白愛
高野 文
一
空気が酷く冷えていた。タイマーセットしていたエアコンは指定した時間よりも早く止まっていて、毛布からはみ出した指は悴み、すでに感覚がなかった。息をするたびに白い息が空気へと解けていく。
そろそろこのエアコンも買い換えなきゃな。
横で眠る彼を私は見る。そして、彼の胸が上下しているのを確認した。生きている。私も、彼も。その事実がどれだけ安心するか、きっと彼は知らない。
私は身体を起こし、寒さに耐えながらも布団から出る。そうしてふらつく足取りのまま、テーブルに投げ出していたリモコンを取りに行った。
エアコンの電源を入れ、またリモコンをテーブルに戻す。そして、彼を起こさないよう出来るだけ音を立てずに布団へと戻った。
彼の穏やかな寝息を横耳に目を閉じ、深く息を吸う。私と、彼だけの二人の世界。なんて素敵な空間なのだろう。けれど、そう強く思うと同時に、それを素直に喜べるほどの純粋さがないことに気づいてしまう。
ぷつぷつとニキビのように心に不安が産まれては、それは次第に膨張し、私の心を覆う。暗く深い感情がドロドロと心に流れ始め、それは私の脳を支配した。
駆け落ちのような、もしくは宗教のような、その勢いと信じる心を今の私は持ち合わせていない。いつか来る終わりを知っていて、好きと言い合いながらもそこへ向かっている事を端々に感じる。
永遠を願っていながらも、彼でなくてもいいと心のどこかで考えている。私はきっと一人でも生きていけるのだろう。
でも、もし、終わりが来るとすれば、それはきっと私からじゃないんだろうな。
私は布団の中に潜り、右耳を彼の胸に当てる。ドクドクと彼の力強い心臓の鼓動が鼓膜を揺らし、脳に響いた。不安がじんわりと滲み、心が温かく、柔らかくなっていく。
単純でいいのだ。そう言い聞かすように思う。
二分後にそれを信じれなくなるとしても、今はそれでいいのだ。
私はまた眠る。彼の匂いで満ちた布団の中で。
白愛 高野 文 @sinoida1026
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