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 その日、いつまでも新聞紙ではまずいと、私は近所の大型店にカーテンとそれを掛けるレールを買いに行った。袋から飛び出したレールの箱が、たまに身体に当たって痛い。意外な重さにてこずりながら、袋を腕にぶら提げて覚えたばかりの道を家へと歩く。行きよりも更に熱が上がっているアスファルトに、体の重さも増した気がする。じっとりかいた汗のせいで、肌にまとわりついてくるTシャツが気持ち悪い。ほてった頬を手で扇いでいると、後ろから声を掛けられた。

「あのー、落としましたよ」

 振り返ると、左手に大きな袋を提げた藤村君が立っていた。その右手には、私の財布。慌ててそれが入っていたはずのジーンズの後ろポケットに手を当ててみるも、あるはずの膨らみがない。

「あれ、秋ちゃん?」

 私に気付いた藤村君に、私は少し青褪めた顔を上げて軽く会釈をした。

 いつの間にか、藤村君は私を『秋ちゃん』と呼ぶようになっていた。知り合ったばかりの男に下の名前を呼ばれるのは好きじゃないけれど、ごく自然にそう呼ぶ彼には何故か嫌な気がしなかったので、特に咎めなかった。

 藤村君が、こちらに歩きながらにこやかに手を振った。当然、その手に握られている私の財布も一緒に揺れる。小銭がチャリチャリ鳴った。

 彼が目の前に来たところで、こんにちは、と軽く笑んで見せた。

「ありがとう。落としたのに気付かなかったみたい……」

 財布を受け取りながら私は言った。こんなでかい落とし物に気付かないなんて、この暑さで感覚も麻痺してしまったのだろうか。

 藤村君は、ちゃんと気を付けないと、と笑って、「家に帰るとこ?」と聞いてきた。

 私が頷くと彼は、

「じゃあ一緒行こうよ。それ持つし」

 と言って、私の腕に若干食い込み気味に提げられていた袋をさっと取って歩き出した。

 その光景に私は立ち止まる。いつか同じように私の手から荷物を取って黙って家まで持ってくれた雅也の姿が脳裏に蘇った。

 雅也を思い出したくなくてあの家を出たのに、似ても似つかない藤村君の後ろ姿にさえ、雅也の幻を見てしまう。

 私は一人自嘲した。そして藤村君が手にしている袋に手を伸ばす。ゆっくり息を吸って、雅也の残像を必死に掻き消して、やっとのことで声を出す。

「悪いし、いいよ。自分で持てるから」

「なーに言ってんの、ふらふらしてたくせに。ってかこれぐらい大丈夫だって」

 藤村君はさっきと変わらない笑顔を私に向けた。今度は雅也と重なることはなくて、私はそっと安堵の息を吐いた。

 だけど荷物を持ってもらうのは悪くて、「でも」としつこく言っていたら、

「じゃあ、これ持って」

 と言って、彼が持っていた大きな袋を渡された。

「え、何これ?」

 私は袋と藤村君を交互に見て言った。

「俺の制服。袋がこれしかなくさ。でかいわりに軽いでしょ」

 確かに、袋は見た目と違って軽かった。だけどそれでもまだ悪くてもう一度断ろうと顔を向けたら、彼は不思議なくらい楽しそうに真っ直ぐ前を向いて歩いていた。ちょっと驚いて、その様子をしばらく見ていたら、なんだか「まあいいか」と思えてきて。私は大人しく、渡された袋をを片手に歩くことにした。

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