なんて知らない。あのまま二度と会えなくなるなんて思わなかった。そしたら私は……。
『どう? 秋ちゃん』
「なんで……」
『ん?』
「なんでそんな風にいられるの……?」
言ってしまってから後悔した。慌ててごまかそうとしても、どうすればいいのかわからなかった。
「あの、ごめんなさい。私、ちょっと……もう切るね、ごめん……!」
おばさんの返事を聞くのが怖くて待たずに電話を切った。そのままスマートフォン本体の電源も切る。真っ暗になった画面に言いようのない不安と罪悪感が湧いて、頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます